ダンサー世界一の称号を持つFISHBOYFISHBOY インタビュー② POPPINGダンサーとして世界一に輝いた実績を持つFISHBOY。プロダンスリーグ「第一生命 D.LEAGUE」に参戦するCyberAgent Legit(サイバーエ…



ダンサー世界一の称号を持つFISHBOY

FISHBOY インタビュー②

 POPPINGダンサーとして世界一に輝いた実績を持つFISHBOY。プロダンスリーグ「第一生命 D.LEAGUE」に参戦するCyberAgent Legit(サイバーエージェントレジット)のディレクターを務めるなど、いまのダンス界をけん引するスター的存在で、オリエンタルラジオ中田敦彦の実弟としても広く知られている。

 そんな彼の野望は「日本人全員を踊らせる」こと。この壮大な野望は、ただダンスが好きだからとか、踊ると楽しいから、というシンプルな理由から生まれたものではない。そこには彼が体験した絶望にも似たむなしい過去があった。

「中学生からダンスを頑張ってきて、2009年で世界一を獲ったんですね。すごいことを成し遂げたんだと意気揚々と大会があったパリから東京に帰ってきたんです。飛行機の中では、空港に着いたら記者会見が行なわれるだろうと思っていて、どう答えようかなと考えていたんです。

 そして羽田空港に着いて歩いていても、誰もいないわけですよ。荷物受取所で荷物を取ってからなんだと思って、荷物を持って外に出たんですね。でもまだ誰もいない。そのままエスカレーターを降りて、京急線に座った瞬間に、『あれ、(世界大会に)行く前と同じだ』と思ったんですね。

 その時にすごくむなしさがこみ上げてきました。頑張って頑張って頑張って、世界大会で優勝して、会場はめちゃくちゃ盛り上がっていたので、何かを成し遂げたんだと思っていました。でも帰ってきたら、何も変わらない生活が待っていた。そう思った瞬間に『俺はいったい何をしてきたんだろう』と一瞬でも思っちゃったんですね」

 プロスポーツ選手並みの練習をこなし、ダンスにすべてを注いできた彼にとって、世界一の称号は夢にまで見た栄誉だった。多くの人から称賛され、どこに行っても羨望のまなざしで見られることを想像していた。しかしメディアはまったくの無関心。まさにどん底に突き落とされた気持ちだった。その状態でFISHBOYは考えた。

「なんで誰もいなかったんだろうと考えた時に、日本人ってあまりダンスに興味がないんだと思ったんです。野球やサッカーが世界一になったら、メディアも空港にくるじゃないですか。でもダンスはみんな興味がないし、メディアも飛びつかない。ただそれだけのことだったんだと思いました」

 世界一になったことが、図らずも、自分がいるダンス界がいかにニッチなジャンルかを思い知らされた。この現状を何とかしたいと思うのは当然ことだ。しかし真の意味でFISHBOYを突き動かしたのは、"若手ダンサーたちの未来を変えたい"という思いだった。

「その当時、僕をしたってついてきてくれる若い生徒たちがいました。僕が経験した思いを彼らに味わってほしくないですし、ずっと何十年も繰り返すのは嫌だなと思ったんです」

 さらにFISHBOYは続ける。

「それで空港に記者が来る世界を思い描いてみた時に、極論、日本人がみんなダンサーだったら興味を持つじゃないですかと。だからそこを目指せば、空港に記者が来る未来に近づくなと思って『日本人全員を踊らせる』ということを掲げて活動をし始めました」

 23歳で世界一になり、この野望を掲げてからは、テレビに出演したり、ブログを書いたりと積極的に活動をしてきた。しかし「23歳の若さなので、僕の言葉には力がなくて、最初の何年かは自分の影響力のなさと信用のなさを痛感した」という。それでも地道に活動を続け、2020年1月にはYouTubeチャンネルも立ち上げた。ここでも決して順風だったわけではない。

