コロナ禍によって、およそ1年半に及んだ長いシーズンを終えて賞金女王の座についたのは、稲見萌寧だった。 2020年に1勝を飾り、2021年には国内メジャーの日本女子プロ選手権を含む8勝を挙げたうえ、東京五輪では銀メダルを獲得した。渋野日向子…

 コロナ禍によって、およそ1年半に及んだ長いシーズンを終えて賞金女王の座についたのは、稲見萌寧だった。

 2020年に1勝を飾り、2021年には国内メジャーの日本女子プロ選手権を含む8勝を挙げたうえ、東京五輪では銀メダルを獲得した。渋野日向子ら黄金世代と、古江彩佳らミレニアム世代の狭間にあたる22歳は、2019年のプロ初優勝を含めて通算勝利数が「10」に達した。

「(新型コロナウイルスの感染拡大によって、昨年は開幕が遅れたことで)開幕戦から出場するのは、今年が初めてだった。賞金女王はもちろんうれしいんですけど、やりきった感というか、やっと終わったなというのが一番。疲労感がいっぱいです(笑)」



2020-2021シーズンの賞金女王に輝いた稲見萌寧

 不言実行――。それが、プロゴルファーとしての矜恃だ。

 東京五輪の出場をずっと願って目指していたものの、メディアの前では素知らぬ顔を貫いていた。賞金女王も、あえて公言する必要のない目標だった。

「私は賞金女王というよりも、(ツアー通算30勝以上の選手に与えられる)永久シードを獲りたいという考えだった。だけど今年、これだけ勝てたり、上位に入る回数が多かったりしたので、今年に入って初めて(賞金女王を)意識しました」

 だが、シーズン9勝を挙げても、賞金女王の行方は最終戦のJLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップまでもつれた。賞金ランク2位の古江に約1700万円差をつけてトップに立っていたが、稲見が単独3位以下で古江が優勝した場合、あるいは稲見が14位以下で古江が単独2位ならば、古江が逆転で女王となる。リコーカップは賞金女王の行方を争う両者の"マッチレース"の様相も呈していた。

 ふたりが同組で回った初日は、大会レコードタイの8アンダー、単独首位でスタートした古江に対し、稲見は2オーバーの25位タイと出遅れた。稲見は10月に発症した腰痛(ヘルニア)の影響なのか、ショットが安定せず、本調子からはほど遠かった。

 賞金女王を争う緊張感はなかった。ひたすら自分のゴルフと、腰の状態と向き合いながらラウンドしていた。

「ぶっちゃけて言うと、(10月の)NOBUTA GROUP マスターズGCレディースで(腰痛により最終日の)棄権を決めた時は、賞金女王は仕方ないと、諦めた。その時は原因がわからなかったし、歩けないぐらい痛かったですから」

 翌週の樋口久子 三菱電機レディスも欠場せざるを得なかったが、復帰したTOTOジャパンクラシックで2位という好成績を収め、さらに続く伊藤園レディスで優勝した。

「TOTOの時はゴルフの調子はよかったんですけど、最終日が近づくにつれ、『その日、ラウンドできるかな』という不安のほうが大きかった。スイングとか、ゴルフに悩む時間がなかったことが幸いしたのかな。伊藤園レディスは腰の状態も少しずつよくなって、うまく噛み合ったことで勝てたのかなと思います」

 リコーカップでは初日こそ出遅れたものの、稲見は3日目を終えて通算1アンダー、15位タイにまで盛り返した。

 一方の古江は、2日目、3日目とスコアを伸ばすことができず、首位の三ヶ島かなに3打差の通算6アンダー、単独2位で最終日を迎えた。稲見としては、古江のスコアをリーダーズボードで気にしながら回る最終日となった。

「途中までは意識していなかったんですけど、一昨日に単独14位以下だと、(古江が)単独2位でもひっくり返ることを知って、今日の後半はずっと(それぞれの順位を)気にしていました。本当にしんどい一日でした。

 出入りが激しく、ショットが酷かった。パターももったいないのがたくさんあって......。でも、後半はなんとか耐えることができた。

 自分のミスに対して(キャディーを務める)コーチに相談して、どうしてこうなったのか、どうするのが正解だったのか、と話し合った。落ち込んだりすると、その後のプレーに支障が出る。(最後は)必死に堪えて、切り替えられたことがよかったのかなと思います」

 結局、最終日を4バーディー、3ボギー、1ダブルボギーの「73」で回って9位タイでフィニッシュ。3位タイで終わった古江に約845万円差をつけ、稲見が2020-2021シーズンの顔となった。

「(古江は)アマチュア時代から一緒に戦ったり、同じチームになったりしてきた。本当に仲のいい選手ですし、どうしてこんなに安定してうまいんだろうと、尊敬できる部分がたくさんある。これからも競って戦っていけるように私も頑張っていきたい」

 最終戦でキャディーを務めたのは、2018年末から師事する奥嶋誠昭コーチだった。賞金女王が決定し、稲見を祝福した奥嶋コーチは、1年半に及んだ快進撃の要因をこう語った。

「パターが入るようになったのが一番でしょうね。ショットの精度、調子は2019年のほうがよかった。2019年シーズンが終わってから、本人は『距離を伸ばし、パーオン率を伸ばしたい』と言っていた。だけど、それは失敗しました。この2年間、ショットに関しては苦しんでいたと思います。

 腰痛によって、練習量は3分の1ぐらいになった。これまでは練習量をこなすことで自信にしていた。その練習ができなくなって心配していましたが、伊藤園で勝てましたからね。練習の量よりも中身が大事だと気づけたのも大きかったのではないでしょうか」

 苦しみ抜いた賞金女王レースを勝ち抜き、その座についた稲見に去来したのは、かねてより自身のなかで大切にし、大きな目標としている永久シードだ。

「私のゴルフは完璧ではない。すべて完璧を目指して、もっともっと最強のゴルファーになれるようにすべてを極めていきたい」

 飛躍のシーズンを終えた稲見の表情は、充足感や安堵感よりも、来季以降の自身へ向けた期待がみなぎっていた。