在米カメラマン田邉安啓氏が見た、米ツアー最終予選会での渋野日向子の戦い 来季シード権をかけた女子ゴルフの米女子ツアー(LPGA)最終予選会(Qシリーズ)の第2週が、現地時間9日から12日にかけて米アラバマ州で行われ、日本から出場した渋野日向…

在米カメラマン田邉安啓氏が見た、米ツアー最終予選会での渋野日向子の戦い

 来季シード権をかけた女子ゴルフの米女子ツアー(LPGA)最終予選会(Qシリーズ)の第2週が、現地時間9日から12日にかけて米アラバマ州で行われ、日本から出場した渋野日向子(サントリー)は通算10アンダーで20位タイと、通算18アンダーで7位となった古江彩佳(富士通)とともに来季のLPGAツアー出場権を獲得した。目標の舞台を目指し、8ラウンドにわたって繰り広げられた渋野の戦いに現地で密着した在米カメラマン・田邉安啓氏が「THE ANSWER」に寄稿。メジャー覇者にとっては本来無縁なはずのQシリーズを戦った意義を、過去の米ツアーでの取材エピソードから独自の視点で考察した。

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 来季の米女子ツアー(LPGA)シード権獲得を目指し、渋野日向子と古江彩佳の2人が挑戦したQシリーズ全8ラウンドが終わった。古江は見事7位、渋野は20位タイで終了し、来季の2人はアメリカが主戦場になることが決まった。「20位以内を目指していた」と目標を語っていた渋野は最低ラインでクリア。第7ラウンドでは「79」を叩き、泣き崩れそうになったものの、最終ラウンドでは粘りに粘って3アンダーとし再浮上したのは、底力の証明と言っても過言ではない。

 過酷なQシリーズ出場に際し、「できない経験ができる、経験が活かせる、メジャー優勝直後に(米ツアーの)メンバー登録をしなくて良かった」と前向きな姿勢を語っていた渋野は、最終ラウンドを終えた後も「(メンバー登録していたら)スイングも変えてなかったし、いろいろ考えながらやってなかったかもしれない」「自分が変われる時間があった」「足りないものがたくさん見えたし、収穫しかない」と、この舞台を戦った意義を強調していた。

 Qシリーズという予選会は、プロに転向したばかりの新人やシード権を失ったプロが出場する場所ゆえ、メジャーを制した渋野には本来なら無縁な場所だったはずだ。シード権獲得という目標をなんとかクリアした渋野の戦いぶりを間近で2週間観戦し、果たしてプロの経験とは選手の中でどのように積み上がっていくものなのかを考えていると、ある男子プロ選手のエピソードを思い出した。

プロの選手が何かを変えることは複雑で繊細な問題

 2013年のマスターズを制したアダム・スコットという選手がいる。2000年のプロ転向後から現在に至るまで、スコットはタイトリスト社のボールを使用しているが、マスターズに優勝した年の暮れに、自らが理想と考える高めの弾道を実現するために、同社が提供するやや高弾道で飛ぶタイプのボールに使用球を変更した。

 理想の弾道を得たはずのスコットだったが、翌シーズンの成績は散々なものだった。同社のボール担当者とともに不調の原因を分析してみると、使用球を変更したことで理想の弾道を打てるようになったにもかかわらず、自らの体がそれまでに慣れ親しんだ中弾道を追い求めるように動いていたことが分かった。頭の中で理想と考えていたはずの高弾道を、スコットの体は「いつもより弾道が高すぎる」と反応してしまい、中弾道のショットを打つように体が勝手にアジャストしようとした結果、スイングのバランスが崩れたのだ。

 年が明けて元の中弾道タイプのボールに戻した途端、スコットは2連勝を挙げた。プロの選手が何かを変えることは、アマチュアでは想像も及ばないほど複雑で繊細な問題であるのかと、驚かされたエピソードだった。

 2019年にAIG全英女子オープンを制したメジャー覇者の渋野にとっては、回り道と言われるかもしれない今回の挑戦。最低ラインであっても目標をクリアした今、この「経験」はプロとしての渋野の中で複雑に、ただ確実に消化され、いつか大きな糧となって「活かせる」日が必ず訪れるだろう。渋野の2022年が、今は楽しみで仕方がない。(田邉 安啓 / Yasuhiro Tanabe)