「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。フィギュアスケートの中野友加里さんがスペシャリストの一人を務め、自身のキャリア、フィギュアスケート界などの話題を定期連載で発信する。

 今回は「中野友加里と五輪」後編。2022年北京五輪が控えるフィギュアスケート界は10月からグランプリ(GP)シリーズが始まり、本格的にシーズンに突入した。現役時代、バンクーバー五輪代表選考を兼ねた全日本選手権で「0.17点差」で五輪切符を逃した経験を持つ中野さん。後編では五輪シーズンの戦いのポイントを挙げ、現役選手たちにエールを送った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 ついに、本格的に五輪シーズンに突入したフィギュアスケート界。男女とも3枠ある代表切符を争う上で、ポイントはどこにあるのか。中野さんは自身の経験を振り返り、五輪の戦い方を指摘する。

「1度目のチャンスだったトリノ五輪シーズンはあまりに唐突すぎて、五輪を目指すためにどうシーズンを過ごせばいいか、全くわかりませんでした。2度目のバンクーバー五輪はその経験を経て、これはやらなければいけない、オフシーズンはこう過ごすべきと、4年かけて学び、培っていきました。その一つが、五輪シーズンはアイスショーの出演を少なくすること。

 体をなるべく休めることが凄く大切です。特に、フィギュアスケートは年齢とともに体力は落ち、怪我も増えてくる競技。私自身がそうでした。オフシーズンに入るとトップ選手はアイスショーがいくつも頂くようになります。しかし、与えられた時間を、あまり疲労回復する時間に費やされないように、練習をメインにできるように、オリンピックを目指すシーズンは過ごしていました」

 プログラム作りにおいても特徴が出る。特に、国際大会では開催国とゆかりのある曲を選ぶ選手もいる。中野さんも東京開催の2007年世界選手権で日本を舞台にした映画「SAYURI」の楽曲を使った。

「振付師のマリーナ・ズエワ先生と相談し、自国開催で日本人にしか出せない和の雰囲気を大切にして、和風の音楽を使った方がいいのではないかと選びました。開催曲にゆかりのある音楽を選ぶと、観客の方が喜んでくれて、応援が後押しになり、選手たちも乗りやすく、演技がしやすい。それで五輪シーズンも開催国とゆかりのある曲を選ぶ選手はいると思います。

 ただ、私の場合は目指していたバンクーバー五輪は、私にとって最後のシーズンと決まっていたので『今まで使いたかった曲を最後に使わせて欲しい』とマリーナ先生にお願いしました。それが『オペラ座の怪人』と『火の鳥』というスケーターだったら誰もが使ったことのあるような名曲。先生も『いいよ』と返事をくれたので、作っていただいた経緯があります」

0.17点差で五輪切符を逃して得た教訓「後悔をしても結果は変えられない」

 前編で紹介した通り、代表選考を兼ねた全日本選手権で中野さんは2位とわずか0.17点差で代表切符を逃した。

 シーズン序盤の大会、冒頭のトリプルアクセルで転倒した際に左肩を脱臼。トリプルアクセルを封印し、故障を抱えたまま臨んだグランプリ(GP)シリーズは3、4位にとどまり、目標にしていたGPファイナル進出を逃した。最後のチャンスとなった全日本選手権までは眠れない日々が続き、心も体もギリギリの状態だった。

 ショートプログラム(SP)2位で迎えたフリー。冒頭の3連続ジャンプでバランスを崩し、単発に。自信を持っていたはずのスピンでもレベル4を取りこぼすなど、細かいミスが出て、命運が分かれた。表彰式までは気丈に振る舞っていたが、舞台裏に下がると、泣き崩れた。

 あのシーズンの“敗因”をこう振り返る。

「今になってみると、ピークの持っていき方が今ひとつだったと思います。年齢とともに体力が落ち、それが怪我に繋がったことも、もどかしさが増す要因でした。練習をもっともっとしたかったのですが、練習をすることで怪我も悪化する。なんとか痛み止めを飲んで、だましだましの状態で練習を続けていたので。もし、そういうコンディションの不安がなかったら……という想いはあります」

 フィギュアスケート選手、特に20歳前後でベテランの域に入る女子選手は体型変化により競技成績も左右され、ピークは短いといわれる。だからこそ、そのシーズンにコンディションの波を上向きにすることが、ほかの競技以上に重要になる。

「なので、五輪シーズンは気持ちの強さと勢いが大切。そのシーズン、波に乗っている人が五輪に行くべきと感じました。バンクーバー五輪で銀メダルを獲得した浅田選手は、それ自体はもちろん素晴らしいですが、15歳だったトリノ五輪も代表候補に挙がるくらいの存在。そこから4年間、体型や体調、体力や気持ちの変化も乗り越え、気持ちの強さと向上心を持って日々鍛錬を積んだと思います」

 これだけ五輪出場を願いながら、これだけの僅差で五輪を逃した選手は少ない。だからこそ、中野さんの言葉は重い。

「私が一つ学んだのは、後悔をしても結果は変えられないということ。その後悔をしないためにどうするかといえば、練習を積んでおくしかない。ただ、何が起こるか分からないのが本番の大会。だから、現実を受け入れなければいけません」

 一方で「もし、仮に五輪を逃すことになったとしても、一つのことに集中し、五輪を目指すところまで挑戦できた自分自身を褒めてあげるべきだと思います」とも言い、付け加える。

「それは選手に関わっている周囲の方も同じです。悲しいかもしれませんが、それでも頑張ってきた選手を褒めてあげてほしい。私の時も自分以上に周りの方が悲しかったし、悔しかったはず。でも、私は褒めてもらった言葉に救われました」

五輪を目指している選手に作ってほしい心の支え「友達でも、恋人でもいい」

 GPシリーズがいよいよ開幕。代表選考を兼ねた12月の全日本選手権まで、この2か月ですべてが決まる。

 男子は五輪3連覇を目指す羽生結弦、平昌五輪銀メダルの宇野昌磨、2大会連続代表を狙う田中刑事、若手の鍵山優真、佐藤駿らに期待が集まる。女子は全日本選手権2連覇である紀平梨花、平昌五輪代表の宮原知子、坂本花織に、世界選手権銀メダルの経験を持つ樋口新葉ら実力者もいる。

 最後に。今、まさに五輪シーズンに挑んでいる後輩たちへ、中野さんは「私がこうしておけばよかったと思うこと」を教えてくれた。

「誰か一人でもいいから、何でも話せる人を作っておくことです。逃げ道とまでいかないですが、スケートのことを何でも聞いてくれて、受け止めてくれる人。話すことでストレスが解消される。私の場合は姉がたくさん話を聞いてくれました。そういう存在は身近にいると、きっといい。必ずしも家族じゃなくていい。友達でも、恋人でもいい。誰でもいいから一人、自分のストレスが出せるところを作っていくことが大切です。

 そして、シーズンに入ってからは体を追い込みすぎないこと。シーズンに入るまでの練習量が凄く大事なのですが、スケートの時間とスケートを離れた時間を切り替え、なるべく楽しいことをして、リフレッシュする時間を作ってほしい。私みたいに一人で殻に閉じこもりがちなタイプは後悔の塊になってしまい、それは本当に良くない。たくさんいろんな人に話して、たくさん遊んでストレスを抱えないようにしてほしいと思います」

 12月の全日本選手権は22日から5日間、さいたまスーパーアリーナで開催。明と暗は、必ず分かれる。それでも、演技を終えた瞬間、すべてのスケーターが持てる力を出し切り、晴れやかな表情で立っていることを、中野さんは願っている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)