学生三大駅伝の幕開けとなる出雲駅伝。2年ぶり開催となった6区間45.1kmの「スピード駅伝」は意外な展開が待っていた。出雲駅伝で東京国際大6区のヴィンセントがゴールし、それを迎えるチームメイトたち 今大会の大本命は、昨年度の全日本駅伝と箱…

 学生三大駅伝の幕開けとなる出雲駅伝。2年ぶり開催となった6区間45.1kmの「スピード駅伝」は意外な展開が待っていた。



出雲駅伝で東京国際大6区のヴィンセントがゴールし、それを迎えるチームメイトたち

 今大会の大本命は、昨年度の全日本駅伝と箱根駅伝を制した駒澤大だった。トラックシーズンでも圧倒的な強さを見せてきたが、日本選手権10000m3位の鈴木芽吹(2年)が欠場。順当なら3区に入ることが予想されていた鈴木の不在はレース全体の流れを変えた。

 一方で「初出場・初優勝」を目指していた東京国際大は、10000m28分29秒36の山谷昌也(3年)を1区、日本インカレ5000m3位の丹所健(3年)を3区、"超大砲"のイェゴン・ヴィンセント(3年)を最終6区に配置。つなぎ区間にも5000m13分台のルーキー、経験豊富な3年生を入れる布陣を組んだ。

 レース前日の記者会見。「5区終了時でどれぐらいのリードがほしいか?」という質問に対して、駒澤大・大八木弘明監督は「1分くらいあれば面白いかなと思います」と答えている。

 反対に追いかける立場が予想されていた東京国際大・大志田秀次監督は、「駒大の田澤(廉)君が相手なら45秒以内。1分は逃げられる」と読んでいた。

 10月10日は快晴で、強い日差しがランナーたちを照りつける。気温が30度を超えるなかで始まったレースは1区を青学大・近藤幸太郎(3年)が制すと、東京国際大・山谷も5秒差の3位と好スタートを切った。

 東京国際大は、5000mで13分50秒31を持つルーキー佐藤榛紀が2区で3位をキープ。すると「正直、あの位置でもらえるとは思っていなかった」という3区の丹所がすばらしい走りを披露する。2km過ぎでトップに立つと、「自分がリードを稼いでやる」と後続を引き離したのだ。終盤はペースが鈍ったものの、創価大のフィリップ・ムルワ(3年)に次ぐ区間2位。同3位の青学大・佐藤一世(2年)に32秒差をつける快走で、2位以下に29秒以上のリードを奪った。

 4区は5000m13分台の白井勇佑(1年)が区間5位、全日本と箱根に出場経験のある5区の宗像聖(3年)が区間3位。安定感のあるレース運びで首位を独走する。6区のヴィンセントにタスキが渡ったときには、2位の東洋大に28秒もの貯金があった。駒大は2分22秒も後方にいて、大志田監督は少しパニックになっていた。

「勝つなら逆転だと思っていたので、逆に田澤君が追いかけてきて、抜かれたらどうしようかなと心配しちゃいました。ヴィンセントは暑いのが好きではないので、無理せず、ゴールまでしっかり走ってくれればと」

 もちろん、そんな不安は杞憂に終わる。箱根駅伝の2区と3区で区間記録を保持するヴィンセントは10.2kmを悠々と駆け抜け、区間2位の田澤に21秒差をつけて区間賞を獲得。3年生以下のオーダーで臨んだ東京国際大は、2位の青学大に2分近い大差をつけて、大会史上初の初出場・初優勝を成し遂げた。

「日本人選手が課題だったので、いい形で流れを作ることができて、ヴィンセントに楽をさせることができました。正直、優勝は来年、再来年に目指せればいいかなと思っていたんです。でも、初出場での初優勝に意味がある。それが現実になるのは想像していませんでしたが、今日は出来すぎでしたね」

