GPシリーズ・イタリア杯で優勝した鍵山優真 最後のジャンプのトリプルアクセルをしっかり降りると、笑顔を見せた鍵山優真(オリエンタルバイオ/星槎)のフリー。最後の決めポーズでは静止できずにぐらついたが、そのまま納得の表情で拳を握りしめた。 昨…



GPシリーズ・イタリア杯で優勝した鍵山優真

 最後のジャンプのトリプルアクセルをしっかり降りると、笑顔を見せた鍵山優真(オリエンタルバイオ/星槎)のフリー。最後の決めポーズでは静止できずにぐらついたが、そのまま納得の表情で拳を握りしめた。

 昨季はコロナ禍でお預けになった、海外でのグランプリ(GP)シリーズ。その初挑戦だった11月5〜7日のイタリア杯は、ショートプログラム(SP)7位からのみごとな逆転劇で勝利を収めた。

 8月の「げんさんサマーカップ」以来、関東選手権、アジアンオープントロフィーの3試合をこなしてきた鍵山。イタリア杯のSPは本人も驚く結果になった。スピードに乗った滑り出しだったが、最初の4回転サルコウは着氷を乱して大きな減点。次に予定していた4回転トーループ+3回転トーループは、軸がぶれた3回転の単発になってしまった。

「サルコウの失敗から頭がパンクしてしまって、どうしたらいいんだろうと思ってしまい、対処できなかった」

 次のキャメルスピンと終盤のステップはレベル3になり、トリプルアクセルは「練習でも外したことがなかったので、自信があった」としっかり決めたが、80.53点で7位発進。

「練習は十分積んできましたが、6分間練習で4回転サルコウのミスがあったので、またミスをしたらどうしようと考えてしまった。サルコウのミスのあと、4回転トーループは絶対に決めようと思ってミスをしてしまった。技術的なことではなく、気持ちでのミスだったと思います」

 囲み取材でこう話した鍵山だったが、その声には力がなかった。

 世界選手権2位という実績を持って臨む、シニアでの2シーズン目。鍵山はフリーを、4回転ループを入れた4回転3種類4本の構成にし、さらなる進化を目指した。今季についても「挑戦者として臨みたい」との気持ちは持っているが、シニア初シーズンで純粋に挑戦するだけだった昨季とは、心中も"実績"を残していることで違ってくる。ましてや北京五輪シーズンで、周囲も本番でのメダル獲得を期待するなか、当然、自分自身への期待も生まれてくるだろう。宇野昌磨が新たな挑戦を意識してから崩れたように、鍵山にもそんな危惧はあった。

 さらに鍵山が最終滑走者だった今回のSPは、前に滑った選手たちがすばらしい演技をしてきた。第2グループ2番滑走のチャ・ジュンファン(韓国)が4回転サルコウを決めて95.56点を出すと、そのあとのボーヤン・ジン(中国)は4回転ルッツ+3回転トーループと4回転トーループをきれいに決めるノーミスの滑りで97.89点を獲得。ダニエル・グラッスル(イタリア)も4回転ルッツを決めて95.67点と、ハイレベルの戦いになっていた。

「4回転をきれいに飛んでいる選手たちを見てやる気がわき、闘志が盛り上がっていた」という鍵山だが、そんな気持ちが見えないプレッシャーとなり、少し悪い方向へと向いてしまったのだろう。

 自身でも「最近では覚えがない」というSPでの大崩れ。ショックは大きかった。切り替えは想像以上に難しく、落ち込んだ気持ちは一夜明けた朝の公式練習にまで引きずった。だが、練習のあとで、コーチでもある父・正和氏に「立場や成績は関係なく、ただひたすら練習してきたことを頑張るだけだ。やることを思いきってやれ」と言われて心が定まった。

 勝負をかけたフリーで鍵山は、4回転ループを封印してレベルを落とした構成で臨んだ。それでも滑り出しは硬さがあった。彼らしい踊るようなスケーティングは少し影を潜め、ジャンプだけに集中している印象の滑りだった。そのなかで最初の4回転サルコウは少し尻が落ちる着氷になったが、そのあとの3回転ルッツと4回転トーループ+3回転トーループ、トリプルアクセル+1オイラー+3回転サルコウは完璧なジャンプにした。

「昨季からやっている4回転3本の構成なので4本より不安はなかったが、後半に4回転があったのですごく緊張していた」というように、後半最初の4回転トーループはしっかり決めたが少し尻の下がる着氷になった。

 だが続く3回転フリップ+3回転ループとトリプルアクセルは安定したジャンプにすると、そのあとのコレオシークエンスからいつものような軽やかな動きを取り戻し、終盤の2種類のスピンもスピードと迫力のある滑りで締めた。結果は昨季の世界選手権を7点弱上回る197.49点を獲得。合計は278.02点。SP4位から追い上げてきたミハエル・コリヤダ(ロシア)を4.47点抑えて優勝し、12月のGPファイナル進出へ向けて大きく前進した。

「アドレナリンがたくさん出て試合モードだったので途中のことは覚えていませんが、ジャンプが一つひとつ跳べるごとに、『やれるぞ!』という気持ちが湧いてきて、最後のアクセルのあとは『終わった』と思って笑顔が湧いてきました。今日はひたすら頑張ろうとしただけで点数や順位は気にしていなかったけれど、優勝できてうれしい。ただこのプログラムも本来は4回転ループを入れた構成なので、次のフランス大会ではショートをちゃんとやって、フリーでは思いきり滑れるようにしたいです」

 フリー後、明るい笑顔を取り戻した鍵山。このGPシリーズの勝利で、世界のトップを追い求めるために必要な大きなヤマを、ひとつ乗り越えたと言える。