スピードスケート男子は平昌五輪ではメダルを獲得できず、女子の金メダル3個、銀メダル2個、銅メダル1個の活躍の陰に隠れてしまった。その翌シーズンから500mの活躍を筆頭に、中・長距離も徐々に世界と戦えるまでになってきている。10月22日から…

 スピードスケート男子は平昌五輪ではメダルを獲得できず、女子の金メダル3個、銀メダル2個、銅メダル1個の活躍の陰に隠れてしまった。その翌シーズンから500mの活躍を筆頭に、中・長距離も徐々に世界と戦えるまでになってきている。10月22日から長野市のエムウエーブで開催されたシーズン開幕戦である、全日本距離別選手権でそのことを証明した。



シーズン最初の大会でしっかりと爪痕を残した21歳の森重航

 最初の500mから予想外の結果が生まれた。平昌後の2強は新濱立也(高崎健大)と村上右磨(高堂建設)で、新濱は18−19シーズンに史上2人目の33秒台を出すと、19−20シーズンに世界スプリントで総合優勝、W杯の500mで総合優勝と世界のトップに駆け上がった。

 昨季からは、さらなるレベルアップのために道具を試し、この夏に靴とブレードの選択を終え、その間に崩れた感覚を取り戻している段階。本人も「過去最大に調子がよくなく、パワースケートになっている」という状態だった。それでも最終組前の第13組で、昨年の村上の優勝記録を0秒05上回る34秒67で滑ってトップと強さを見せつけた。

 一方の村上は、W杯ではまだ1勝だが、五輪後の2シーズンの表彰台は10回。国際大会がなかった20−21シーズンは国内で新濱に4勝1敗と国内最高記録も2度更新して、34秒44にしている。ともに2022年の北京五輪の金を意識している中で、新星がそのふたりを破ったのだ。

 最終組で登場した村上は自ら「好調」という状態で国内最高を狙うと宣言していたが、「スタートの構えで少し動いてしまったのでフライングかと思ったところ、そのままレースが続行したので少し焦ってしまった」と振り返る。それでも34秒70でゴールと力を見せたが、同走の森重航(専修大)がラスト100mで村上の前に出ると、大会タイ記録の34秒64で優勝を決めた。

 森重は、今季からナショナルチーム入りした21歳の選手。「ふたりに勝ちたいというより、追いつきたいという気持ちが強かったので、優勝にはびっくりしている」と話すが、偶然の勝利ではなかった。

 出身は北海道別海町で、新濱とは同じスケート少年団で滑っていた時期もあった。新濱もその実力をこう話す。

「先週からすごく調子がいいのは感じていたので、正直、村上より森重のほうが来るのではないかと感じていた。彼は最初の100mは速くないが、そのあとの400mは僕や村上と比べて速いのが強み。彼がミスなく400mを滑れば、自分たちとも対等に戦えると感じている」

 この会場のリンク記録は19年のW杯でビクトル・ムスタコフ(ロシア・19年世界距離別3位)が出した34秒50だが、1週間前のタイムトライアルで森重はそれに迫る34秒5台を出していた。

「氷の条件も(タイムトライアルより)よくなる今回はそれ以上を出したいと思っていた。得意の100m以降のラップタイムで25秒(24秒97)を切れたのはよかったですが、もっとタイムを上げていけると思う。北京五輪は代表争いに入れると思っていなかったので、実感はないですが、これから選考会へ向けて気持ちを高めていきたい」

 こう話す森重は、この後の初挑戦となるシニアW杯でも、今の実力を出せれば世界でも十分戦える状態。500mが2枚看板から3枚看板になりそうな状況は、日本にとって北京五輪へ向けての大きな収穫になった。

 平昌で男子が注目されなかったのを見て、「次の北京では自分が男子に脚光を浴びせたい」と思う新戦力が力を伸ばしてきた短距離に対し、中・長距離は平昌五輪代表組が奮起をして世界に迫ってきている。その中心になっているのが、5000mとチームパシュートで平昌に出場した一戸誠太郎(ANA)だ。

 18年12月のW杯では1500mで2位になり、大黒柱として戦うチームパシュートではW杯2シーズンでの優勝1回、2位3回、3位1回や、20年世界距離別選手権の2位に貢献。さらに個人でも20年世界オールラウンド選手権で、日本男子23年ぶりの表彰台となる総合3位になり、それまで世界に通用しなかった中・長距離をレベルアップさせた。

 チームパシュートは国際大会出場をしなかった昨季、世界選手権と同時期に行なわれた全日本選抜スピードスケート競技会長野大会(長野選抜)で先頭交代をしない新システムに挑み、世界選手権優勝のオランダの記録を1秒以上も上回る3分39秒72を出して金メダルの可能性を高めている。

 一戸は今回の距離別で1500mと5000mは大会新で優勝し、1万mは2位と好調。特に1500mは、昨年の世界選手権3位に相当する1分45秒21だった。それでも「1500mは1分44秒6を目標にしていましたが、ラスト1周ラップが落ちて届かなかったのが悔しかった。1分44秒台を出せば北京でも十分にメダルを目指せると考えているので、年末の代表選考会ではそれを出したいです」と高い目標を持つ。

 その一戸とともに、パシュートで金を狙うウイリアムソン師円(日本電産サンキョー)も、平昌後は身体改造などに取り組んでいたが、今年に入って方針が固まり、2月の長野選抜では1500mで国内最高の1分44秒95を出して、北京の個人メダルも視野に入れている状態。

 まだ滑り込みが足りない状態で挑んだ今回は、1500mは先に滑った山田将矢(日本電産サンキョー)の1分45秒84の大会記録を意識しすぎて力み、6位と同種目のW杯代表は逃したが、5000mは3位になって着実に代表入りとなった。もうひとりの土屋陸(日本電産サンキョー)もまだ滑り込みが足りない状態ながら、1500mと5000m、1万mでも4位になってW杯に駒を進め、日本チームとしては順調な滑り出しになっている。

 また1000mは、平昌後に新濱とともに一気に世界に近づいている優勝候補の山田が、「今季はスピードが出るようになった」と手応を感じながらも、そのスピードが想定以上だったことでバランスを崩して失格になった。それでも1500mで2位と、1000mとともにW杯代表入りは果たしたが、1000mでは20年世界距離別出場の小島良太(エムウエーブ)が優勝したほかに、山田和哉(高崎健大)と野々村太陽(専修大)などの新戦力が2位と3位になって代表入りした。

 北京五輪の出場枠は11月から始まるW杯の成績で決まるが、選手総数の最大枠は9という狭き門。有力選手の顔ぶれが平昌五輪とほぼ変わらないであろう女子に比べれば、男子は新顔が一気に増えそうな状況だ。今回の距離別の若手台頭でその争いが激しさを増してきた。

 平昌の悔しさを払しょくしようとする男子にとって、その勢いは北京五輪のメダル獲得への大きな後押しになるはずだ。