「当初は『FISHBOY DANCE NEWS』と銘打って、ダンスのニュースやダンス事情とかを発信していこうと思っていたんですよ。でも新型コロナの影響でイベントがなくなって、ダンス界にニュースがなくなってしまった。コロナ禍でのレッスンの仕方やコロナ禍で使える道具とかを発信するしかなかったんです。

 しかもめちゃめちゃ主観だったんですね。一般の人にとってはそれほど興味がないコンテンツを、『これなら興味があるでしょ』という感覚で流してしまっていたところがありました。

 30代の人たちの気持ちをわかっていたつもりだし、一般の人のダンスの見方もわかっていたつもりなんですけど、自分ってまだまだエゴがあるんだなというのを、YouTubeをやって感じました。いいコンテンツを作れば見てくれるだろうと勘違いしてしまっていたんですね」

 それでもFISHBOYの知名度もあり、登録者数は徐々に増え続け、1万人ちかくになった。しかしその後伸び悩み、内容にも行き詰まりを感じていた。そんな時に受けたコンサルがきっかけで、風向きが変わり、登録者が約2万7000人に激増した。その珠玉のアドバイスをくれたのが、登録者数418万人を誇るトップユーチューバーの兄・中田敦彦だった。

「兄からは、人に寄ってきてもらう手法を教えてもらいました。まず門構えをちゃんとしなさいと言われたんですね。当時は『FISHBOY DANCE NEWS』というロゴを出していて、サムネイルもそこまで凝っていなかったんです。動画タイトルもなんとなくつけていました。要するに、僕のYouTubeチャンネルの入り口が全然整っていなかったんですよ。

 だから、ロゴも顔写真に変えてかっこよくしたし、バナーをちゃんと作り変えて、動画タイトル、サムネイルのすべてをこだわりました。たとえるなら、スーツを着た感じですね。それでこの人は安心できる人で、ちゃんとしたチャンネルだと思ってもらえるようにしました」

 さらにタイトルも『FISHBOY DANCE CHANNEL』に変え、コンテンツにも変化を加えた。

「今、僕のYouTubeチャンネルは『踊ってみた』と『ダンス解説』の二軸でやっているんです。実はダンサーって『踊ってみた』を、本当にやりたがらないんですよ。なぜかというと、『踊ってみた』という軽いネーミングもそうなんですけど、日本語のキャッチーな歌でキャッキャ踊ってるというイメージがあるんです。ダンサーには『私のダンス、そんなに安くないんですけど』というプライドがあって、みんなやらないんですね。

 でも兄はそれを見抜いていて、『なんでダンサーは踊ってみたをやらないの?』と。『普通にみんな見たいから、とことん踊ってみたをやりなよ』って言ってくれたんですね。僕が『踊ってみた』をいきなりやったら、『どうしたの?』という感じになると思うんですけど、そのやり取りを動画に上げたことによって、僕がすごくやりやすくなったんです」

 それからFISHBOYは少しずつ『踊ってみた』の動画をアップするようになり、AKB48の『根も葉もRumor』を踊った動画が21万回再生を超えるなど、これまでにないような反響が出てくるようになった。またダンス解説も好評で、BTSやDA PUMP、AKB48、さらにはパラリンピックの閉会式などをわかりやすく解説することで、違った層のファンにアプローチできている。

 DリーグCyberAgent Legitのディレクター、YouTubeチャンネルでの発信など、多方面で活動しつつ、「日本人全員を踊らせる」野望に向けて着実に前進しているFISHBOY。その活動の幅はこれだけに留まらない。

(インタビュー③に続く)

【Profile】
FISHBOY
1985年12月19日生まれ、山口県出身 。世界をでも活躍しているPOPPINGダンサー。10代から頭角を現し、black D.O.G.S.として各世代で全国的なダンスコンテストで優勝。23歳の時に出場した、世界大会JUSTE DEBOUTで優勝した経歴を持つ。2014年に実兄(オリエンタルラジオ中田敦彦)とともに、6人のダンス&ボーカルグループRADIO FISHを結成。『パーフェクトヒューマン』が大ヒットし、紅白歌合戦への出演を果たした。現在はCyberAgent Legitのディレクターを務める。

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