本田武史が語る2021-22シーズン(男子編)女子編を読む>> 男子では4回転を複数回入れるプログラムを跳ぶ選手がさらに増えてきました。ここまでのグランプリ(GP)シリーズでも、ネイサン・チェン選手が5種類の4回転をプログラムに入れてきまし…

本田武史が語る2021-22シーズン(男子編)
女子編を読む>>

 男子では4回転を複数回入れるプログラムを跳ぶ選手がさらに増えてきました。ここまでのグランプリ(GP)シリーズでも、ネイサン・チェン選手が5種類の4回転をプログラムに入れてきました。スケートアメリカでは失敗はしていましたが、誰もやったことのない5種類の4回転を入れるプログラムをフリーで滑りきったことはすごいことです。宇野昌磨選手も4種類の4回転を計5本入れていました。トーループ2本、フリップ、サルコウ、ループというジャンプ構成でした。このプログラムというのは本当にハイリスクではあるけれど、成功すれば高得点を狙えます。



2位となったスケートアメリカに続き、NHK杯でヴィンセント・ジョウと対戦する宇野昌磨

 アクセルを除く5種類のジャンプのなかで最も点数の高い4回転ルッツまで跳ぶ選手が何人も出てきたし、みんなが普通に4回転を跳ぶ時代になったということでしょう。

 オリンピックは4年に1度なので、その晴れ舞台にピークを合わせることができるかどうかというのはめぐり合わせみたいなものがあります。選手生命のなかで1回あるかどうか。だから羽生結弦選手が3連覇に向けてのシーズンを戦うというのは、本当に稀有なことだと思います。

 平昌五輪で66年ぶりの五輪連覇を達成したことで、その先に4回転半ジャンプ(4回転アクセル)という目標をまず作ることによって、3度目のオリンピック出場までの流れを逆算しているのかなという感じがしました。あらゆるタイトルを獲得して、さらに上を目指すためには何を追求しようかとなった時に、出てきたのが誰も成し遂げることができていない4回転アクセルだったのだと思います。世界で誰も跳んだことがない4回転アクセルを成功させるかどうかというのは、今季一番の関心事であり、世界中が注目していると思います。

 羽生選手はケガのためにNHK杯を欠場しますが、今後、4回転アクセルを入れたプログラムで、他の要素をどういうふうにこなしていくかというのも、試合での課題になってくると思います。

 平昌五輪で銀メダルに輝いた宇野昌磨選手は今季、かなり調子がいいように見えます。楽しみながら挑戦する気持ちを持ち続けているようです。やはり鍵山優真選手、佐藤駿選手がシニアに転向してきたことが、宇野選手にとってすごくプラスになったんじゃないかと思います。若い選手が追いかけてくると、追われる者は恐怖も感じますし、刺激も受けます。勢いある後輩たちが出現したことによって、もう一回、尻に火がついたんじゃないかと思います。

 ショートプログラム(SP)ではまだ2つのプログラムをひとつに絞りきれずにいると聞いていますが、フリーの『ボレロ』は、すごいプログラムになるのではないかと思います。フィギュア界ではかなり有名な曲でありながら、なかなか音の取り方が難しい編曲になっているので、難しいプログラムになっています。そのなかで、今までに跳んでいなかった4回転ループや4回転サルコウを含む4回転5本のジャンプを入れてくるプログラムになっているので、過酷ですけど、できた時はすごく盛り上がる構成になっています。

 鍵山選手は4回転を含めてジャンプの質が高く、スケーティングに関しては海外でも高く評価されている選手なので、そこを生かしていくことが大事になってくると思います。4回転ループをプログラムの冒頭に入れてきたり、練習では4回転ルッツも降りていたりするので、今後試合を重ねるごとに、どの4回転ジャンプをプログラムに組み入れてくるかということが、今シーズンの見どころのひとつになってくると思います。

 フリーは『グラディエーター』。フィギュア界で『グラディエーター』といえば、ソルトレークシティ五輪王者のアレクセイ・ヤグディンが滑った有名なプログラムがありますが、それと比べるとまったく違う色のプログラムになっていると思います。プログラムの全体的な流れと滑りのなかでしっかりとジャンプを決めることが、勝利のカギを握るでしょう。

 鍵山選手と同い年のライバルである佐藤選手は、今シーズンになってから4回転ルッツと4回転フリップの精度がすごく上がってきています。鍵山選手と佐藤選手はジュニア時代から刺激し合っている間柄で、同世代の選手がお互いに競い合っていることも、すごくいい流れだと思います。

 鍵山選手がトータルバランスの優れている選手だとすると、佐藤選手はジャンパーです。ただ、今季のプログラムを演じる姿を見ると、表現や滑りの部分でもすごく成長しているのが見えるので、その部分が評価されてくると、さらに高得点が望めるでしょう。

 これで12月の全日本選手権での表彰台争いには、羽生選手、宇野選手、鍵山選手の三つ巴の戦いに佐藤選手が加わって、すごく面白い戦いをしてくれるのではないかと期待しています。

 そんな日本勢の前に立ちはだかるのは、世界王者のチェンと、そのチェンを抑えてスケートアメリカで優勝したヴィンセント・ジョウのアメリカ勢2人でしょう。

 ジョウは昨季の世界選手権でSP落ちをしてしまい、すごく悔しい思いをしたと思います。しかしそこからしっかりと調整してきて、持っている才能が出てきていると思います。4回転ジャンプは跳んでいましたが、4分の1回転足らない「q」マーク判定がちょっと多かったので、それが今後、どういうふうに影響してくるかというところも見ていかなければいけないと思います。

 チェンについては、スケートアメリカでは4回転ジャンプがパンクしていたのでタイミングが合っていなかったんだなという感じでした。ただ、チェンがシーズン初戦からこれだけの4回転を詰め込んだプログラムを持ってきたのは初めてです。これまでの戦い方は、シーズンが深まるとともに難度や本数をちょっとずつ増やしていくというものでした。これだけたくさんの要素を1戦目から持ってきたというのは、五輪シーズンにかける思いというのもあるでしょうし、これをこなしていく必要があると再確認したのではないでしょうか。

 北京五輪はハイレベルな戦いになりそうですが、ただ、4回転の本数が増えることによって、ミスをするリスクというのもすごく高くなると思います。そのなかで、しっかりとミスなく演技をまとめた選手がオリンピックで王者になるのだと思います。もしかするとチェンは、オリンピックまでに現時点のフリープログラムに5本入っている4回転を1本減らすとか、今後の調子や練習のやり方によって戦略を変えてくる可能性もあるでしょう。

 オリンピックという大会で一番いい演技をして優勝したい。選手はそう思っていると思いますし、安全策を取ったから完璧にできるかという保証はないので、みんな、やはり攻めるプログラムになるのかなとは思います。ジャンプ大会になりそうな雰囲気はありますが、そのなかでプログラムの個性を出していける選手が、結局は強いのではないかと思います。