メキシコから9時間、ブラジルから13時間半。長いフライトを乗り継いでF1サーカスは3連戦の最後を飾るカタールGPへとやって来た。F1史上最大距離を旅する3週連続開催の幕切れだ。 ブラジルからは地球の裏側にあたり、時差は6時間。なかには一度…

 メキシコから9時間、ブラジルから13時間半。長いフライトを乗り継いでF1サーカスは3連戦の最後を飾るカタールGPへとやって来た。F1史上最大距離を旅する3週連続開催の幕切れだ。

 ブラジルからは地球の裏側にあたり、時差は6時間。なかには一度ヨーロッパの自宅に戻って中2日間を過ごしてきたドライバーもいるが、ほとんどの関係者はこの時差と飛行時間を経てドーハに辿り着いた。

 初開催のロサイル・サーキットはMotoGPの開催で知られてきたが、4輪のレースはほとんど行なわれていない。現役F1ドライバーのなかで走行経験があるのは、セルジオ・ペレス(2009年/GP2アジア)とニキータ・マゼピン(2014年/MRFチャレンジ)のふたりだけ。



持ち前の速さを結果に結びつけたい角田裕毅

「サーキットのことは全然覚えていないんだ。1回しかレースをしたことがないからね(苦笑)。だからシミュレーターで走った時も、初めてのサーキットを走っている感覚だったよ(笑)」

 ペレスはそう語るが、マゼピンが走ったのはフォーミュラ・ルノーというF3よりも下の車両をベースにしたシリーズで、経験値という意味ではペレスのほうが現実的かもしれない。しかし、ほとんどのドライバーがシミュレーターで入念に準備をして望んでおり、経験値に優劣はほとんどなさそうだ。

 見た目以上に中高速コーナーが多く、流れるようにステアリングを切り続けるサーキットだ。コーナーの速度域は昨年開催されたムジェロ(第9戦トスカーナGP)に近いと言われている。

「高速でスライドしてタイヤにはかなりの入力が加わるから、タイヤには厳しいだろうね。特にレースではひとつひとつのコーナーをきちんと走ることが重要になる。まだまだサーキットについて学ばなければならないことはたくさんあるよ。走っていて楽しいサーキットだけど、オーバーテイクはかなり難しそうだから、予選がとても重要になるだろうね」(ペレス)

 ホンダにとっても、F1での走行は初。ただ、MotoGPに参戦するHRCのメンバーとは日常的にやりとりをしており、サーキットの情報も共有しているという。基本的なシミュレーションはレッドブルが保有するサーキットデータをもとに、チームと共同で進めてきている。

 メインストレートは1068メートルと、非常に長い部類に入る。だが、それ以外はコーナーが散りばめられており、ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはロサイル・サーキットで注意すべきポイントを次のように説明する。

「極端にストレートが長いわけではありませんし、加速・減速がそれなりに散りばめられているので、パワーユニット的には特に課題になるところはないかなと思います。初開催というだけでなく、(日没後の現地時間17時スタートとなる)トワイライトレースということで、外気温の状況なども初日からフリー走行のなかで確認しながらパワーユニットの使い方、車体側ではタイヤの使い方をセットアップしていくことになると思います」

 コーナーが連続するセクションでは、レッドブルがメルセデスAMGに対して優位に立ちそうだ。しかし、ブラジルで見せつけられたストレートでのパフォーマンスはどうか?

 結局のところは、レース週末のなかでその時の気温・路面温度・路面状況などにいかに最適なセットアップを煮詰め上げられるかが勝敗を分ける。

 ブラジル(第19戦)ではメルセデスAMGに圧倒されたが、メキシコ(第18戦)ではレッドブルの圧勝だった。オースティン(第17戦)では五分五分、トルコ(第16戦)ではセットアップが決まらずレッドブル惨敗、ロシア(第15戦)では拮抗、モンツァ(第14戦)ではメルセデスAMG優勢、オランダ(第13戦)ではレッドブルの圧勝と、シーズン後半戦もレースによって勢力図は大きく入れ替わっている。

「難しい質問だね。ブラジルでは僕らのほうが優位だと思っていたら、彼らのほうが圧倒的に速かったしね。今週は僕らのほうが速いことを願っているし、高速コーナーが連続するセクションは僕らに合っていると思うけどね」(ペレス)

 ブラジルではストレートが圧倒的に速かったという印象のメルセデスAMGだが、それはあくまでルイス・ハミルトンがDRS(※)とトウを使っている時の差だ。ハミルトンはブラジルで今季5基目のICEを投入し、その新品ゆえの効果も多少はあったと見られている。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 メルセデスAMGのICEは新品から3〜5戦ほどでの性能低下が大きく、15kw(約20馬力)ほどの低下が見られるという。だから全メルセデスAMG製パワーユニットユーザーが同じ燃焼モード(スロットル全開時)で走っていても、ハミルトンだけは15kWのアドバンテージを持っていたことになる。ただし15kWで得られる最高速の差は微々たるものにすぎない。

 では、ホンダも新品ICEを投入して、残り3戦だけを走り切るようなアグレッシブなモードで対抗するべきではないのか?

