一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第13回は陸上・田中希実 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスター…

一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第13回は陸上・田中希実

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第13回は、陸上の田中希実(豊田自動織機TC)が登場する。東京五輪女子1500メートルで8位入賞の快挙を果たした22歳。今月9日の年間表彰式では“世界8位の価値”を語っていた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 肺が破裂するんじゃないか。足がもげるんじゃないか。見る側も苦しくなるくらい必死の走りだった。東京五輪陸上女子1500メートル決勝。田中は153センチの体で世界の猛者たちに食らいつき、8位入賞を果たした。大きく肩を揺らし、呼吸を整える。トラックに一礼し「ありがとうございました!」。ハツラツとした表情で叫ぶシーンは感動を呼んだ。

 陸上ファンならどれほどの快挙だったかすぐにわかる。だが、「入賞」という記録は、メダルか否かで判断しがちな一般層にはピンと来ない人も多い。

 800メートルと1500メートルが中距離。日本の女子中距離は、1928年アムステルダム五輪800メートルで人見絹枝が銀メダル獲得して以降、世界は遠い存在だった。1500メートルでは、田中が卜部蘭(積水化学)とともに日本人初の五輪出場。これだけでも快挙だったが、予選で日本記録を上回ると、準決勝でも日本女子初の3分台突入となる3分59秒19をマークし、大舞台でさらに記録を更新してみせた。

 真夏の快進撃から4か月。田中は今月9日に行われた日本陸上競技連盟の年間表彰式に出席し、優秀選手賞を受賞した。日本人に縁のなかった種目で「世界8位」。会見でその価値に触れた。

「1500メートルは世界中の人が取り組んでいる種目と言いますか、年代を問わず小学生でもできる種目。そこで結果を残せたことは価値があることだと思っています。5000メートルとか1万メートルだと、小学生、中学生には凄くイメージの湧きにくい距離。タイムを聞いても速さがあまりわからないと思うけど、1500メートルだとダイレクトに伝わるものがある。その種目で結果を残せたのは凄く良かったなって、自分でも思えています」

 100メートルなど短距離も然り。日本では持久走や体力テストでも行われる1500メートルは、誰しも一度は経験したことがあるだろう。“競技人口”の多い種目で世界トップを争うところまで来ている。そこに誇りを持っているようだった。

 これまで800、1500、5000、1万メートルと多数の種目でレースに出場した。非五輪種目の1000と3000メートルでも日本記録を持つが、本命は5000メートル。ここで世界と戦うため、1500メートルでスピード持久力を磨いてきた。この過程でも「私はどの種目でも、もっと速く、もっと強くなりたい」という意識を忘れたことはない。だからこそ、東京五輪は5000メートルで予選敗退に終わっても、多種目で得た勝負勘が冴えわたり、1500メートルの快挙に繋げられた。

世界から遠い種目に励むジュニア世代へ「極めればどんな種目にも対応できるんだよ」

 強力なエンジンを積んだ海外勢。集団でひと際目立つ小さな体でペースの上げ下げに対抗する。世界のタフなレースを戦い抜くには何が必要なのか。

「とにかくメンタル面。怯まずに行く気持ちが大事。オリンピックだからこそ『怯まない』『細かいことを考えても仕方がない』というふうにリミッターが外れるので、うまく結果が出たのかなと思います。逆に言えばオリンピックだからこそ、その精神になれた。普段から怯まずに行く気持ちが大事じゃないかなと思います」

 序盤だけでも、途中の数十秒だけでも、自分が前に出てレースを引っ張り、ゲームメイクに関わっていく。貪欲な姿勢の大切さを説いた。国内では田中を中心にレースが動く。スタートから全開で大逃げを打つ時もあれば、終盤に一気にギアチェンジするレースも。「走る」というシンプルな動きにたっぷりと詰まったワクワク感。その姿は観客を魅了してきた。

 世界8位の価値を語った後、同じような“世界から遠い種目”に励むジュニア世代に向けてメッセージを添えた。

「この種目で結果を残せたのは凄く良かった。だから、これからも1500メートルの良さを小学生、中学生に知っていただきたいと思います。今後、私自身も800メートルなどのより短い距離、5000メートル以降の長い距離で活躍することで『1500メートルを極めればどんな種目にも対応できるんだよ』ということを、自分の身をもって示していけるようになりたいなって思います」

 まだ、目の前には7人いた。自らの記録を超え、今後も日本陸上界にさらなる価値を生み出していく。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)