全日本フィギュアで非公認ながら今季世界最高得点をマークした羽生結弦【「なぜスケートが好きか」自問した先に】 12月24日の全日本フィギュアスケート選手権男子ショートプログラム(SP)は、羽生結弦というスケーターのすごさをあらためて見せつけら…


全日本フィギュアで非公認ながら今季世界最高得点をマークした羽生結弦

「なぜスケートが好きか」自問した先に】

 12月24日の全日本フィギュアスケート選手権男子ショートプログラム(SP)は、羽生結弦というスケーターのすごさをあらためて見せつけられる時間だった。演じたのは初披露となる『序奏とロンド・カプリチオーソ』。昨年のこの舞台で同じく初披露だったフリーの『天と地と』を自身の心の深い部分まで表現しきる完璧な演技にしたのと同じく完成度の高いプログラムになった。今年7月に「羽生結弦ならではのプログラムにします」と話していた言葉を、そのまま証明するものだった。

 昨季もピアノ曲を希望しながら、最適な曲が見つからずに断念していた羽生。今季へ向けて曲を探すなかで、自分が昔から滑りたいと思っていた『序奏とロンド・カプリチオーソ』を思い出した。「ピアノバージョンで滑ったら自分らしくなるのかな」と考えたと言う。

 昨年の夏、ひとりで練習するなかジャンプも思うように跳べなくなって気持ちが落ち込み、「なんでスケートが好きだったんだろう。もう辞めようか」とも思った。羽生はそうした気持ちを思いきり表現してみたいと考え、エキシビションプログラムの『春よ、来い』を滑った。

「(『春よ、来い』を演じた)その時の感覚があまりにも幸せで、『あっ、これが自分の好きだったスケートなんだ』と感じた」

 立ち直るきっかけになったそのプログラムの曲を弾いていた清塚信也氏のピアノならば、「もっと気持ちよく滑れるだろう、もっと気持ちを込めて滑れるのではないか」と思い、アレンジを依頼してオリジナルバージョンを作ってもらった。



SP1位で折り返し、12月26日のフリーに臨む

【4回転アクセルだけでない進化】

 大会前の練習では、一度もノーミスができていなかったという24日のSP。冒頭の4回転サルコウは同じさいたまスーパーアリーナで行なわれた19年世界選手権でも失敗している。当時と同じ場所で跳ぶこともあり、緊張感は大きかった。だが、しっかりコントロールし、GOE(出来ばえ点)加点4.57点のジャンプにした。

 その成功で気持ちが落ち着いた。次の連続ジャンプは最初の4回転トーループが少し低くなり、本人も「大きく耐えてしまった」とのジャンプ。しかし、昨季の世界選手権前とは違い、4回転アクセル以外のジャンプもしっかり練習できていたこと、アクセルが完成に近づいたことで他のジャンプの精度も上がっていたといい、4回転トーループも2.58点の加点のジャンプだった。

「振り付けは最初、ジェフリー・バトルさんにお願いしましたが、自分のなかでもっとやりたいという思いが出てきて、ジェフやブライアン(・オーサーコーチ)、トレーシー(・ウィルソンコーチ)などにいろいろ相談して......。最後には(振付師の)シェイ=リーン(・ボーン)にも加わっていただき、振り付けはコラボレーションという形にしました」

 清塚氏に曲作りを依頼した時に伝えたのは、「パッションあふれるもの。そのなかに切なさや繊細さなどがあふれるものにしてほしい」ということで、全体のイメージは考えていなかった。

「最終的にシェイ=リーンに加わっていただいてから思い描いたのは、自分の苦しかった暗闇のような時期の思い出や、皆さんの気持ち、歩んできた道のりが蛍の光のように広がり、最初のスピンのあとからはそれらをすべてエネルギーにして、自分でもよくわからない、意識が飛んでいるような感覚のなかで何かをつかみ取るような......。シェイ=リーンがそういう物語をつけてくれたので、本当に新しいプログラムとして自分自身も、エキシビションのように感情をこめて滑れていると思います」

【すべてがシンクロした演技】

 公式練習で初めてステップシークエンスを見た時に感じたのは、羽生が何かすごく大きなものに翻弄されているような感覚だった。そんな空間のなかでもみくちゃにされながらも、羽生は自分の意思を捨てることなく泳ぎ続けているようだ、と。

 後半のトリプルアクセルも以前よりスピードアップした回転できれいに決め、スピンとステップはすべてレベル4の完璧な演技。その得点は、より熟成させた『バラード第1番ト短調』をシームレスに演じた2020年四大陸選手権で出した自己最高得点に0.51点だけ及ばない111.31点という高得点だった。

「ジャンプ構成は自分ができる最大の難易度ではないと思うけれど、このプログラム自体の構成はジャンプの前に入っているクロスはひとつくらいで、ほとんど入れていないところもぜひ見ていただきたいなと思います。

 表現のほうも『バラード第1番』だったり『SEIMEI』だったり、本当に自分の代表プログラムとなるようなものだという思いはある。まだ洗練されてないかもしれないけど、具体的な物語や曲に乗せる気持ちも強くあるプログラムになっているので、ジャンプだけではなく全部見てもらえるようにしていきたいなと思います」

 その演技を見ていて思わずうなり声を上げてしまったのは、体の動きだけではなく、スピンも技の構成を綿密に考え、後半の激しい曲調のなかでは微妙に変化する音のテンポに回転速度までをもすべてシンクロさせている、完璧な滑りだったからだ。49.03点を獲得した演技構成点のなかでも、「音楽の解釈」ではジャッジ9名中8名が満点の10点を出してスコアも10点になったことが十分に納得できた。

 この『序奏とロンド・カプリチオーソ』をこれからさらに、『バラード第1番』や『春よ、来い』などのエキシビションプログラムのように洗練させ、熟成させていきたいという羽生。彼の持ち味でもある、その時々の感情や気持ちを演技に反映させて微妙なアレンジを加えた表現で、その時の「羽生結弦」をどう見せてくれるかも、このプログラムを見る楽しみのひとつになった。