 中央大OBの大志田監督が駅伝部をゼロから立ち上げて、11年目での快挙だった。創部初年度の2011年は校内アナウンスで部員を募集。4人の選手でスタートした。

「最初は大学の名前すら覚えてもらえず、有力選手はなかなか入ってくれませんでした。5000m15分00秒前後の選手を強化していき、5年目に予選会を突破。箱根駅伝に出場するようになりましたが、勧誘は厳しい状況が続きました」

 東京国際大を次のステージに昇華させたのが伊藤達彦(現・Honda)の存在だった。高校時代は5000m14分33秒がベストにすぎなかったが、大学で急成長する。4年時(2019年度)にユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダルを獲得すると、駅伝でも大活躍。絶対エースの快走で初出場の全日本は4位、箱根でも5位に入り、ダブルでシード権を獲得した。伊藤は大学卒業後、東京五輪10000m代表として世界に飛び立っている。

 本来であれば昨年が出雲の初出場になるはずだったが、コロナ禍で「中止」になった。それでも伊藤が4年時に1年生だった丹所、山谷ら3年生世代が力をつけて、箱根では2年連続のシード権を確保。出雲の出場権をつかむと、今季は5000mで14分00秒前後のタイムを持つ強力ルーキーが4人ほど入学した。

 チームは次なる"進化"を目指して、今季はトレーニングと駅伝の取り組みを少し変えている。

「駅伝は自分で判断しないといけません。与えられた距離のなかでいかに自分の力を出しきるのか。練習ではA、B、Cと設定ペースの違うチームを作りますが、どこを選ぶのかは個々が決めるようにしています。やらせるものではなくて、自分が判断してやる。今回も丹所には『最初の1kmは集団についていき、後半勝負』という話をしていたんですけど、自分の判断で前半から仕掛けて、最後まで粘ってくれました」

 夏合宿もひたすら距離を踏むのではなく、距離走、クロカン走、スピード練習をバランスよく行なうようにしたという。

「昨年までは月間距離を目標にしていた部分があったんですけど、秋にへばって、全日本でうまくいかなかったりしたので、ちょっと変えてみました。多い選手は月間800~900kmで、少ない選手は600kmほど。そのなかで故障のあった山谷が夏合宿からよくなってきたんです。AとBの両方のグループで調整して、体調を上げてきた。彼が戻ってきたのがチームにとって大きかったですね」

 さらに今季は佐藤、白井らスピードのある1年生が加入。箱根予選会がないこともあり、2人のルーキーは距離の短い出雲をステップに全日本、箱根につなげていく形を取っている。

「1年生は夏合宿の疲労も考慮して、距離の短い出雲で2人を使いました。一方で上級生は10~20kmの距離を走るトレーニングをしていますので、両方がかみ合えば、距離が長くなっていく全日本、箱根でも上を目指せるのかなと思います」

 これまでの東京国際大は留学生パワーで浮上しても、その後が続かないことが多かった。前回と前々回の箱根駅伝ではヴィンセントの区間でトップに立ったが、次の区間で早々と首位から陥落している。しかし、今回は日本人選手だけでトップを奪い、3区以降は首位を一度も譲らなかった。

「全日本は距離が長くなりますが、今回のように序盤から先頭グループで走るようなレースを展開したいですね。過去2回の全日本は最終8区に留学生を起用しましたが、違うパターンも考えています。箱根の9区、10区候補を最終区間において、実戦を経験させておきたいですし、全日本はどこかの区間でトップに立ちたいと思っています」

 昨年の全日本は1区の山谷が13位スタート。2区の丹所で8位に上がるも、12位で最終8区のルカ・ムセンビにつなぎ、10位でレースを終えている。今年の全日本は山谷、丹所、ヴィンセントの3本柱を1~7区に配置するオーダーになれば、出雲のようにトップを独走するシーンが見られる可能性は高い。

 今季のチーム目標は三大駅伝での過去最高順位(全日本4位、箱根5位)の更新。出雲でセンセーショナルな継走を見せた東京国際大の勢いは止まりそうにない。