上村愛子が北京五輪モーグルを徹底検証日本のメダルの可能性~女子編 北京五輪が2月4日に開幕する。あらゆる競技で日本勢の活躍が期待されるが、とりわけフリースタイルスキー・モーグル(2月3日~)は、男女ともに「史上最強のメンバーがそろった」と言…

上村愛子が北京五輪モーグルを徹底検証
日本のメダルの可能性~女子編

 北京五輪が2月4日に開幕する。あらゆる競技で日本勢の活躍が期待されるが、とりわけフリースタイルスキー・モーグル(2月3日~)は、男女ともに「史上最強のメンバーがそろった」と言われ、男子は前回の2018年平昌五輪での原大智(銅メダル)に続く2大会連続の、女子は2002年ソルトレークシティ五輪での里谷多英(銅メダル)以来20年ぶりの、メダル獲得が確実視されている。

 そこで、1998年長野五輪から5大会連続で五輪に出場し、現在の日本モーグル勢に大きな影響を与えた上村愛子さんに、男女の"エース"と呼ばれる選手の強さ、メダルの可能性について話を聞いた――。



北京五輪でのメダルが期待される川村あんり

――北京五輪に挑む女子モーグルの日本代表は、川村あんり選手(17歳/日体大桜華高)、冨高日向子選手(21歳/多摩大)、住吉輝紗良選手(21歳/日大)、星野純子選手(32歳/チームリステル)の4選手。なかでもメダルの期待が大きいのは、川村選手と言われています。まだ17歳ですが、早くから世界でも注目されていたのでしょうか。

「あんりちゃんは14歳の時、田沢湖のW杯で前走をこなして、そこで海外のコーチや選手たちから『すごい選手がいるじゃないか』と注目を浴びました。その後、中学校3年生の時にW杯デビュー。開幕戦でいきなり2位になったんです。新しくスケールの大きな選手が出てくることは、モーグル界全体としても盛り上がります。ネクストヒロインとして十分に期待される形であんりちゃんが登場しました」

――川村選手の強さはどういったところにあるのでしょうか。

「安定感だと思います。しかも、前に体重をかけて、下に落ちていくような攻撃的な滑りができるようになって、よりスピードが速くなりました。エアの完成度も高く、ランディングからターンのつなぎもキレイに入ってきます。モーグルのすべてがうまく、安定しているのでジャッジが減点する要素が少なく、(五輪でも)『この子はすごい』という評価がもらえるのではないでしょうか」

――上村さんは現役時代、雪面にエッジを立てて切り込むように滑るカービングターンを得意としていました。川村選手のターンはそれとは異なると言われていますが、彼女のターンをどう分析していますか。

「あんりちゃんのターンは、完全なカービングターンではありません。もともとは板をスライドさせて滑っているんですけど、カービングの練習をしてきたことで、以前と比べるとスライドする方向がなるべくフォールラインに向くような形で滑り降りてこられるようになっています。

 スタートからゴールまでカービングでいくと、滑り降りるなかで板が弾かれてしまったり、ミスが生じてしまったりする可能性が高くなります。そうなると優勝は難しくなりますが、あんりちゃんの場合はカービングとスライドのよさをうまく合わせたハイブリッドな滑り方をしているので、確実にターン点を得ることができると思います」

――五輪に限らず、世界で戦ううえで、スキーの技術以外に必要なことはありますか。

「私が現役時代、もう少しやっておけばよかったなと後悔したのは英会話でした。海外で戦っているとFIS(国際スキー連盟)の取材を受けたりするのですが、英語のインタビューが苦手でしたから(苦笑)。英語ができれば、緊張してしまう場面も減りますし、(海外の)選手やコーチともいろんな話ができ、もっとお互いを理解できたと思います。ですから、後輩たちには『英語は喋れたほうがいい』という話をしたことがあります」

――川村選手はどの程度英語を喋れるのでしょうか。

「これが、めちゃくちゃうまい! FISのインタビューでもさらっと受け答えしています。深い話をしているのは聞いたことがありませんが、インタビューでは海外の10代の女の子が楽しそうに喋っている感じで、流暢に英語を話しています。

 あんりちゃん世代の子たちにとっては、英会話は身近な存在なのかもしれませんが、世界一になるためには大事だと考えて、あんりちゃんは金メダルを獲得した時、英語のインタビューがあることを想定して、王者としてきちんと言葉を紡げるように努力しているということもあると思います。その意識の高さには、尊敬しかありません」

――ところで、川村選手をはじめ、今回の代表選手たちは、里谷多英さんや上村さんの影響を受けてモーグルを始めたり、おふたりを尊敬している選手ばかり。つまり、おふたりが土台を築いたことによって生まれた"最強"の日本代表。先駆者として、感慨深いものがあるのではないでしょうか。

「そうですね......『(今の日本のモーグル界を)自分が作り上げました!』なんてことはとても言えません(苦笑)。でも客観的に見て、日本のモーグルの歴史は(里谷)多英さんの長野五輪での金メダルから始まったと思います。それ以降、『モーグル』『女子』『強い』といった感じで注目されて、私と多英さんの時代で長い間日本のモーグル界を引っ張ってこられた、というのはあるのかな、と。

