中野信治インタビュー中編「ハミルトンとフェルスタッペンの強さ」前編「F1のメディア戦略」>>2021年シーズンのチャンピオンを争ったルイス・ハミルトンとマックス・フェルスタッペン。ふたりはそれぞれメルセデスとレッドブル・ホンダという異なった…

中野信治インタビュー中編「ハミルトンとフェルスタッペンの強さ」

前編「F1のメディア戦略」>>

2021年シーズンのチャンピオンを争ったルイス・ハミルトンとマックス・フェルスタッペン。ふたりはそれぞれメルセデスとレッドブル・ホンダという異なったマシンを操っていたにもかかわらず、毎戦、他のドライバーたちを置き去りにする圧倒的な速さを披露し続けた。圧倒的の強さの理由はどこにあったのだろう。DAZN(ダゾーン)で解説を務める元F1ドライバーの中野信治氏に語ってもらった。



2021年シーズン、激闘を繰り広げたハミルトンとフェルスタッペン。イタリアGPではクラッシュした photo by Sakurai Atsuo

【異次元なふたり】

中野信治 フェルスタッペンとハミルトンの走りは、ひとことで言えば異次元でした。特に2021年シーズンのF1は戦略が多彩で、信じられないくらいの数のプランがドライバーに提示されました。しかも、そのプランが状況に合わせてどんどん変化していきました。そのプランに沿った走らせ方を完璧にできたドライバーは、このふたりしかいませんでした。

 エンジニアが計算したどおりのラップタイムをスティントの最初だけでなく最後まで刻み続ける集中力と技術。そういった部分でのすご味をフェルスタッペンとハミルトンからあらためて感じました。

 純粋な速さや反射神経に関して言えば、若いフェルスタッペンがハミルトンを上回っていると思います。走行データを見ると、一発のタイムをひねり出す時のブレーキやスロットルの使い方、ステアリングの切り方が、異次元のスピード感覚なんです。おそらく見え方やクルマの感じ方が他のドライバーとまったく違うんじゃないかと感じます。フェルスタッペンのこのスピード感覚は、天性の能力だと思います。

 ハミルトンは往年の圧倒的な速さはちょっと下り坂かなという印象ですが、それを補って余りあるくらいのメンタル面での成熟があります。2021年シーズンのハミルトンのメンタルコントロールは神がかっていました。

 単に速く走るだけではなく、何があっても動じず、まさに王者の風格で本当に安定してパフォーマンスを発揮し続けていました。そして、周りを動かし、味方につけることで、自分の有利に物事を進めていくことができていました。



ハミルトンとフェルスタッペンの激闘を語った中野信治氏 photo by Murakami Shogo

 フェスタッペンのほうが速さでは少し上かもしれませんが、メンタル面ではハミルトンが上回り、ふたりの力関係は互角に見えました。だから最終戦のアブダビGPでフェルスタッペンが優勝し初タイトルを手にしましたが、チャンピオンはふたりにあげたかったというのが僕の本音です。

 ハミルトンとフェルスタッペンの速さは圧倒的ですが、他のドライバーがダメだというわけでは決してないんです。速さという部分では、たぶん、他のドライバーも同じようなところにいると思います。実際にバルテリ・ボッタスは予選に関してはハミルトンと遜色ない走りをしていました。

【速さだけでは勝てない世界】

 でもチャンピオンになるのはやっぱり速さだけではないということを2021年のシーズンはあらためて証明したと思います。大事なのはメンタルをコントロールする能力。いい時は誰もが自分の力を発揮できるんです。でもF1に限らず、スポーツの世界では一番厳しい状況の時にいかに実力を100%発揮できるどうかで、大きな差になっていきます。

 その部分を完璧にできているのがハミルトンです。メンタルコントロールという部分では、フェスタッペンはまだハミルトンの領域にたどり着けていないと思います。アブダビGPでのスタートのミスでも明らかです。それでもメンタル面はこれからもっと成長するだろうし、将来的にはハミルトンの7回を上回るチャンピオンになる可能性は十分にあると思います。

 フェルスタッペンは初めてのタイトルを獲得したことで、心に余裕ができ、強さにますます磨きがかかるでしょうね。ドライビングについてはリスクが高いと言われることがありますが、彼は異次元の選手なんです。普通のドライバーにとってはリスクの高い走りに見えても、彼としてはしっかりとコントールできているんだと思います。それだけの彼の能力はずば抜けています。

 とはいえ、アグレッシブな走らせ方で今後もずっと臨むのは難しいと思います。ハミルトンも若い頃はフェルスタッペンのようなドライビングをしていました。しかし速いだけじゃ勝てないとことに気がつき、自分を変化させて、これまで7度も世界タイトルを獲ってきました。そういう意味で、フェルスタッペンが初めてのタイトルを手にしたことでどう変化していくかというのは今後の見どころだと思います。

【37歳でもフィジカルに心配なし】

 一方のハミルトンは2022年シーズン、23歳のジョージ・ラッセルが新たなチームメイトになって、どんな変化が生まれるのか。ラッセルは見た目こそ優等生ですが、これまでコンビを組んでいたバルテリ・ボッタスのような従順なタイプではないと聞いています。巧くて勢いのあるラッセルと組むことで、元のハミルトンに戻るのか。それでも今のメンタルをキープできるのか。すごく注目していますね。

 ハミルトンは2022年1月に37歳になりますが、フィジカル面での心配はないと思っています。2021年シーズンはレース後に疲れている姿が何度か見られました。もちろん年齢的なところも多少はあるでしょうが、あれは相手がフェルスタッペンだったからです。これくらいで勝てるなと思っているところから、さらに追い込んで、追い込んでいかなければ勝てないんです。普通の何倍も疲れます。フェルスタッペン以外の相手だったら余裕のある戦いができていましたので、体力面での問題はないはずです。

 2022年はマシンのレギュレーションが大幅に変わります。どのチームがチャンピオン争いの主役になっていくのかは、フタを開けてみないとわかりませんが、24歳のフェルスタッペンと同じ世代がどんどん台頭していくと思います。

 2021年シーズンに強烈な輝きを放ったマクラーレンのランド・ノリス、ハミルトンの新たにチームメイトになるジョージ・ラッセル、2021年は目立たなかったですが、フェラーリのシャルル・ルクレールら、誰が来てもおかしくない状況です。ただ、ハミルトンやフェスタペンのレベルになるかっていうと、まだちょっと差があるなという気がします。

 若いドライバーたちがふたりのレベルに追いつくまでには時間がもう少し必要だと思いますが、ベンチマークとなるドライバーがふたりもいるというのは、今のF1界にとってすごく大きいです。若い選手たちはふたりをやっつけたいという気持ちでどんどん成長していくと思いますので、2022年シーズンも引き続きおもしろい戦いが見られるのではないかと期待しています。

(後編「角田裕毅の可能性」へつづく)

【Profile】 
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。