W杯10シーズンで勝利数60回と表彰台109回の、男女を通じて歴代最多記録を樹立している高梨沙羅(クラレ)。五輪に関しては、初出場の2014年ソチ大会で4位、2018年平昌大会では3位と、目標としていた「金メダル」に手は届いていない。今シ…

 W杯10シーズンで勝利数60回と表彰台109回の、男女を通じて歴代最多記録を樹立している高梨沙羅(クラレ)。五輪に関しては、初出場の2014年ソチ大会で4位、2018年平昌大会では3位と、目標としていた「金メダル」に手は届いていない。今シーズンは、2月の北京大会で3度目の正直となる夢の実現へ向けて新シーズンのスタートを切った。



10月、札幌で今シーズンについて語ってくれた高梨沙羅選手

 昨季、5回目の挑戦だった世界選手権で僅差ながら金メダルを逃した高梨は、五輪や世界選手権のビッグゲームで優勝する難しさをこう吐露していた。

「自分の中では五輪で結果を出すことは、今まで女子ジャンプを切り拓いてきてくれた先輩たちや、支えてくれた人たちへの恩返しにもなると思うので、そういう大きい大会で優勝してメダル級の恩返しをしたいと常々思っています。

 五輪だと4年間苦しい思いをして、いろんなことを削って捧げてきたものが、10秒程度が2本の20秒で決まってしまう。そう考えるとすごい競技ですよね。求められているのは結果なので、それに合わせる能力を鍛えなければいけないけど、『じゃあどうしたらいいんだ?』となると難しくて......。アベレージを上げていくしかないと思いますが、『上げきって挑んでもダメな時もあったよな』と考えると、もっと違う何かが必要なんだと思います」

 それでも確かな手ごたえを得てシーズンを終えた。その背景には、2018年平昌五輪で3位に終わったあと、自分のジャンプをゼロから見直そうと、滑り出しから改良に取り組んだことがある。

 平昌五輪後のW杯2シーズンは1勝ずつで総合も4位と伸び悩んだが、昨シーズンの中盤からは滑り出しから踏切までがひとつにつながり、ジャンプ台にパワーが伝わる飛び出しができるようになった。

 世界選手権のノーマルヒルは着地が若干乱れてその差で敗れたが、北京五輪に向けての最後の課題が明確になった。

「テイクオフまでは目指していたものが形になり始めましたが、空中はまだ手つかずです。いい風の条件なら何も考えずに着地までいけますが、追い風などが吹く難しい条件に対応するスキルがまだできていません。これからは空中を意識したトレーニングにシフトできるようにしたいです」

 その課題克服を最大の目的として臨んだ、今年7月からのサマーグランプリでは、7戦中4戦に出場。1位1回、2位2回、3位1回で総合2位という結果を残した。そのうち3試合では飛型点で18点(20点満点)を出すジャッジもいる成果を見せた。

「試合の中でもとてもいい感覚で自分のものにすることができたかなと思います。空中の部分でも安定して飛べているので、着地でもスムーズにテレマークを入れられていました。だけど、冬になると助走路のレールの感覚も変わってくるので、もう一度助走のアプローチからの滑りも意識しながら、テレマーク姿勢の部分を重点的にやっていこうかなと思います。特に得点を争うという面では、飛距離がもっと伸びてもテレマークを入れられるようにしなければいけない。その練習もやっていかなければと思っています」

 10年以上も世界のトップで戦い続けてきた高梨が、ジャンプをしていて一番楽しいと思う時。それはいろいろ試している中で、うまく自分のジャンプにハマったと感じる瞬間だという。

「それを最近感じたのは、10月22日に札幌で開催された全日本選手権の最初のノーマルヒルの試合中でした。飛び出した後の空中で『ああ、こうすればいいんだ』というのが見つかったんです。それが2日後のラージヒルの勝利や、1週間後のUHB杯のヒルサイズ近くまで飛べたジャンプを2本そろえた優勝につながりました。今まで、この時期の札幌3連戦では、どんなに調子がよくても3冠はできなかったんです。今回安定して3勝という結果を残せたのは、試合中でもいろいろ試していることが、うまくハマってラージヒルにつなげられたというのが大きいですね」

 自分のジャンプを見直し始めた時は、迷いを抱えてのシーズンインだったが、今シーズンは、迷いが見当たらない。

「追いつめられている感じもないし、自分のやりたいことはできています。課題に向けて調整もしているけど、そんなに苦しい中でというわけではないです」と話す高梨は、「そんなシーズンインは久しぶりというより、初めてだと思います」と明るく答え、こう続ける。

「今は迷いもなくて、自分のやるべきことに目を向けられている感じがします。五輪シーズンをこういう気持ちで迎えられることにホッとしているというより、楽しみな気持ちのほうが大きいです。今は自分のやりたいことがすごく明確なので、そこに向かってやらされているとか、やらなきゃいけないというのではなく、自分が自発的にやりたい、挑戦したいという気持ちができているからこその雰囲気だと思います」

 この北京五輪シーズン、前回女王のマーレン・ルンビ(ノルウェー)が休養を明言しているが、昨季からは若手が何人も力を伸ばしてきていて優勝争いもし烈になっている。さらにサマーグランプリでは若手に加え、高梨より1歳年上のウルサ・ボガタイ(スロベニア)が7戦4勝、2位2回と一気に頭角を現してきた。

「ジャンプというのは毎年のようにスター選手が出てくるからこそ楽しいし、そこに食い込んでいまだにトップで戦えるということが楽しいというか、すごく幸せな気持ちで戦えています」

 そして10年間安定して、トップで戦えている要因も「常に違うことをやっているというか、進化し続けたいという気持ちがあるから、それが結果的に安定につながっているのかもしれない」と分析する。

「あれもこれも試してみたいという気持ちが今はすごく大きいですね。札幌の3連戦もうまくいったけど、男子選手と一緒の試合だったので、それを観てインスピレーションが湧いてきたり、いろんな刺激をもらえたので、それも冬に向けて試してみたいです。五輪は出場をする全員が金メダルと獲りたいと思っている大会だと思いますが、私も負けずに金メダルを獲りたいと思っています。でもそれ以上に、この4年間で成長した姿を見てもらえるパフォーマンスをすることが自分にとっては一番重要だと思う。それができれば金メダルにもつながると考えています」

 北京五輪後について今はどう考えているのか聞いてみたところ、「もし北京で金メダルと獲ったとしても、そこで満足はしないと思う」と高梨は言う。五輪の翌年には世界選手権が控えているが、練習などでもよく使い、思い入れもあるスロベニアのプラニッツァで開催されるということも楽しみだと語ってくれた。

「今はジャンプ以外のことは何も考えてないです。私はジャンプをやめたら1回人生が終わるような気がしているので......。そこからまた生まれ変わるんですかね。でも今は、そのくらいの気持ちでやっています」

 今までにない感情を抱いてシーズンインした高梨のW杯開幕2試合は、予選は2位と3位ながら本戦は条件にも影響されて6位と5位。ただ、試合の終盤は悪条件で下に落とされる形になった第2戦の2本目は、飛び出しから空中にスムーズに移行して進んでいくミスのないジャンプだった。ここから徐々に調子を上げていくはずだ。