年始からの前橋競輪、取手競輪のそれぞれ3レースで勝利した中野慎詞 2022年、元日から競輪界に新しい風が吹き荒れている。昨年12月に日本競輪選手養成所を早期卒業したばかりの中野慎詞が、1月1日~3に開催された前橋競輪でデビュー。そこで3連勝…





年始からの前橋競輪、取手競輪のそれぞれ3レースで勝利した中野慎詞

 2022年、元日から競輪界に新しい風が吹き荒れている。昨年12月に日本競輪選手養成所を早期卒業したばかりの中野慎詞が、1月1日~3に開催された前橋競輪でデビュー。そこで3連勝を飾っただけでなく、1月10日~12日の取手競輪も3日間、完全優勝し、ここまで6戦全勝だ。

 中野は、例年約5~6倍と言われている倍率を突破して日本競輪選手養成所に入った実力者で、さらに入所した71人中、厳しい規定をクリアして早期卒業を果たした2名のうちのひとり。まさにエリート中のエリートだ。

 圧倒的な脚力で逃げるスタイルは競輪ファンはもちろん、初めて競輪を見る人の目を惹きつけ、競輪の面白さを伝える力も備えている。大物新人は最高の形でプロの道をスタートさせた。

「ここまで順調にきていますのでホッとしている部分もありますが、アマチュアの自転車競技とは違う難しさもあります。ただどちらかと言うと、これからどんどん力を発揮し、突き進んでいきたい気持ちが今は強いですね」

 2つの開催を終えた中野は、笑って今の心境を語ってくれた。前橋での1戦目を振り返ってみると、1月1日のレースは完全先行で逃げきって勝利。2日のレースは残り1周半で一気に加速し、全員を突き放して大差の1着。ただ3日目の決勝は逃げきり態勢を作ったものの、最後の直線で差を詰められ、車輪ひとつ差での辛勝だった。完全優勝ではあるが、レース直後の中野の表情はさえなかった。

「思った以上に走れなかったです。早期卒業らしい走りではなかったですし、自分の望んだ走りでもなかったです。もっと直線が長かったら、結果は変わっていたと思います」

 プロとアマでは使う自転車も異なり、レースの運び方、仕掛け方もまったく違う。そもそもレースに至るまでの移動や宿舎での生活など慣れないなかでの競争だ。精神的な負担も大きくデビュー戦の前橋の3日間は「ふだん、昼寝をしたら夜眠れないことが多いが、この時期は昼寝をしても、(疲労で)夜早く眠りにつけていた」という。プロの世界はかくも厳しい。

 そして彼の身には「期待」という名の重圧が重くのしかかっている。大学生でありながらナショナルチームにも入り、養成所を早期卒業したエリート。ファン、そしてメディアも「勝利」だけを期待してその姿を見守っている。そのプレッシャーは計り知れない。だが本人はメンタル面のマネジメントはうまくいっていると話す。

「もちろん自分自身も勝ちたいですし、勝ちにいきますが、一方でレース前に"絶対に勝たなければならない"というふうには考えないようにしています。養成所の時から自分はやれるだけやってきましたし、これだけやってきたのだから、あとはなるようにしかならないと思うからです。自分の今持っている以上の力は出せません。この気持ちの持ち方は、学生の時から同じなんです」

 簡単に勝たせてくれる世界ではないことを痛感したデビュー戦。以後は一戦ずつ確実に勝利を積み上げることだけを目指している。その先にプロとして最初の目標がある。

「競輪選手にはランクがあって、まずS級とA級の2つに分かれます。そこからそれぞれ3つの班に分けられて、6つの級班(ランク)で区分されるんです。最初はA級3班からスタートし、自分もそこにいます。

 通常は年に2回、そこまでの成績に応じて級班の入れ替えが行なわれるんですが、3回(3開催)連続で完全優勝すれば特別昇班でA級2班に、さらにもう3回連続で完全優勝すればS級2班に特別昇級することができます。18連勝すればS級に行けることになる。この18連勝しての"特昇"が今の自分の目標です」



「目の前のことに集中したい」と語る中野慎詞

 自分なりの勝ちパターンを模索し、作り上げたいという思いもあるが、今は戦況を見ながら確実に勝てるところで仕掛ける戦いに徹している。しかし一方で「早期卒業」という異例の形でプロの世界に飛び込んだだけに、中野は「今後は勝ち方にもこだわっていきたい」というプライドも胸に秘める。

 6戦を終え、師匠である佐藤友和と戦い方について振り返る機会を設けた。そこで師弟関係を結んで以来、言われ続けてきた言葉を、再度かけられた。

「ずっと言われていることなのですが、今回も"競輪を楽しむように"と言われました。競輪が人生のすべてではなく、人生のなかに競輪がある。プロの世界は1日目失敗しても2日目に修正できるし、2日目ダメなら3日目がある。たくさん失敗して、たくさん経験しなさいと言われました。

 自分は集中すると自分を追い込みすぎてしまうところがあるので、その性格を知ったうえでのアドバイスだと思います。ここで再度、"楽しむことを忘れないようにしよう"と確認できたことはよかったです」

 1月15日からはナショナルチームの合宿に参加。一旦、勝負の世界を離れ、鍛錬の場に身を置いた。大学時代からナショナルチームに所属していたが、プロの世界に足を踏み入れた今、心境の変化はあるのか。その質問に対し、中野は首を横に振る。

「プロになったから何かが変わるってことはありません。大切なのは目の前のことをしっかり積み上げていくことです。競輪であればひとつずつ勝利を積み上げた先に、18連勝という目標が達成できます。合宿では自分のストロングポイントであるパワーをもっと強化して、重いギアで踏んでスピードをさらに磨いていけるように練習するのみです。ナショナルチームに行けば、オリンピックという目標も当然ありますが、高い目標だけを見ているのではなく、目の前のことに集中したいと思っています」

 競輪選手として目指す姿。そして自転車競技で目指す世界への思いはあるが、いまはただ足元を固め、自分を高めることだけを目指す毎日を送る。ナショナルチーム合宿を終えた中野は2月10日からの立川競輪に出場予定。また一歩ずつ前に進むつもりだ。

【Profile】
中野慎詞(なかの・しんじ)
1999年6月8日生まれ、岩手県出身。早稲田大学在籍中。高校時代から自転車競技をはじめ、高校3年時には、国体少年男子スプリントで優勝(200mフライングタイムトライアル、大会新記録)、高校総体個人1kmタイムトライアルで優勝、アジアジュニア自転車選手権大会個人スプリント2位など数々の実績を残す。大学進学後も全日本トラックのケイリンで2位、全日本大学自転車競技大会スプリント1位と好成績を残し、強化指定選手にも選出。2021年に日本競輪選手養成所に入所。同年末に早期卒業を果たす。2022年1月のデビュー戦から6戦全勝を記録。