東京2020パラリンピック カヌースプリント男子ヴァーシングル(VL3)の日本代表・今井航一選手。その今井選手のこれまでの人生を3回に分けてお届けしている。第3回は母国で行われた東京パラリンピック、そしてカヌーについての思いを聞いた。 …

東京2020パラリンピック カヌースプリント男子ヴァーシングル(VL3)の日本代表・今井航一選手。その今井選手のこれまでの人生を3回に分けてお届けしている。第3回は母国で行われた東京パラリンピック、そしてカヌーについての思いを聞いた。

<第1回はこちら>
 

<第2回はこちら>

――東京2020パラリンピック出場を目指していたから練習量を増やす意味で自営ではなくアスリート雇用してくれる会社に所属したのですか。

今井:その頃、日本代表メンバーとして国際大会に出場するレベルの選手はほぼアスリート雇用で企業に所属していましたので、自分も同じような環境に身を置いた上で競技に集中したいと思いアスリートとして就職活動を行いました。幸いなことに現在の所属先である株式会社コロプラとアスリート雇用契約を結ぶことができました。

 

――株式会社コロプラさんとアスリート雇用してからは、どのくらい練習していますか?

今井:ほぼ毎日です。週に一回は身体を休めるために休息日を入れています。

 

――東京2020を終えて約3ヶ月が過ぎました。今の気持ちを教えて下さい。

今井:カヌーを始めた当初から、自国開催される東京パラリンピックの舞台に立ちたいと思い、それに向かって時間を過ごしてきたので、ちょっぴり喪失感もあります。でも東京大会に出場したことで、もう一度パラリンピックの舞台に立ちたいという思いがより鮮明になりました。今は2024年パリ大会に向けてチャレンジしようという気持ちです。

 

――今回は新型コロナの影響で予定より1年延期になりました。モチベーションを維持するのが難しかったという選手もいますが今井選手はいかがでしょうか。

今井:僕の場合、本格的にカヌーに取り組んだのが2018年です。カヌーを始めてからのキャリアがとても短い。それ故に1年間練習できる時間が増えたことはプラスでした。

 

――9月に行われた東京2020パラリンピックカヌー競技時は天候が良くなかったですよね。

今井:9月初旬とは思えない気温でした。パラカヌーはL1(胴体が動かせず肩と腕の機能だけで漕げる選手)L2(胴体と腕を使って焦げる選手)L3(腰・胴体・腕を使うことができる選手)というクラス分けされた選手が参加します。L1やL2の選手は急に冷えこんだ環境では体温調節が難しかったと思います。ですが、僕自身の障害クラスでは体温調整が困難ではないため、特に気温には影響されないと思っています。ただ向かい風だったのが(苦笑)。

僕の場合は、予選(9/2)の時は焦ってしまい普段よりもピッチ数が多かった。あとで映像を確認した時、これではダメだとすぐに課題を見つけ、翌日(9/3)は落ち着いて一回のピッチをしっかり強く漕ぎ進むようにしようと思いましたね。

 

――海の森水上競技場は海水ですよね。合宿先の府中湖は淡水ですが、レースに影響はありましたか?

今井:選手によって意見が分かれますよね。僕は海水だからといって水が掴みにくいと思った事はないです。ただ艇自体は重心が高くなっていたのは感じました。まあ1cmあるかないかですけど。今回僕が出場したのはパドルがシングルブレードのヴァーですので、カヤック(片側ブレード)だともっと安定性が違ってくるかもしれないですね。左右のバランスを取りながら漕いでいるので、重心の高さに意識が向くと力強いパドリングが難しいかもしれません。

 

――東京2020は海外からの選手が多く来日しました。選手村や会場はいかがでしたか。

今井:パラリンピックの選手村では他競技の選手もいますので、パラカヌーの競技対象の障害以外のいろいろな障害を持つ選手たちに出会ったことはとても衝撃でした。

大会会場ではトップクラスの選手の独特の雰囲気を持っていたり、海外選手はみんな個性的ですね。障害によってそれぞれ動かせる部位が違うので、漕ぎ方一つ見ても同じ人がいない。「この身体でこんな動きをするんだ」と別のクラスの選手のレースを見て刺激を受けました。また母国で自分がパラリンピックに出場する機会は2度とないので特別な思いを抱きながらレースに挑みました。

