12月22日、全日本選手権の公式練習に臨む宇野昌磨 12月22日、さいたま。全日本フィギュアスケート選手権の前日公式練習で、宇野昌磨はひとりだけマスクを付けたままリンクに入った。2周ほどで、ゆっくりとピンク色のマスクを取り外した。間もなく体…



12月22日、全日本選手権の公式練習に臨む宇野昌磨

 12月22日、さいたま。全日本フィギュアスケート選手権の前日公式練習で、宇野昌磨はひとりだけマスクを付けたままリンクに入った。2周ほどで、ゆっくりとピンク色のマスクを取り外した。間もなく体が温まったのか、高いジャンプでトリプルアクセルを着氷したあと、手応えを感じたように白い上着を脱いでいる。上下カーキのジャージ姿になると、風に前髪をなびかせながら、入念に滑り込んだ。

「どの試合でも成長できるように」

 それを理念にする宇野は、渾身で勝負の準備をしていた。

 曲かけ練習は、ショートプログラム(SP)の『オーボエ・コンチェルト』だった。曲が終わると、すぐにリンクサイドに立つステファン・ランビエルコーチのもとへ駆け寄っている。着地の姿勢に関する話だろうか、動作を確認するような身振り手振りで、宇野はアドバイスを集中して聞きながら、小さく何度も何度もうなずいた。

 この日、宇野はいつも以上に、ランビエルと言葉を交わしていた。他の選手が曲かけを終わるたび、もしくはそれ以上の回数だった。何かを確かめていたのは歴然で、最後には納得した笑みをもらしていた。

「積み重ねがあったんだ、と安心しました」

 宇野は練習後のリモート取材で意味深長に言ったが、そこに彼の「今」が集約されていた。



公式練習では、ステファン・ランビエルコーチと頻繁に言葉を交わした

【足首のケガ「治らなかった言わない」】

 12月18日、宇野はフリップジャンプの着氷で、右足首をひねってしまった。言うまでもないが、痛みも出た。それ以来、ジャンプは跳んでいなかった。

 前日公式練習は、手探りで挑んでいたのだ。

「最初は痛いんじゃないか、と恐る恐るやりましたけど、痛くないし、いつもどおりできるって」

 宇野はそう言って、安堵の表情を浮かべた。

「ケガは言いわけにならないし、発言は迷っていたんですが。治らなかったら言わない、と思っていましたけど、ほぼ痛みはなく、これならケガが試合の良し悪しに直結しないとわかったので。これで調整が間に合わなかったら、(ケガよりもシーズンを通しての)調整不足ってことだし。ケガも実力のうちで」

 つまり、宇野は痛みが出るかでないか、ひとつの試練に向き合っていた。そこで得た感慨は、「積み重ねの強さ」だった。ケガの苦境をも、彼はリカバリーできたのだ。

【いつでも「今」に挑む】

「やるべきことを自分に課してきて、いろいろとひとつずつこなし、そのなかで見つかった課題とさらに向き合って。それで全日本に来ているわけで、どんな形でも試合は迫ってくるんだなって。だから今は、明後日(12月24日)の試合までどう調整するか、それも自分の課題で。どれだけ自分のジャンプを取り戻せるかだと思っています」

 宇野はこれまでも「今」に真っ向から挑むことで、「楽しさ」までたどり着いてきた。

 2018年平昌五輪での銀メダルに甘んじず、同年の全日本選手権では大会直前のケガのハンディを克服して優勝。2019年はコーチ不在で苦しみ抜いたが、全日本選手権では歓喜の4連覇を遂げ、2020年はコロナ禍で万事順調とはいかなかったが、ランビエルコーチとスケートの楽しさを深めている。

 いくつもの点と点が線になっているのが、宇野昌磨の強さだ。

「別人ではないけど、全てが向上したと思います。技術だけなく、精神面も」

 11月に行なわれたグランプリ(GP)シリーズ・NHK杯でトータル290.15点と自己記録更新で優勝を決めたあと、宇野は自信に満ちた表情で語っていた。

「スケートにうまく向き合うことができるようになりました。今までは、うまくなりたいという意欲ばかりが強すぎましたが。この大会は、やるべきことをやってこられたと思っています。ただ、もっとスケートがうまくなりたい。成長を続けることでプログラムを向上させ、昨日の自分に追いつき、追い越したいと思っています」

【5度目の優勝へ】

 彼は「今」を満たしながら、次の「今」を夢中で見つけている。スケートに対する真摯で情熱的な生き方は、ケガに見舞われても変わらない。あるいは、ケガさえも成長を遂げるための要素だ。

 NHK杯ではフリーの連続ジャンプが4回転トーループ+2回転トーループにとどまったが、この日は2本目を3回転にして着氷していた。万全な状態ではないにもかかわらず、恐れずに挑む姿勢があった。フリップで右足首をケガしたのも、4種類5本の4回転ジャンプという限界を突破しようとするプロセスだったのではないか。

 当然、全日本でも5度目の優勝を狙う。GPファイナリストだけに、2大会連続出場がかかる北京五輪への争いは優位な状況だが、王者として決められるか(優勝者は無条件に出場、他に2名が選ばれる)。

「いい演技とか、悪い演技とか、そこは運も含めていろいろからんでくるんだと思います。でも、自分から逃げる演技だけはしたくないと思っています」

 "決戦前夜"、宇野はスケーターとしての矜持を語った。12月24日に行なわれるSPは第4グループ、3番目の滑走。清冽(せいれつ)な志が運命を引き寄せる。