 レッドブル内部にもそんな意見があるようだが、もともと性能劣化の少ないホンダは新品を投入しても、そのゲインはほとんどない。そしてアグレッシブなモードで走ろうにも、本来想定している以上のパワーを絞り出せば当然、骨格には想定以上の負荷がかかって壊れる。そのリスクは非常に高く、論理的に言ってあり得ない方法だと田辺テクニカルディレクターは説明する。

「(メルセデスAMGは)新品当初の出力が出て、それと同じマップで走らせると5戦目のパワーユニットは15kW低いというのがあるかも知れません。しかし我々のパワーユニットでは走行距離が数1000km進んでその差がつくかというと、つきません。ですから、現在の我々のパワーユニットの出力劣化の度合いを考えると、今のTD(予選・決勝を通して全ユーザーが同じモードを使用)に縛られているなかでは、それはまったく得策ではないということになります」

 加えてフェルスタッペンには47周目のバトルでハミルトンを押し出した際、スチュワードは「審議の必要なし」と判断したものの、その判断を下した時には入手できなかったフェルスタッペンの車載映像が決勝後にもたらされた。これを新証拠として、あらためて審議の必要性を問う動きがメルセデスAMGから出た。

 この新証拠を検証すると同時に当事者に事情聴取を行ない、スチュワードが「審議の必要あり」と判断するかもしれない。そうなれば、サンパウロGP決勝中には行なわれなかった様々な映像やデータを分析した審議が行なわれ、ペナルティの裁定が下される可能性もある。

 しかしフェルスタッペンは、そのことに気を取られることなく目の前のレースに集中したいと語った。

「僕はコクピットでドライブしていたんだから、何が起きたかは知っているし、映像を見る必要なんてないよ(笑)。正直言って、僕はあまりそのことについて考えてはいない。ドライバーにできることはないし、コース上でのことに集中するだけだ」

 必死にブレーキングを遅らせてハミルトンのインに飛び込んだものの、タイヤの性能低下で曲がりきれずコース外まで膨らんでしまったと、フェルスタッペンは弁明している。

「僕らはハードにバトルをして、2台ともものすごくブレーキングを遅らせ、コーナーを曲がりきれなかった。僕はコントロールラインの時点でタイヤがすごくタレていたから、もっと左にターンインしようとしたらスピンオフしていただろう。ドライバーだから(スピンしないようステアリングを左に切らず)マシンをコントロールしようとするのは当然のことだよ」

 しかし、意図的であろうとなかろうと、本来曲がりきれるはずのないブレーキングでアウト側からターンインし始めていたハミルトンを押し出したことは、ペナルティの対象となり得る。曲がりきれるブレーキングをしていればインに飛び込むこと自体ができず、ハミルトンが譲らなければ接触するような強引なドライビングで無理矢理ポジションを奪ったとも言えるからだ。

 ブラジルでランス・ストロール(アストンマーティン)と接触し、ペナルティを科された角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)にも同じことが言える。

「車載映像を何度も見ましたが、僕はまったくロックアップはしていませんでしたし、大きくイン側の縁石に乗って可能なかぎり避けていて、あれ以上はスペースがありませんでした。アストンマーティン(ストロール)が普通のラインで走るようにドアを閉めてきて接触したんです。なので今も、まだあのインシデントは自分のミスだとはまったく思っていません」

 あらためて映像を見返しても、角田はこの裁定には納得がいかないと語った。だが、ターンインを開始しているドライバーに並びかけてもいない後方車両がインにノーズを突っ込んでいけば、相手が譲らなければ当たる。相手にそれ以上ブロックさせないドライビングができなかった時点で、勝負権はなかったのだ。

 しかし、速さはビルドアップできつつある。このカタールGPではそれをしっかりと結果に結びつけたい。

「先週は初めて走るサーキットでFP1だけで予選に臨まなければならなかったので、経験豊富なドライバーたちと比べると不利は大きかったと思います。でも今回は、みんなが初めてなうえに予選までに3回のフリー走行があるので、状況としてはかなりいいと思います。

 僕にとっては、この3連戦のなかではカタールが最も楽なレースになると思います。サーキットのレイアウト的にも、メキシコやブラジルより普通で習熟しやすいと思います」

 現在、アルファタウリはアルピーヌとランキング5位を争っており、両者は同点。ガスリーの92点に対して20点しか獲得できていない角田は、フェルナンド・アロンソに「クルマでは圧倒的に負けているが、あちらは1台体制」と言われても仕方がない状況だ。

 それだけにこのカタールでは、1点でも多く獲ることが角田に課せられた使命だ。

「ポイント獲得です。それがメインの目標ですが、アルピーヌの2台の前でフィニッシュすることも、もうひとつの目標です」

 2021年シーズンは残り3戦。ホンダも角田も究極の目標に向かって一切のミスは許されず、すべてを出し切る戦いをしなければならない。