昨年12月の全日本選手権SPの三原舞依。演技後に感極まって涙したーースケートリンクとは? そう訊ねると、三原舞依(シスメックス、22歳)は間髪入れずに答えた。「"笑顔の源かな"って。自然と笑顔になれるんです!」 その語尾がふわりと跳ねた。「…



昨年12月の全日本選手権SPの三原舞依。演技後に感極まって涙した

ーースケートリンクとは?

 そう訊ねると、三原舞依(シスメックス、22歳)は間髪入れずに答えた。

「"笑顔の源かな"って。自然と笑顔になれるんです!」

 その語尾がふわりと跳ねた。

「スケートに出会って、私は本当に幸せで。スケートがあるから、自分らしくいられるって思うし。サポートしてくださる先生や家族、友達とか、ファンの方のお手紙をもらうと、私にはスケートが必要だって」

【奇跡的な再起】

 2019年、三原は病気で体調を崩し、普通の生活を送るのも苦しかった。競技者としては失意のなかにあったはずだが、スケートは希望として輝いていた。リンクに戻るために辛抱することができたし、戻ったあと、練習時間は制限されたが、人並外れた集中力で滑った。

「ちょっと元気になってスケートができる状態になれたからこそ、スケートができる以上は全力をって」

 三原は半ば命がけで限界を超えてきた。だからこそ、1年半の休養後、復帰した2020−2021シーズンの全日本選手権でいきなり5位になる"奇跡"を起こせた。その芯の強さが、リンクで天使に映る彼女の本性だ。

 2021−2022シーズンはグランプリ(GP)シリーズに出場し、イタリア杯、スケートカナダとどちらも4位に入った。日本女子で、ファイナリストになった坂本花織に次ぐ2番目のポイントを獲得。北京五輪代表争いでも優位に立ったが......。

 昨年12月に行なわれた全日本選手権、その戦いは三原の過去、現在、未来を凝縮していた。

【感謝を表現する】

 12月22日、さいたま。全日本の前日練習、三原は最上段からリンクを見下ろしていた。「(ウォーミング)アップのひとつになれば」と階段をたくさん駆け上がった。一番高いところからでも自分の演技が伝わるか、それを想像した。

「少しでも大きく見えるように、元気いっぱいに滑りたいと思いました」

 三原は小さく笑って言った。

「とくにスピンは他のエレメンツに比べてGOE(出来ばえ点)が低いので、もっと速く美しく、力強く回れるように。フライングシットのつま先をしっかり伸ばすとか、コンビネーションスピンでドーナッツから(足を)上にあげる美しさとか。動画を撮ってもらい、客観的にも見て、ショート・フリーでパワーのある演技を心掛けてきました」

 そして12月23日、ショートプログラム(SP)は『レ・ミゼラブル』の登場人物ファンティーヌを憑依させたように滑りきった。運命に翻弄され、精神をむしばまれながらも、必死に愛に生きた女性をリンクに再現。三原の激情が観客に伝わり、観客の感情が堰(せき)を切ったように会場にあふれ、彼女自身もリンクで涙を流していた。息をのむ可憐さだった。

「最後はステップのところから、物語が頭にパッと浮かんで、映画を見た時を思い出し、涙が出てきました。ファンティーヌさんの悲しい雰囲気を出せるように、彼女になりきって滑ってきたので」

 三原はそう説明している。

「温かいお客さまの前で演技ができてうれしかったです。少しでも力強く、感謝の思いを表現したくて。イタリア大会が終わって、ブラッシュアップをしました。(振付師の)デビッド(・ウィルソン)さんに撮った動画を送り、フィードバックしてもらって、というのを重ねて。ディテールを分析して、一つひとつ大切に最後まで集中して滑ろうと思っていました」

 練習は裏切らなかった。ダブルアクセル、3回転ルッツ+3回転トーループ、3回転フリップと3本のジャンプすべてクリーンに降りた。スピンも、ステップもすべてレベル4だった。73.66点は5位だが、2位と1点差。自己ベスト更新で、文句のない点数を出した。

【観客の心を打つ演技】

 しかし12月25日のフリースケーティング、三原は好調ではないことを自覚していた。練習拠点の神戸ではノーミスの練習ができていたが、上京後はフリーの調整が思わしくなかった。6分間練習から足の運びが重く、スケート靴を何度となく気にしていた。前の選手の得点発表に時間がかり、寒さから手をグーで握りしめ、熱い息を吹きかける姿もあった。

 ただ三原は、命を削って火を灯すような演技を見せている。前年から継続の『フェアリー・オブ・ザ・フォレスト&ギャラクシー』に体を躍らせ、冒頭の3回転ルッツ+3回転トーループの連続ジャンプで華麗に着氷した。ダブルアクセル、3回転フリップ、3回転サルコウと順調で、練習を重ねてきたスピンもレベル4を勝ち取り、"妖精の力を借りた"ようだった。

 しかしダブルアクセル+3回転トーループが、シングルアクセル+1回転トーループになってしまう。アクセルの前のブラケットで壁に寄りすぎ、カーブでミスをした。そのあとのコンビネーションで2回転トーループを3回転トーループにしたが、最後のコンビネーションはリピートでカウントされず、ひとつのミスが影を落とすことになった。

 得点は133.20点で、フリーも5位だった。合計206.86点で4位。決して悪い成績ではない。しかしアクセルが決まって、リピートもなかったら、五輪選考では有利だっただけに......。

「(三原)舞依が普段やったことのない失敗で。今は何を言われても悔しいと思うので、そっとしておきたい」

 中野園子コーチがそう振り返ったように、悔しさに身がよじれる思いだったはずだ。

「全体的に足が震えていて、ノーミスができなかった悔しさはあります。でも、そのなかであきらめずに滑りきれたのはよかったかなと思います」

 三原は努めて前向きに言った。

「日頃の練習から集中してやっているので、切り替えはうまくなったと思います。今日もミスのあとは切り替えができて、そこは強くなれたところで。客観視した時、自分のここがダメというのは頭に浮かんでいるので、そこをしっかりやっていきたいです。(病気や復帰など)いろいろあっても少しは前に進めたので、プラス思考に捉えようかなって」

 結局、三原は北京五輪代表には選ばれなかった。しかし、その演技は会場をわかせた。フリー後も、拍手はなかなか鳴りやまなかった。

 リンクという彼女がいるべき場所で、やるべきことをやったのだ。

「スケートを滑るのは楽しくて、自然と笑顔になれます! 私が目指すスケーターも、見て感動して元気になってもらえる、笑顔になってもらえる、と思っているので。リンクは笑顔を生んでくれる場所だと思います」

 そう語る三原は、氷の世界で優しい物語をつくる。1月18日にエストニアで開幕する四大陸選手権、彼女は日本代表選手としてリンクに立つ予定だ。