一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第11回は陸上・新谷仁美 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスター…
一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第11回は陸上・新谷仁美
2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第11回は、5月に陸上の東京五輪テスト大会に出場した新谷仁美(積水化学)が登場する。簡単に真似できない発信力の中には「人間臭さと熱量」が詰まっていた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
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記者たちのキャパを超えるほど、伝えたい、伝えてほしいという想いが溢れ出ていた。
東京五輪の開催が揺らいでいた5月、国立競技場で陸上のテスト大会が行われた。新谷は5000メートルに出場。宣言していた日本記録更新はならず「ビッグマウスって書いてください」と自虐的に振り返った。まだ息も整わないレース直後。話は会場周辺で行われていた五輪開催への反対デモに及んだ。
「コロナ禍に関係なく、スポーツに対してネガティブな意見を持つ人は当然いるんです。その人たちの気持ちに『どう寄り添えるか』が重要。彼らも同じ国民。私たちスポーツ選手は国民の理解と応援、サポートがあって成り立つ職業です。すべての人の理解を得るために、やっぱり寄り添う必要がある。応援してくれる人たちだけに目を向けるようじゃ、私は胸を張って『日本代表です』とは言えないです」
競技を終えた選手が流れ作業のように次々とやってくる取材エリア。一人の選手が対応できる時間は限られ、新谷の番も一度は打ち切られた。しかし、まだ話の途中。本人も、報道陣も消化不良の様子で、場所を移して取材が継続された。
夢に見た五輪に「出たい」とさえ言いづらい状況。反対する人々に「寄り添う」とは、具体的にどういう形なのか。そんな質問を受けた新谷は視線を外し、ほんの少し間を置いた。頭の中を整理しているように見えた。
「結果を出していればいいという選手の気持ちもわからなくはないのですが、やっぱり結果だけじゃ伝え切れないものもあると思うんです。スポーツに対してネガティブに思う人たちに視線を向けることが重要。意見を聞いて『変えていこうか』と直すことを心掛けています」
2014年に一度引退し、4年間のOL生活を経験。スポーツ界の“外”に身を置いたからこそ、反対側の心情にも「寄り添える」のだろう。熱を帯びた16分にわたる取材対応。勢いに乗せられた記者たちも前のめりになった。
新谷はいつも自分の意見をストレートに発信する。女性アスリートの生理の実情、五輪選手のワクチン接種、厚底シューズの話題。「アスリートは競技で結果を出して『じゃあいいよね』っていうわけではないと思います。自分の言葉で自分の意思を伝えることが大事。競技だけで表現できないことは、しっかり言葉を述べて表現していきたい」。発言による影響に配慮しながら、正直さを貫いていた。
SNS全盛の時代「発信することに怖さは一切ない」、その理由とは
ただし、真っすぐすぎる言葉は時に反感を買う。本人の真意とは裏腹に、アスリートは「言わぬが花」「清廉潔白」を求められがち。SNS全盛の時代、直接攻撃される可能性だってある。それでも、新谷は批判を恐れずに言う。発信に覚悟と責任を抱えながら、だ。
「人間なので間違ったら指摘はされるけど、自分でも間違ったことは言っていないと思っています。私は基本的に“自己中”ではあるけど、発信に関して怖さは一切ないですね。もし間違ったことがあれば、しっかり指摘してくれるコーチがいてくれるので心配していません」
顔も知らぬ誰かより、何よりも信頼を置く人の言葉。しっかりと正してくれる存在が信念の強さを裏付けている。
自身へのマイナス意見はどんな形で目にするのか。16分の取材の中で、こちらが大真面目に投げかけた問いには「イケメンから連絡が来るかな~と思って、インスタのDMはオープンにしています」。いや、そんなことを聞きたいわけでは……と思いつつも、緩急をつけたトークに引き込まれた。
競技直後の選手は興奮状態にあり、多くの記者、カメラに囲まれて緊張している場合もある。そんな時は日本語がめちゃくちゃになりがち。実は新谷も割とそんなタイプだ。都度、伝える側はニュアンスが変わらない程度に言葉を整える。“ぶっちゃけすぎた”発言は、多方面に配慮してカットされるなんてことも……。
表面的なコメントよりも、そんな人間臭さを漂わせた新谷の真っすぐな姿が、もっと聞きたい、伝えたいと思わせる。希代のランナーが発する熱々の言葉。締切時間、分量、社の方針など様々な制約がある中、話し手の熱量こそが時に記者の意欲をさらにかき立て、パソコンを開かせる。そう思った16分間だった。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)