12月5日の、スピードスケート・W杯ソルトレイクシティー大会3日目。女子1500mでゴールした髙木美帆(日体大)は自分のタイムを見ると、まだ強豪選手が2組残っているのにも関わらず、両手を広く突き上げて喜びを爆発させた。納得の滑りに思わず喜…

 12月5日の、スピードスケート・W杯ソルトレイクシティー大会3日目。女子1500mでゴールした髙木美帆(日体大)は自分のタイムを見ると、まだ強豪選手が2組残っているのにも関わらず、両手を広く突き上げて喜びを爆発させた。



納得の滑りに思わず喜びが溢れた髙木美帆

 今季、11月のヨーロッパ2大会を連勝して、この大会に臨んだ髙木。アメリカ・ソルトレイクシティーは、標高1423mの高速リンクで記録が期待できる大会。髙木も2019年3月に、この会場で1分49秒83の世界記録を出している。今大会、それには及ばなかったとはいえ1分49秒98の好記録を残した。

「もう1回このリンクで1分50秒を切りたいとコーチと話していたので、(世界記録の)100分の2秒でも切れたのはうれしかった」

 ヨーロッパからこの大会まで1週間空いたのを機に自分の中でモヤモヤしていた体の動きについて、もう一度見直して修正に取り組んだという。

 1500mは髙木の専門種目で、2017~2018年にはW杯種目別総合優勝を果たし、その後の2シーズンは2位と好成績を残している。今季は2シーズンぶりのW杯総合優勝奪還に向けて、順調なスタートを切っていた。

 前日の1000mでも髙木は好記録を出して優勝していた。ゴールタイムはブリタニー・ボー(アメリカ)の世界記録には0秒22及ばなかったものの、1分11秒83と2019年に続く2回目の11秒台にガッツポーズをした。

 このレースには特別、記録などを設定して臨んだわけではなかった。だが、滑り終わって記録を見た瞬間、「世界記録に近かった」と知り、うれしさと悔しさが混ざり合う複雑な心境になったという。ここで手応えをつかんだからこそ、翌日の1500mで1分49秒台を狙うレースができたのだ。

 日本スケート連盟の選考基準で、ここまでの3戦の結果で12月末の代表選考会の前に北京五輪代表を確実にしている髙木。チームパシュートの金メダルと、個人の銀と銅メダルを獲得した2018年平昌五輪以降の活躍を見れば当然だろう。

 W杯で安定した成績を残し続けただけではなく、平昌五輪後の2018年世界オールラウンドスピードスケート選手権では、男女を通じて日本人初優勝。さらに2019年には、世界オールラウンド選手権と世界スプリント選手権総合でともに2位になり、2007年のシンディー・クラッセン(カナダ)以来の同一シーズンのダブル表彰台を果たし、2020年には専門種目ではない500mも2回行なわれる世界スプリントで優勝と、強さを確実なものにしてきた。

 そして昨季は新型コロナウイルス蔓延の影響から国際大会にはまったく出場できなかったが、オランダで開催された世界距離別選手権と同時期の2月11日から国内で行なわれた長野選抜では、1000mと1500m、3000mで国内最高記録をマーク。そのうち1000mと1500mは、世界距離別の優勝タイムを大きく上回って手ごたえを得ていた。

 彼女にとって北京大会は3度目の五輪となる。中学3年で出た2010年バンクーバー五輪は、初めてのシニア世界大会で、刺激を受けるだけだった。2014年ソチ五輪は落選で、五輪に対する思いの強さや大きさを改めて考えるようになった。2018年平昌五輪はナショナルチームが組織され、オランダ人のヨハン・デビットがヘッドコーチに就任した新たな環境で迎えた。「ヨハンが来てからはタイムや順位がどんどんよくなったので、どこまでいけるかという感じで、ずっと走り続けていた感じがある五輪だった」と振り返る。

 だが次の北京五輪は、「これまでの3シーズンでいろいろなものを積み上げてきて、自分のスケートも少しずつでき上がってきた」という感覚を持って臨む大会。気負いというよりは、「それを全部ぶつけてみたい」と思うだけだ。

 髙木の出場種目は、1000mと1500m、3000m、チームパシュートの4種目になるだろう。その中でも1000mと1500mは、この3シーズンで興味を持ち、手ごたえを感じている種目だ。以前からこの2種目には、「自分がもっとも全力を出し切ることができるペース配分がある」と、それを追求する楽しさを話していた。

「最初からほぼ全力だけど、それでも全力を出しきらないバランスがあるというか。そういう自分の極限ラインで滑るというのは、多分誰にもわらないかなという気もするけど、その極限を出してみたいという感じです」

 それが少しずつ自分の体や頭の中に身についてきたからこそ出せた、この大会の2回目の1分11秒台であり、1分49秒台なのだ。1000mの1分11秒台はこれまで4人が出しているが、2回目は髙木のみ。また1500mの1分49秒台も、2番手が1分50秒32で彼女しか知らない世界なのだ。

 今回の好記録も、「試してみた課題を乗り越えられたのは、自分の糧になると思いますが、レース内容や結果は別物で、五輪は別物だと思うので。そこは違うものととらえて、次のレースへ向けてスタートを切り直したい」と冷静にとらえる。

 平昌後は数々の実績を積み上げ、女子スピードスケートの新たな歴史も作ってきたなかで、次は何を目標にするのかという質問に、「世界記録も出した瞬間はうれしかったですが、ずっと更新し続けていくものだから、その余韻に浸っているということもない。ただ、いろんなことを成し遂げるということには興味はありますね。今の自分がすごく難しいと思うこととか、『これができたらカッコいいな』と思えることをやり続けたいです」と答えた。

 そんな髙木が今、一番やりたいことは......。

「北京五輪で何か......。自分が今まで積み上げてきたことを、あの場で最大限発揮できたらどうなるんだろうか、ということに興味はあります」

 笑顔でこう話す髙木にとって北京五輪は、尽きることのない、スケートへの探究心の途中にある大会なのだと思う。だからこそ、平静な気持ちで迎えることができるのだろう。