有森裕子インタビュー後編「本当に必要なのは『コミュニケーション』」 2019年に、一般社団法人 大学スポーツ協会(UNIVAS)の副会長に就任。体育会に所属する大学生と、直接の対話を定期的に行っている、元プロマラソンランナーの有森裕子さん。…

有森裕子インタビュー後編「本当に必要なのは『コミュニケーション』」

 2019年に、一般社団法人 大学スポーツ協会(UNIVAS)の副会長に就任。体育会に所属する大学生と、直接の対話を定期的に行っている、元プロマラソンランナーの有森裕子さん。

 前編の冒頭で触れた通り、有森さんが大学生時代の頃と今とを比べても、女性アスリートの身体問題はそれほど変わっていない印象がある、と話す。

「指導者が勉強するのも大切、選手が自分の身体を知ることも大切。でも、状況を改善するために本当に必要なのは『コミュニケーション』だと思います。そのためには選手自身、自分の言葉で、身体の状態を周囲に伝えられるようにならなければいけません」

 実は有森さん自身、選手時代、言葉で伝える大切さに気付かされた。きっかけは、通っていた鍼灸の医師の言葉。「痛いから何とかして!」と身体を投げ出す有森さんに対し、鍼灸師は「ケガを治すのは僕ではない」とピシャリとたしなめた。

「『僕ができるのは、治したいと思うあなたに手を貸すことだけ。ケガを治すのはあなた自身なんだから、自分の身体の状況ぐらい自分で言葉にできるようにしなさい』と言われました。

 よくわからないけれど、『痛いから何とかして!』という選手は、結構いるんです。でも、まずはなぜ、どうして、身体がこうなったのかを自分で考えてほしい。そうしないと、全部何かのせい、という未熟な発想をする選手になってしまいます。

 物事に他責だけで起こることなんてほぼありません。絶対に自分がコミットしている。ですから自分のことをしっかり考え、見ておくことが大事です。

 自分に向き合う時間というのはキツイものです。すぐに解決できないこともあります。でもこれをやらないと、いつまでも外に要因を探し、責任をぶつけ、時間が経っていくだけです」

生理も含め毎日つけた練習日誌、今の選手へ「ノートに書くこと」を提案

「練習日記」をつけることも、自分を知り、言葉で伝える力をつけることにつながる習慣の一つ、と有森さん。ただし、今の学生や選手にはあえて「アプリに頼らず、ノートに書くこと」を提案する。

「私は今一度、ノートの重要性について、声を大にして言いたいです。今の子って、何でもデータ化しようとするでしょう? でも、そんなのいらない。むしろアナログでやることで、得られる情報はたくさんあるんです。

 アプリは今風で記録もしやすくていいのだろうけれど、スマホの画面では一発で見られる情報に限りがあるし、いちいち(項目を)開かなければいけません。でも、ノートは日々、記録したことが簡単に見渡せる。体調を見比べたいときも一目瞭然です」

 有森さんは、高校時代はノートを半分に切った自作の練習日記を使い、実業団時代は会社から配られたノートを練習日誌にした。そして、生理の日は見開きの年間スケジュールに「ハートマーク」をつけて記録。そのページを開けば1年間の生理の記録を、一目で確認できるようにした。

「グラフや記録のつけ方、表現を自分なりに考えると、自己管理がすごくやりやすい。経血量が減っていくにしたがって、ハートの形がどんどん欠けていくように書き込んだりしていましたね。私、そういうことを考えるのも大好きだったから。

 それから、スマホって文字を『打ち込む』でしょう? 打った文字って、当たり前ですがいつどんなときに打っても、同じですよね。でも、書く文字は違う。機嫌や調子がいい日、悪い日で、文字の感じは変わるんです。

 ノートの行を完全に無視して殴り書きする日もあれば、キレイに書き込む日もある。で、文字の調子とタイムの記録、生理マークの付く日を見比べると、いろいろつながっていると気づくんです。こんなに面白いことはないですよ。

 すると、『あ、生理前だから今日は機嫌が悪いな』とか『明日はこんな気分になるかも』とか予想もできるようになる。自分にも周りに対しても、気持ちよく過ごせるようになりますよ」

女性アスリートの問題解決へ「皆が『違い』に興味持ち、相互理解を深めて」

 貧血、体重、生理。これらはすべてつながっている。加えて、メンタル的な影響もある。すべてを別々に語っても問題は解決しないことを、まずは女性自身がわかっていないといけない、と諭す。

「しかし、問題は根深いです。まずは子供たち。学校教育には保健体育という教科があるにも関わらず、生理が始まる前の子供たちに身体や性の教育をきちんと行っていない。しかも、生理について教えるときは、男女別にして話を聞かせる。そうやって『みんなで語られていない』ことは問題だと思います。

 また指導者ですが、生理一つとっても体育、部活の先生なんて当たり前に語られなければいけない。私の学生時代は、指導者が正しい生理の情報を持っていなかった。今も男の先生に話を聞くと、今ごろ生理を学んでいるという人も少なくなく、ビックリしちゃいました。女子選手の男親には、わかっていない方は山ほどいるんだろうなと思います。でも、男親も女親も理解しなければいけない」

 有森さんは「女性の問題は女性の話」という考え方が根強いことも問題である、と指摘する。

「身体の話になると『女性アスリートの場合』となるが、これらは人間の話です。女性であっても男性を、男性であっても女性を知らなければいけない。例えば、今、男性の乳がんが問題になっています。

 男性は自分が乳がんであることを、『恥ずかしい』と思い、変な目で見られるのではと表にできないことが問題に影響しています。乳がんについて声を上げているのは女性ばかり。そのため男性の患者は、情報も少なく、自分に対する差別的な思考に縛られ、すごく悩んでしまう。

 でも、男性が声を上げられるようになり、報道もされれば、理解も広がり状況は変わります。この話と長年、女性アスリートの身体の問題が解決されないこととは、問題の根本は同じです」

 相互を理解し、コミュニケーションを深める。これが、今ある女性アスリートの身体の問題を解決し、さらにはスポーツ界、社会のジェンダー問題の解決にもつながる。有森さんは熱を込めて語る。

「(身体の話だけでなく)女性問題は男性と戦って解決するものではない。男女平等をうたい、女性委員会を立ち上げるのであれば、そこに男性も入れないとダメ。自分を知る、人を知る、いろいろ知る。皆が『違い』に興味を持ち、相互の理解を深めて欲しいなと思います」

■有森裕子 / Yuko Arimori

 1966年、岡山県生まれ。元プロマラソンランナー。就実高、日体大を卒業し、リクルート入社。女子マラソンで92年バルセロナ五輪では銀メダルを、96年アトランタ五輪でも銅メダルを獲得。故障やメダル獲得の重圧を背負い臨んだアトランタ五輪のレース後に残した「自分で自分を褒めたい」という言葉は、その年の流行語大賞となる。07年2月、「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。10年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。これまで、国際オリンピック委員会(IOC)と活動的社会委員会委員、スペシャルオリンピックス日本理事長、国際陸連(IAAF)女性委員会委員、国連人口基金親善大使等の要職を歴任。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。