青学大トレーナー中野ジェームズ修一氏が語る王座奪還まで1年間の道のり 第98回箱根駅伝・復路(神奈川・箱根町芦ノ湖~東京・千代田区大手町)は3日、青学大が10時間43分42秒の総合新記録で2年ぶり6度目の総合優勝。往路に続く完全優勝を達成し…

青学大トレーナー中野ジェームズ修一氏が語る王座奪還まで1年間の道のり

 第98回箱根駅伝・復路(神奈川・箱根町芦ノ湖~東京・千代田区大手町)は3日、青学大が10時間43分42秒の総合新記録で2年ぶり6度目の総合優勝。往路に続く完全優勝を達成した。4位に終わった前回以降、学生長距離ランナーの間でも主流となった厚底シューズで記録を伸ばすという命題の下、肉体改造に着手。「今回の総合優勝で、トレーニングの一定の成果は挙げられた」と話すのは、青学大陸上部長距離部門のフィジカルトレーニングを担当する中野ジェームズ修一トレーナー。「THE ANSWER」スペシャリストでもある同氏に、そのトレーニング内容を聞いた。(構成=長島 恭子)

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 今年も箱根駅伝が終わりました。私は2014年から青山学院大学陸上部長距離部門のフィジカルトレーニングを担当していますが、2015年1月の初優勝でも、2018年の4連覇を達成したときも涙は出なかった。でも今年はゴールした瞬間、嬉しさのあまり、初めて涙が出ました。

 青学大は前回、往路で12位と惨敗。復路で巻き返したものの、総合4位という成績でした。大会終了後、私は21年のシーズンに向けて、トレーニングプランの見直しに着手。その際、柱とした課題が「厚底シューズ対策」です。

 第96回大会以降、箱根駅伝に出場するほとんどの選手が、厚底のシューズを着用しています。以前、主流だった薄底から、厚底シューズに変わったことの影響は、青学大の選手たちのフォームにもみられました。

 例えば多くの選手に見られたのが、着地の際、体重が前足部にバランスよく乗らず、シューズの特徴を最大限活かせていないという問題です。そのため、2020年のシーズン、青学大ではウォーミングアップの内容を一新することで、動きの修正を試みます。しかし、冒頭で触れた通り、2021年1月の箱根では思うような結果が得られず。十分な対策ではなかったことは明らかでした。

 そこで、厚底シューズを着用する選手をみている海外のトレーナーにインタビューする、自分自身も着用してみるなど、新たな対策を模索。厚底シューズに関するエビデンスが少ないなか、今以上にタイムを伸ばし、かつ故障しない走りを実現するには、筋トレの方向を大きく転換することが必要だと気づきました。

厚底シューズの反発力を最大限に活かすためのトレーニングに着手

 薄底シューズでは、着地の際、いかに自分の脚で地面から受ける反発力を生み出し、推進力につなげるかが重要になります。

 肝は前足部で着地後、後ろに流れた脚の膝をポンッと畳み込む力。なぜなら、きれいに素早く畳み込むと、それだけ次の一歩が大きく、そして素早く前に出るからです。そしてきれいに畳み込むには、ハムストリングスの筋力と瞬発力が必要。そのため、大腿四頭筋も大切ではありますが、青学大ではハムストリングスをメインにトレーニングを行っていました。

 一方、厚底シューズの場合、カーボンの反発力によって、勝手に脚がポンッと畳み込まれます。しかし、その反発力を体がうまく活用できなければ、最大限スピードに活かすことはできません。それを可能にするため、新たに「大腿四頭筋」と「殿筋」、この2か所によりフォーカスしたトレーニングプランが必要だと考えました。

 まず、前足部で着地した際、「大腿四頭筋」をしっかり使うことで、地面からの反発力を最大限、推進力に活かせます。ですから、太腿裏側のハムストリングスから表側の大腿四頭筋のトレーニングに、切り替える必要がありました。

 次に、「殿筋」ですが、着地の際、衝撃をしっかり吸収する役目を担います。

 厚底シューズを着用すると重心が高くなるため、フォームが不安定になります。すると、フォームの安定に働く下半身の一部の筋肉に、過剰な負荷がかかります。

 実はこのことによる弊害は、2020年頃から見られるようになりました。以前は、長距離選手に起きる障害は、足底筋膜炎やシンスプリント、大腿骨の疲労骨折などが多かったのですが、日常的に内転筋や中殿筋が張るという訴えや、仙骨の疲労骨折、殿筋周りの障害が増加。これらのケガを防ぎ、かつフォームを安定させるためにも、殿筋群を鍛える必要がありました。

 以上を踏まえ、新たなフィジカルトレーニングのプログラムを固めたのが3月末。そして4月中旬に原晋監督へトレーニングの方向転換の必要性を説明し、プログラムを提案。すぐに新たなトレーニングがスタートしました。