 そういう歴史があって、男子チームも発奮して『自分たちもやるぞ!』となり、原(大智)選手や堀島(行真)選手たちが出てきた。女子も、あんりちゃんという世界のトップで戦える選手が出てきて、選手層が厚くなった。自分が一生懸命やってきたことで、そういう選手たちに少しでも影響を与え、彼ら、彼女らが今、世界トップレベルで活躍しているというのは、すごくうれしく思います」

――少し前に里谷さんにお話を聞く機会があったのですが、引退してからはおふたりでよく食事をしたりしているとうかがいました。

「現役の時も(ナショナルチームなどで)一緒に活動している際にはともに食事をとることはあったんですが、それぞれ(個々にやるべき)練習がありましたから、ふたりでゆっくり食事をする機会はなかったですね。でも引退すると、結構自由な時間がありますから。

 実は引退して、初めてお互いにどう思っていたのかという話をする機会もあったんですよ。私は『多英さんが五輪に合わせてくるところがうらましいと思っていました』という話をしたら、多英さんは『私は愛子のように、ずっといい状態をキープできない。五輪だけは頑張らないと翌年からスキーできなくなるから、背水の陣でやっていた』というような話をしてくれたりして」

――良きライバルであり、良きチームメイトでもあったと思います。

「私たちは、戦い方とかは全然違うんですけど、『目指すところは世界のトップ。それは一緒だったね』という話もしました。その時、『ふたり(の成績)を足せば、五輪、世界選手権、W杯すべてでメダルが獲れていたね』といった話もしたのですが、堀島選手やあんりちゃんは、ひとりでそれを達成できる選手。『ここまできたか、日本チーム』と思うと、本当に感慨深いです」

――さて、上村さんもコメンテーターを務めていた東京五輪ではスケードボードで10代の選手の活躍が目立ちました。川村選手も17歳ですが、スケードボードの選手たちと同じような"空気感"を川村選手から感じられますか。

「東京五輪でスケードボードの選手たちを見ていて強く感じたのは、自分の競技をすごく楽しんでいるな、ということ。そして目の前の舞台で、自分のパフォーマンスを発揮することだけに集中していた、ということです。

 その姿は、今回の代表選手たちも見ていたと思いますし、『あんなふうに戦いたい』というヒントをもらったはず。私には、あんりちゃんがスケードボードの選手たちと同じような気持ちで滑って、うれしそうに表彰台に上がって笑顔を見せている姿が想像できます」

――川村選手がメダルを獲得するうえで、ライバルとなる存在を教えていただけますか。

「女子は、あんりちゃんとペリーヌ・ラフォン選手(フランス)、ジャカラ・アンソニー選手(オーストラリア)の3人の実力が抜けていて、メダルも3人の争いと見ています。もちろん、3人の出来次第では他の日本代表選手たちにも十分にメダルの可能性はあります。複数の日本人選手が表彰台に上がっても不思議ではありません。

 平昌五輪金メダリストのペリーヌ選手は、ターンの技術が非常に高いです。でも、ジャッジが安心して点を出せる滑りかというと、どうでしょう。あんりちゃんのほうが頭と体がブレずにどんどん下に降りてくる滑りなので、印象がいいと思っています。

 それに今回は、あんりちゃんが世界ランク1位なので1番のゼッケンをつけて滑ることになります。五輪を前にして世界ランクを上げたことは、トップに立つ力があることを証明したことになり、戦ううえでは大きなアドバンテージになるはずです」

――五輪という特別な舞台ではW杯とは違って、対応が難しいことなどもいろいろとあると思いますが、いかがですか。

「五輪は、会場入りの方法や、W杯とのタイムスケジュールがかなり違います。ですから、調整や準備をするタイミングも違ってきます。それによって、ふだん戦っているW杯と同じようなルーティンで戦いたいと思っていた私は、五輪の舞台にパフォーマンスを合わせることが難しかった時期があります。

 あんりちゃんは、W杯の時は男子の練習の滑りを見てヒントを得ている部分も少なからずあると思うので、今回は本番までそれを見ることができません。そういったところを、ヤンネ(・ラハテラ)コーチとどうクリアしていくのか。そこはひとつ課題となりますが、余計なことを考えずに自信を持って滑れば、自ずと結果はついてくると思いますし、メダルは間違いないのではないでしょうか」

――そうなると、川村選手は17歳で天下を獲ることになりますね。

「北京五輪で金メダルを獲っても、私はそこがあんりちゃんの完成形ではないと思っています。おそらく、彼女自身もそこで満足することはないでしょう。まだ17歳ですし、自分の技術をさらに高めて、進化させて、誰も勝てなくなるような選手を目指してほしいと思っています」

(男子編:堀島行真の斬新な取り組みとポテンシャルの高さ>>)



上村愛子(うえむら・あいこ)
1979年12月9日生まれ。兵庫県出身、長野県育ち。アルペンスキーからモーグルに転向。18歳で1998年長野五輪(7位入賞)に出場して一躍脚光を浴びる。以降、五輪には5大会連続で出場。W杯通算10勝(モーグル9勝、デュアルモーグル1勝)。2008年には日本モーグル史上初の種目別年間優勝を飾った。2014年に現役を引退。現在はスキーフリースタイル普及のため、次世代の選手育成にも力を注いでいる。