全日本選手権のフリーで2位となり、総合2位となった樋口新葉「やったぁー!」 演技直後、大きなガッツポーズとともに叫んだのは、悲願の北京五輪代表の座を目指して戦ってきた樋口新葉だ。「本当に緊張ですごい足が震えていて、演技前も演技中も足の力が入…



全日本選手権のフリーで2位となり、総合2位となった樋口新葉

「やったぁー!」

 演技直後、大きなガッツポーズとともに叫んだのは、悲願の北京五輪代表の座を目指して戦ってきた樋口新葉だ。

「本当に緊張ですごい足が震えていて、演技前も演技中も足の力が入らないような感覚の中で滑っていて、ジャンプがちゃんと降りられるか不安のところもあったんですけど、気持ちで乗り切って落ち着いた演技で最後までいけたのでよかったなと思いました」

 五輪代表最終選考会を兼ねた全日本選手権女子フリー。23日のショートプログラム(SP)で2位発進の樋口は、五輪代表入りを確実にするためには、逆転優勝か、最低でも総合2位を死守しなければいけなかった。だからこそ気合い十分で臨んだ大一番だった。

 競技人生を懸けて作り上げたフリー『ライオンキング』。演技冒頭に跳んだ武器のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)は着氷したもののステップアウト。GOE(出来栄え点)で1.60点の減点がついたが、及第点と言える出来にまとめることができたことは大きかった。その後は、ほぼミスのない演技で観客を魅了。プログラム後半に向かって音楽が盛り上がるなか、樋口は落ち着いた表情を見せながらジャンプを次々と跳び、終盤の見せ場であるステップでは、はち切れんばかりの笑顔で『ライオンキング』の世界観を氷上に映し出した。

 叫び声を発して喜びを爆発させたのは、満足いく演技ができたからだろう。リンクサイドで待っていた、幼少時から指導を受ける岡島功治コーチとがっちりと抱き合って大泣きする姿も見られた。端から見ると、ふたりの普段の師弟関係はどちらかと言えばそっけなく、あまりハグなどのスキンシップを見たことがなかったので、このシーンは印象的だった。その場面を会見で問われた樋口は、少し照れ笑いしながらこう振り返った。

「抱き合ってはいたんですけど、ほぼ何も話していなくて、『よかったね』と言ってもらっただけで、それを聞いているだけだったのですけど、ハグで何かを感じとりました(笑)。岡島先生にとって、私はすごくわがままで、言うことをあまり聞かない生徒だったんですけど、この4年間、諦めずに(そばに)ついてきてもらい、試合でもいつもペースを乱さないようにサポートしてもらって、すごく感謝しています」

【自己ベストにつながる精神的な成長】

 SPが終わった時点で、2位から5位までの得点差はわずか1点。勝負の行方はフリーの出来次第という状況だった。ミスを出したら脱落するという接戦のなかで、樋口もまた極度の緊張を強いられて戦ったという。だが、そんな状況をも想定して、いいときも悪いときもあることを受け止め、そこでどんな行動をするべきかを普段の練習からシミュレーションをして、メンタルトレーニングや対処法に取り組んできたことで、どんな状況にも動じない自分を作り上げてきたことが功を奏したという。

「オリンピックに挑戦するのは今回で最後だと思いながら、自分で強い気持ちを持って臨んだ大会でした。今シーズンは全日本のためだけにずっと頑張ってきて、ここで一番いい演技が出せたということは、4年前と比べものにならないくらい力を発揮できましたし、精神的に成長したなと感じた試合でした」

 フリーの結果は147.12点の2位で、合計221.78点の総合2位を死守。国際スケート連盟(ISU)非公認の記録ながら、これまでの自己ベストを大幅に上回り、フリーで6.08点増、合計では14.32点もアップした。

「フリーで目標にしていた点数が140点だったので、大きく超えられたのはよかった。いままでの自己ベストでこの試合を終えられたのでそれもすごくほっとしました」

 有力候補だった平昌五輪代表を逃した4年前のシーズンは、序盤から好調だった。GP2大会でも活躍してGPファイナル進出も決めた。しかし、肝心の最終選考会である全日本選手権で失速して自滅。SPでジャンプミスを出して4位発進すると、フリー前日の公式練習で右足首を痛めるアクシデントに見舞われた。フリー本番ではけがの影響が響き、ジャンプをしっかり跳べない状態での戦いを強いられ、総合4位に沈んで選考レースに敗れた。

 この悔しい経験と教訓を生かして、2度目の五輪シーズンを戦う今季は、全日本選手権まで万全の状態で臨むことが樋口の最大の目標だった。だからこそ、昨年から続くコロナ禍のなかで自分の身体と気持ちに真剣に向き合ってきた。

【「SPでもトリプルアクセルを跳びます」】

「いつもと違うシーズンの過ごし方だったんですけど、体調管理だったり、ケガをしないことだったり、すごく気を使いながら過ごしていて、調子が100パーセントではなかったけれど、全日本までどのように練習してくればいいのか、いいことも悪いことも想像してきていたことが、今日までつなげられたかなと思います」

 SPでは大技の回避を決める一方、フリーで武器のトリプルアクセルに挑むことを大会前からしっかりとイメージできていた。自分がこの4年間に積み重ねてきた練習は、トリプルアクセル習得だけではないことを証明したいという気持ちが強かったようだ。

「4年前は勝つことだけを考え、すごく狭い気持ちの中でスケートに向かっていて、スケート本来の楽しさだったり、面白さだったりを感じられないままシーズンを過ごしていました。それが、この1、2年はスケートに向き合って、自分のなかですごくスケートが楽しい。つらいことがたくさんありますし、試合で結果がでなかったり、自分の力が発揮できなかったりすることもたくさんあったんですけど、それもプラスに変えられるような気持ちで戦ってきたので、それが本当に大きく変わりました。

 今回の全日本も、オリンピックに行くということだけではないのがスケートだと思って、結果がついてきても、そうでなくても、すごくよかったと思えるように練習してきたので、それを出しきれたのがすごくよかったです」

 一方で今季は、武器のトリプルアクセルを磨き続けてきたシーズンでもあった。試合で成功させるレベルまで習得に励み、ようやくモノになってきた実感も生まれた。ロシア勢にはトリプルアクセルや4回転ジャンプを跳ぶ選手が出現しているだけに、今後はSPでも大技を組み込む必要があるだろう。

「まだまだこれから先、大きな舞台で滑る機会があればいいなと思うので、そういうところでも落ち着いて、思い切り跳びにいけるメンタルを作れるような自信を持てる練習をしていきたいと強く思っています。もし北京五輪に行けたら、もちろんSPでもトリプルアクセルは跳びます。オリンピックでは自分のやりたいことをそこで出しきりたいと思うので、自分が持っているものを最大限に生かした試合にしたいなと思います」

 大会終了後、坂本花織、河辺愛菜とともに、樋口の北京五輪代表選出が発表された。