一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第4回は陸上・福士加代子 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスター…

一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第4回は陸上・福士加代子

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第4回は陸上の福士加代子(ワコール)が登場する。5月の日本選手権(静岡・エコパスタジアム)では、最下位でも最後は5000人の視線を独占。16年リオ大会まで4大会連続で五輪に出場した39歳に“魔力”を感じた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 千両役者には勝手に視線が集まってしまう。そんな魔力を感じた。

 5月3日の日本選手権女子1万メートル。注目は東京五輪の代表入りを目指した廣中璃梨佳(日本郵政グループ)と安藤友香(ワコール)だった。先頭の入れ替わり、終盤のスパート、五輪出場が内定したフィニッシュの瞬間に大きな拍手が鳴った。

 だが、最後尾の39歳に注がれた拍手も同じくらいの音量だった。福士は900メートルで集団から離され、5000メートル付近で周回遅れに。それでも、途中棄権する選手を横目に足を回し続ける。400メートルのトラックを25周。上限5000人の観衆は、大ベテランがメインスタンドの前を通過するたびに手を叩いた。

 運動会で最後を走る選手に送られるそれとは全く違う。この種目は6連覇を含む過去7度も優勝した。五輪は04年アテネから4大会連続で出場してきたレジェンド。励ましや労いだけでなく、リスペクトが込められた温かさを感じさせた。最終盤には2周遅れ。完走した19選手中最下位だったが、最後のメインストレートは視線を牛耳った。

「レースでは全然勝負になりませんでしたけど、見守られて完走できてよかったかなと思います。感動しちゃいましたね、はい。嬉しくなって感動しました。大きい大会でこんなに“ドベドベ”になるのも今までなかったし、最後に拍手をもらうのもなかなかない」

 誰もいないトラックを駆け抜け、涙を浮かべながらフィニッシュ。スタンドに手を振り、何度も頭を下げた。02年の自己ベスト30分51秒81から3分以上も遅い34分00秒53だったが、万感の思いを漂わせた表情。記者の中には「もしかしたら」とラストレースを予感し、慌て始める者もいた。

 東京五輪はマラソンで目指していたが、19年9月マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)7位、20年名古屋ウィメンズは途中棄権で出場権獲得はならず。トラック種目に照準を定めたものの、この日に1万メートル3枠が確定し、可能性の残る5000メートルでも参加標準記録突破は絶望的な状況だった。

 否が応でも浮かぶ引き際。でも、レース後のリモート会見はあっけらかんと喋るいつもの“福士節”だ。今後について聞かれた時、抜群の笑顔で煙に巻いた。

「わかんない(笑)。一応、トラックで一礼してきたんでね。どっちでもいいようには対応してきたんで。うふふふふふふふっ。どっちでもいいように。終わり良くしようとちゃんと一礼はしてきたので、まだわかりません」

何が福士の足を動かすのか「一丁前にそこだけは変わらない」

 39歳。酷使してきた体が簡単に言うことを聞いてくれるはずがない。「今回はなんにも練習してません。一か八かでやっていました」。一時は「痛みがあるし、精神的にダメだったのもあるし、とにかく何もできない」という状態まで落ちた。

「なんかね、走りがへたくそになったの。わかります? 前の自分はよかったのにっていう葛藤があって。そこで自分と闘って、精神的に自分で自分を追い込んだ」

 明るさの奥に、どうにも抗えない様子を垣間見せた。

 笑顔を絶やさずにいた中、唯一眉間にしわを寄せた質問があった。「これからの目標、モチベーションは?」。低い声で返す。「なんか勝負には負けたんですけど、自分にはもう勝ったかなっていう感じがある。まあどっちでもいいかな。やりたくなったらやるかなぁ」。マラソン、トラックと複数種目で世界と戦い「やり残したことはない」とまで言った。

 直後、マイクに乗るかどうかギリギリの距離で、隣に立つスタッフに漏らした。「私、レースなめてんな。日本選手権なんだけどな、あははははははっ。やっべーな」。日本一を決める舞台は「やりたくなったらやる」くらいの覚悟では立てないと承知しているのだろう。

 じゃあ、何が福士の足を動かすのか。体と心に鞭を打ち、1万メートルを走り切った裏にはランナーの本能があった。

「1等賞を獲りたい、勝負しようという気持ちには変わりはなかったですね。練習していないくせに一丁前にそこだけは変わらない。だから、ずっと怖いと思っていて。勝ちたいと思っていないと、怖いって思わないじゃないですか。だから、ずーっと勝ちてぇんだなって思って。一丁前にね(笑)。そういう気持ちは常に変わらなかった」

 39歳になっても「勝ちてぇ」という本能を全身で表現して走った。速い、強い、面白い。素直に弱さもさらけ出す。そして諦めない。見る者はそんなランナー人生を知っている。人を惹きつける魔力の正体だ。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)