2月4日に開幕する北京オリンピック。スノーボードクロスは2月9日 女子競技、10日 男子競技、そして12日 新種目 混合団体が行われる。そのスノーボード/スノーボードクロスチームのヘッドコーチ 五十嵐幸太さん。2009年現役引退後、コーチに…

2月4日に開幕する北京オリンピック。スノーボードクロスは2月9日 女子競技、10日 男子競技、そして12日 新種目 混合団体が行われる。そのスノーボード/スノーボードクロスチームのヘッドコーチ 五十嵐幸太さん。2009年現役引退後、コーチに転向し後進の育成に時間を費やしてきた。第2回は現役引退からコーチになった経緯について。

<第1回はこちら>

――想定外の苦労?それはどのような苦労でしょうか?

五十嵐幸太(以下 五十嵐):当時、私はほとんど英語も話せず、国際感覚もなかった。行き当たりばったりでニュージーランドやスイスに行きました(苦笑)。

ニュージーランドにいる時、隣の国オーストラリアで大会があることを知り、慣れない英語でチケットを確保しオーストラリアに行ったら、大会が吹雪でキャンセル。移動や宿泊施設のお金だけ支払い帰ってきたことがあります。自然が相手のため、吹雪・雪不足等で中止になることがあるんですよ。これはさすがに凹みました(苦笑)。

翌日スキー場に上がることを予定していても、当日強風でスキー場がクローズ。スキー場にすら入れないことがあります。ですから臨機応変に対応しなければいけません。

――野外で行うスポーツは環境に左右されますよね。ところで2006年前後の活動拠点はニュージーランドでしたか?

五十嵐:ニュージーランドは南半球で日本と季節が逆です。だから毎年夏に2ヶ月弱行きました。あとは千葉県船橋市にあった屋内スキー場「ザウス」にも行きました。

――「都会で1年中スキーができる世界最大の屋内スキー場」ですね(笑)。

五十嵐:そうです(笑)。日本が夏になるとニュージーランドに行って、その後11月からヨーロッパに行くのを毎年繰り返していました。

――苦労話を伺いましたが、逆に楽しかった思い出はありますか?

五十嵐: 2006年ニュージーランド選手権で優勝したこと。その時ライバルだった千村格さんに、初めて大会で勝つことができた思い出深い大会ですね。彼はトリノオリンピック日本代表選手です。

――五十嵐さんは2009年に引退されましたね。この理由を伺っても宜しいでしょうか?

五十嵐:数年間、結果が付いてこなかった。2010年にバンクーバーオリンピックもあったので、「2009年の全日本選手権で優勝しよう!」と決めて大会に臨みました。しかし結果は2位、1位になれなかった。当時34歳、若手も育ってきている。「選手としての自分の役目は終わった」と感じました。この大会の後、全日本スキー連盟から「コーチをやらないか?」とオファーをいただきました。これからは自分が培ってきたものをスノーボードの普及や育成に活かし、後輩たちに伝えていくべきだと感じました。

――日本代表選手のコーチは選手と共に世界中を転戦します。ご家族と過ごす時間も限られますよね。

五十嵐:年間120日は海外で過ごします。東京にあるナショナルトレーニングセンターで合宿やミーティング、会議が行われます。自宅の宮城に帰れる日は少ないですね。

――ある競技の日本代表のコーチがコロナ禍で唯一救われたのは「家族と過ごす時間が増えたこと」だと話してくれました。

五十嵐:小学5年と小学2年の娘がいます。小さい頃、久しぶりに帰宅すると「誰、このおじさん」という目で見られてました(苦笑)。一緒に長時間過ごすと「パパ」と認識してくれます。それで遠征に行く前日娘に「パパ、明日からヨーロッパに行くね」と告げると「ママ、パパがヨーロッパに帰るって」と。「帰る?いやいや、この家は私の家だ!」とムキに伝えた記憶があります(笑)。

――子供が小さい時は仕方がないですよね(苦笑)。

五十嵐:長女の11歳の誕生日が先月ありました。実は生まれた日も含めてこれまで1度も一緒にいた誕生日がなかったんです。でも今回コロナ禍で北京前の最終合宿を国内にしたこともあり奇跡的に誕生日を初めて過ごせました。それは個人的に嬉しかったですね(笑)。

――それはきっと娘さんも嬉しいですよ。ところで現在の肩書きが「全日本スキー連盟ヘッドコーチ」ですがどのようなことをするのですか?

五十嵐:チーム運営、マネジメント、選手の技術的な指導を含めてなんでもやります。

――コーチは技術的なことだけ教えるのだと思っていました。

五十嵐:コーチが技術的な部分のみサポートするのが理想的です。それ以外にも筋力を中心とした物理的な肉体づくりを指導するストリングストレーナー。コンディションの管理やケガの治療・リハビリなどをサポートするメディカルトレーナー。

またスキーやスノーボードはマテリアルスポーツと呼ばれています。このマテリアルスポーツには道具をメンテナンスするプロフェッショナルがいます。それ以外にジュニア選手専用のコーチがいます。たくさんの人が一つの競技に関わっているんです。

私がヘッドコーチとして行なっている作業は、まず第一にスキー連盟とのやりとりがあります。助成金をいただくものに関しては年間の事業計画を作成し提出する必要があります。

そして先ほどあげたトレーナー等の人員の配置から契約に至るまで全部行います。キチンと年間スケジュールを立てて、「どの選手をどの大会に出場させるか」。来年度の選手選考基準、ワールドカップやオリンピックの派遣基準の作成。スポーツ振興事業団から予算を頂くための事業計画、昨年度の報告、今後に向けての強化戦略プランのプレゼンテーション。レンタカーの予約から宿泊ホテルの手配に至るまで、とにかくなんでもやりますよ。

――すごいですね。1人で何人分働いているのですか。

五十嵐:特にシーズン中は気が狂いそうになります(苦笑)。

――五十嵐さんがそこまでなんでもやるのは、どうしてですか?

五十嵐:選手のためです。選手には集中して試合に臨んでもらいたい。選手のパフォーマンスが落ちないように移動手段や宿泊場所は特に気を使います。そのため私は一番汚れた仕事を一手に引き受けていますよ(笑)。

――ご自身が選手だった過去があるから、選手には集中して臨んでもらいたいでしょうね。

五十嵐:現役時代は「自分がもう1人いたらいいな」と常に思っていました。だからコーチとして「自分がして欲しかったことを選手にしてあげたい」と思います。
 

<第3回に続く>

五十嵐幸太 / イガラシ コウタ 宮城県出身
日本選手団 スノーボード/スノーボードクロスチーム ヘッドコーチ
実績
2001年 JSBA東北地区大会 SX 優勝
2006年 FIS ニュージーランド選手権 SX優勝
2007年 FIS 世界選手権 SX日本代表
2009年現役引退後、全日本スキー連盟コーチに就任。

取材・文/大楽 聡詞
写真提供/五十嵐幸太