自分としてはここに至るまでここまでに積み上げてきたものを、完璧に出せれば満点と考えて出場しましたので、自分の全力を出し切れたレースができたので、その点は良かったと思います。

――今井選手がカヌー競技を通して学んだことを教えて下さい。

今井:40代って子供の頃思っていた40代のイメージより身体は動くなぁっていうことですね(苦笑)もちろん20代や30代の選手よりは劣るかもしれませんが。

あとは、身体の動かし方について。片脚がない身体の状態でベストパフォーマンスを出すためにはどうしたら良いのかを考える中で、そもそも健常者のカヌー選手はどういう身体の使い方をしているのか、僕より身体の動きに制限のある人たちはどんな身体の使い方をしているのかをすごく考えます。このような動作観察することで心理的なことも含め、いろんなものが見えてくるので、あらためて観察することの大切さを学びましたね。

 

――カヌー競技を通し様々なことを学んでいるのですね。ところで今井選手が試合前に行うことはありますか?

今井:頭の中で音楽を流したりします。カヌーは水上に出ると他の選手と距離があるので、歌を口ずさむこともあります(苦笑)。

 

――これまでのカヌー人生で1番楽しかったことを教えて下さい。

今井:2021年5月にセゲド(ハンガリー)で開催されたワールドカップは、初めて参加した国際大会でした。スポーツ選手として海外に出かけたのは人生初の経験だったので、すごくワクワクしました。また、東京パラリンピックへの出場権をかけた最終予選ということもあり、しびれるほどの緊張感がとても心地良かったですね。

――今井選手が思うカヌーの魅力をなんですか。

今井:同じように身体を動かせなくても、健常者とほぼ同じように水上で艇に乗り、同じ水面を進むことができるスポーツだということです。

また水上から四季折々の風景を楽しめ季節を感じることができるという楽しさもあります。

 

――ズバリ今井選手にとって「カヌー」とは何ですか?

今井:僕の人生を輝かせてくれるもの。多くの人との縁を繋いでくれるもの。「宝物」です。

 

――カヌーを通して何を伝えたいですか?

今井:僕の方からこれを伝えたいということはありません。僕がカヌー競技に取り組んでいる姿を見てもらうことで、人生がプラスに働く要素を得られる人がいたら、それでいいのかなと思っています。カヌーは日本ではマイナースポーツなので、若い人達に、「スプリントカヌーという素晴らしい競技があるよ」と伝えたいですね。

 

――今後の目標を教えて下さい。

今井:次の大きな目標は、世界と戦える競技者の1人となり、2024年のパリパラリンピックの舞台に立つこと。東京2020の舞台に立って、改めてパリの舞台にも立ちたいと思いました。そのために今まで以上に色々なことを考え質の高い練習をこなしていかなければならない。

2022年は自分の力を試しつつ、さらに高めていく年になると思います。2023年にはパリのパラリンピックに向けた第1回目の選考会が行われることになると思います。それを考えると2年を切っているので時間が限られていて、パリ大会は東京大会よりさらにハードルが上がることは重々承知していますが、表彰台目指して歩む道を楽しんでいきたいです。

<おわり>

 

今井航一/イマイ コウイチ 広島県広島市出身
株式会社コロプラ 所属/香川県パラカヌー協会 所属

主な成績
2019日本選手権 男子KL3 2位/男子VL3 1位
2020日本選手権 男子KL3 1位/男子VL3 1位
2021 東京2020パラリンピック 男子VL3 12位

今井航一 Twitter
今井航一 Instagram

所属:株式会社コロプラWebサイト
香川県パラカヌー協会 Twitter

一般社団法人 日本障害者カヌー協会Webサイト
一般社団法人 日本障害者カヌー協会 Twitter

 

取材・文/大楽 聡詞
写真提供/今井航一・(一社)日本障害者カヌー協会