 今シーズン、加わったトレーニングは3つ。

 まずは、高重量のウエイトを使った下肢のトレーニング。これには大腿四頭筋と殿筋群の筋力をアップする目的があります。次に、エンコンパスというマシンを使った、ファンクショナルトレーニング。こちらは殿筋と背中の広背筋を連動させる筋肉の使い方を、体にインプットすることで、殿筋に過剰にかかる負荷を分散させる狙いがあります。この二つは選手個々にプログラムを作成しました。

 さらに、全体練習でも、自重で行う下肢の補強トレーニングを新たに組み込みました。

負担が増えたトレーニング、成果の「見える化」でモチベーション向上

 今回の変更によって、トレーニングによる下肢への負担はかなり増加。当初は、「疲れて走りに影響する」と訴える選手が数名出ました。

 選手たちには新しいトレーニングの目的と効果を説明していますが、トレーニング内容を大きく方向転換することは、当然、抵抗感や怖さを伴います。疲労が出ることはトレーナー陣は想定していたものの、当の選手たちは不安だったに違いありません。それでも、信じ、続けてくれたおかげで、次第に筋肉も適応。選手たちもだんだん、疲労を引きずらなくなりました。

 また、厳しいトレーニングを続けてもらうには、モチベーションを保つことも非常に重要です。特に「筋肉量が上がる=タイムが向上する」という絶対的な相関関係はないので、「何のためにこんなつらいトレーニングをしなければいけないのか?」と思う選手も出てきます。

 そこで、2か月に1度、エコーを使い筋肉の厚みを測定し、トレーニングの成果を「見える化」。実際、トップの選手ほど成果が見られたため、選手たちのトレーニングに向かうモチベーションは上がりました。

 また、バーベルラックとエンコンパスをあえて合宿所の食堂の目の前に設置。これは、「他の選手がトレーニングをする姿を見せることは、やる気につながる」という、原監督の奥様である美穂さんの提案です。さすが、選手をよく知っています。その提案は見事に当たり、やるかやらないかは個々の主体性に任せていた下肢やエンコンパスのトレーニングをやる選手は、日に日に増えていきました。

 トレーニングの成果は夏合宿の頃から見え始め、選手からも「四頭筋、殿筋を使いながら走れるようになりました」という声が聞かれるようになります。そして、2位で終えた10月の出雲全日本大学選抜駅伝では、選手の走りは殿筋の安定力、大腿四頭筋の使い方ともに、厚底シューズにしっかり対応できていました。

 その後、11月の全日本大学駅伝でも準優勝。ここで、順位を安定して残せたこと、そして、厚底シューズになってから増えていた中殿筋の張りや、仙骨の疲労骨折を起こした選手が数名で抑えられたことから、トレーニングの成果が出ているという手応えをしっかり感じられました。

 私自身、このトレーニングプランは初めての試みです。方向性をまったく勘違いしているのでは? という不安は常にありました。故障者が続出するのではないか、走りがぐちゃぐちゃになるのではないか、ピーキングを誤り、大崩れして順位が出ないのではないか……。悪い夢にうなされることも、何度もありました。

選手の皆さんへ「鬼のトレーニングについてきてくれてありがとう」

「トレーニングの方向転換をする。本気でやる気があるなら、自分から私に声をかけてきなさい」。その決断を伝えたとき、「もっと強くなりたい」と一番に声を掛けてくれたのが、中倉啓敦選手(3年)、岸本大紀選手(3年)でした。

 そこに「僕もやります」と太田蒼生選手、若林宏樹選手ら1年と、飯田貴之選手や佐藤一世選手らも続いてくれた。今まで以上、体に負担をかけるトレーニング。しかも私自身、答えは見えず、本当にこれでいいのかと自問自答する日が続きましたが、信じてついてきてくれる選手、他のトレーナーたちの気持ちに応えたいという想いで、取り組んできました。

 結果、圧倒的なタイム差をつけての優勝。選手たちが素晴らしい結果を出してくれて、本当に嬉しかった。彼らの走りを見て、トレーニングの成果を実感できましたし、私のトレーナー人生においても、とても大きな意味を持つ優勝でした。

 なかでも印象深かったのは、5区を走った若林宏樹選手(1年)です。若林選手とは大会までの1週間、毎晩一緒に、イメージトレーニングを行ってきました。レース後、普段は口下手な彼が「本当にありがとうございました」という言葉を自分からLINEで送ってきてくれたことに、とても胸を打たれました。

 選手の皆さんには心からのおめでとうの言葉とともに、鬼のトレーニングについてきてくれてありがとう、と伝えたいです。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。