本田武史が語る2021-22シーズン(女子編)男子編を読む>> グランプリ(GP)大会も佳境に入ってきたフィギュアスケート。世界各国のスケーターは来年2月の北京五輪に向けて、「勝負のプログラム」を携えてしのぎを削る。プロスケーターであり、現…

本田武史が語る2021-22シーズン(女子編)
男子編を読む>>

 グランプリ(GP)大会も佳境に入ってきたフィギュアスケート。世界各国のスケーターは来年2月の北京五輪に向けて、「勝負のプログラム」を携えてしのぎを削る。プロスケーターであり、現役選手のコーチも務めている本田武史氏に、五輪シーズンのプログラムや見どころについて展望してもらった――。
                    



GPシリーズ初戦のスケートアメリカで日本勢最高の4位だった坂本花織。NHK杯での演技に期待がかかる

 昨シーズンはコロナ禍により海外で試合がほとんどできない状態だったので、こうやってGPシリーズが海外の選手も集まって開催できていることは感無量です。出場する選手たちも、試合に出ることによっていろいろな調整ができるはずです。オリンピックの前に、試合を重ねるごとに演技構成などをいじることができるので、よかったのではないでしょうか。

 オリンピックの大舞台での語り継がれるような名勝負や名シーンはもちろん楽しみですが、まずは自国の代表になることが優先で、一番大事なことだと思います。選手も代表になって初めて「こうなってほしい」という思いが出てくるはずです。特に今回、日本の代表選考は激しい戦いになると思います。

 ちなみに五輪シーズンに作ってくるプログラムは、誰が聴いても「あっ、この曲ね」とわかる曲を選ぶ選手が多いのかなという印象があります。選手も審判も曲を聴いた瞬間に感情移入できる。何を表現したいかというのがわかりやすくて、表現しやすいのかなと思います。

 女子シングルは、4年前の平昌五輪シーズンと同じように、ロシア勢が粒ぞろいで、誰が代表になってくるのか、大いに興味があります。オリンピックで表彰台に上がるより、ロシア選手権で勝ち上がるほうが難しいんじゃないかなと思うほどです。

 スケートアメリカで優勝したアレクサンドラ・トゥルソワは、フリー冒頭に4回転ルッツを1本だけ跳びましたが、彼女はすでにひとつのプログラムに4回転を4本から5本跳ぶ能力を持っています。

 また、スケートカナダでシニアデビューして初優勝を飾った15歳のカミラ・ワリエワは、フリーで2種類計3本の4回転ジャンプを跳びましたが、両手を挙げて跳びながら流れるような着氷まで見せ、ひとつのジャンプについてGOE(出来栄え点)加点を3点前後も引き出すなど、女子としては異次元のジャンプ構成を組んでいます。

 ワリエワはフリーで180.89点の世界最高得点を叩き出しましたが、これだけ高得点を出されてしまうと、日本の選手がショートプログラム(SP)で健闘してある程度の得点を出していても、"貯金"には到底なりません。

 平昌五輪では、アリーナ・ザギトワが当時のルールを最大限に生かして、基礎点の1.1倍になるプログラム後半に難易度の高い3回転+3回転の連続ジャンプを跳んで優勝しましたが、北京五輪では女子でも4回転を2種類、3種類と跳ぶ、そういう時代になりました。やはり4回転を跳ぶか跳べないかという技術の面での差が、結果にも出てくるのではないかと思います。

 特にロシア女子の若手は、これまでのオーソドックスな跳び方とは違って、両手や片手を挙げてジャンプを跳ぶスタイルが主流になっています。両手を挙げて4回転を跳ぶなどという、「誰が思いついたんだ」というレベルのことをやり始めています。彼女たちにとっては、小さい頃からそのスタイルで跳んできているので、それが当たり前だと思っているのかもしれません。いずれにせよ身体能力の高さを物語っています。

 一方、トゥルソワやワリエワに対抗できる実力を持っているのが、SP、フリーで計3本のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を完璧に跳びこなせるまでになったエリザベータ・トゥクタミシェワです。24歳になった今も第一線で活躍を続けていますから、ロシア女子の五輪代表争いは難しい戦いになると思います。そこで選ばれた3人はいずれもメダルの最有力候補でしょう。

 五輪本番で表彰台を独占しそうな勢いがあるロシア勢に、紀平梨花や坂本花織、樋口新葉、宮原知子ら日本選手たちがどれだけ食い込んでいけるか。非常に厳しい戦いとなるはずです。

 負傷によりスケートカナダを欠場した紀平梨花選手は、夏に見た時、コンディションが本調子ではないようでした。おそらく昨季後半から4回転やトリプルアクセルの大技ジャンプの練習に積極的に取り組んできた影響があるのかもしれません。ただ、4回転を跳ぶロシアの選手が増えたので、勝つためには跳ばざるを得ないというのも間違いない。ケガのリスクを考えると、難しいところだと思います。

 今季に関して言えば、トップ争いに顔を出していく日本の選手たちは、いまできることをミスなく滑りきるということが絶対条件になってくると思います。

 そんななかで、坂本花織選手は完成度の高い演技で勝負に挑める強みを持っています。トリプルアクセルや4回転ジャンプの練習をしているのも見たことはありますが、今からそれらをプログラムに入れるという選択肢はないと思います。坂本選手に限らず、それをプログラムに入れた時に他のジャンプにどう影響するかという問題がありますし、精神的な面で不安のない状態に持っていかなければいけないという課題もあります。

 坂本選手の武器はスケーティングスピードで、あの迫力のあるジャンプというのは誰も真似できない彼女の個性であり、ジャッジからも高く評価されるところだとは思うので、そこを最大限に生かすことが大事です、SPからミスを出さずに高いGOE加点を稼ぎ、確実に点数をとることが必要になると思います。その部分を改善していくことによって、もっと点数を上げていくことは可能だと思います。

 4年前に平昌五輪代表入りをあと一歩のところで逃した樋口新葉選手は今季、SP、フリーともにすごく印象的なプログラムになっています。フリー『ライオンキング』は迫力も勢いもあって、ジャンプが決まるごとに曲に乗って感情が高まってくるようなプログラムになっていて、これは今季の強みになると思います。

 また、ついにフリーにトリプルアクセルを組み込むことができるようになったことは、代表選考レースにおいては大いにプラスになるはずです。彼女のトリプルアクセルは高さがあって力強い。シーズン後半に向けて、SPから入れてくるのか、フリーだけにするのかという戦略も、これからの勝負のところで変わってくると思いますね。

 また、若手の筆頭でシニアデビューを飾った松生理乃選手は、ジャンプがすごく安定しています。伊藤みどりさんや浅田真央さんらを育てた山田満知子先生の指導を受けていますから、トリプルアクセルの伝統を受け継いできているところもあるのでしょう。安定感のある松生選手を、他の選手たちは脅威に感じるかもしれません。

 大技を跳ぶロシア女子の勢いは防ぎようがないですが、そんななかでも、選手それぞれの個性をしっかり出すことによって、見ている人に「このプログラムはすごかった」と感動してもらうことが、どの選手にとっても必要なことではないかと思います。
(男子編につづく)