近畿選手権フリー演技の坂本花織 10月10日、京都・宇治。フィギュアスケートの近畿選手権、坂本花織(21歳、シスメックス)はトータルスコア192.14点で優勝を飾っていた。実力を考えれば順当な成績だろう。ただ、本人の悶々とした表情がすべてを…



近畿選手権フリー演技の坂本花織

 10月10日、京都・宇治。フィギュアスケートの近畿選手権、坂本花織(21歳、シスメックス)はトータルスコア192.14点で優勝を飾っていた。実力を考えれば順当な成績だろう。ただ、本人の悶々とした表情がすべてを物語っていた。

 試合後のリモート会見、坂本はジレンマを感じているように映った。

ーーこのプログラムで、何を表現したいのか?

 そう質問を受けた彼女は、しばし黙ってしまった。その答えは明快で、新フリー『No More Fight Left In Me/Tris』は「女性の闘争、自由、解放」が根底にあり、それは本人も重々承知している。しかし、難しいテーマだけに簡単に本質までたどり着けない。そのもどかしさが出た。

「まとめて言うと"大人の女性"を表現することになるんですが......。でも、自分がなりきれていないところがあって、それをどう表現するのか。このプログラムのなかで、早く見つけないといけないと思うんですけど、どうやろ、んー、わからない、難しいです」

 素直な坂本は、胸中を吐き出した。物語や感情よりも、メッセージを伝えるプログラムだ。

 坂本は快活で、天真爛漫な女性に映る。そもそも、リンクでの彼女は何かに縛られていないようにも見えるだけに、思考や概念を演技に落とし込む作業は難解なのかもしれない。たとえば、昨シーズンまでの『マトリックス』のように映画の疾走感を切り取ったプログラムは、感情のままに表せた。

 表現者として、今は生みの苦しみか。

 暗中模索だからこそ、あえて厳しい日程に挑んでいるのかもしれない。

 10月9日、坂本は近畿選手権に出場している。昨シーズンの全日本選手権は2位で、地方ブロック大会出場は免除だが、あえて参加した。前週にはジャパンオープン、翌週にはアジアンオープントロフィーを控え、"過密日程"を自ら作った。

「近畿(選手権)は出なくてもよかったんですが、ショート(プログラム)はげんさん(サマーカップ)で滑って2回も曲が止まったり、一回、試合で通してやっておきたくて。(中野園子)先生に『出ます』って伝えました」

 坂本はそう説明していた。試合のなかでしか確かめられない感覚があるのだろう。



近畿選手権SPの坂本

「連戦をすることで、試合の緊張感に慣れてくる、というのもあるかもしれません。微妙に試合の間隔が開くよりは、続けてやろうと。連戦のほうが、自分にはいいかなって。疲れは取りきれないですし、10代の時の機敏さはどこにいったんやって思いますけど(笑)」

 彼女はそう言って戯(たわ)けた。

 ショートプログラム(SP)、リンクに立った坂本はひとつに束ねた長い髪を揺らしていた。目に力が入り、恵まれた体躯(たいく)に気力がみなぎると、空気を変える力があった。いつものように高く、遠くへ飛ぶダブルアクセルは完全無欠で、3回転ルッツもアテンションはついたが、力強かった。

 ただ、滑り出した時から「異変」を感じていたという。1つ目のスピン、脇腹と左脚ふくらはぎがつる。予感は的中し、競技中につるのはジュニア時代以来だった。それでも気合入魂で、3回転フリップ+3回転トーループの連続ジャンプをどうにか跳んだ。

「今までの練習はなんだったのって感じで」

 SPは首位に立ったが、坂本は口惜しげに言った。

「ブノワ(・リショー)先生とせっかくブラッシュアップを重ねてきたので、なんなのそのステップは、と怒られそうで。でも連戦を通して見つかる課題があるはずで、できる範囲で次までに修正し、そのミスを(11月の)NHK杯までにはしっかり直せるように。ショートも、フリーも縛りから解放されるイメージで、自由になれるうれしさ、喜びを表現したいです。フリーはまだ練習不足ですが」

 彼女はそう話していたが、フリーは冒頭に記したとおり思うようにならなかった。3回転フリップで着氷が乱れ、得意のダブルアクセルはシングル。2つのスピンで回転が足りず、ベースポジションも取れず、レベルは1で、しかも演技時間オーバーだった。

「これ以上ないくらいにボロボロでした。まだ練習をしきれていないので難しいですね。完璧にやりこまないといけないんですが。(プログラムの)ストーリー的には難しいところもあって。理解しきれず、やり込めていないのが、(不振の)一番の原因で」

 坂本は言う。今は試行錯誤だ。

「フリーの曲は難しいところで。今までは映画曲だったり、物語があって、それに乗っかって表現できていました。今回はメッセージ性が強いのでそれをどう伝えられるか、今までにないパターンで」

 それでも、優勝は地力の証拠だろう。今は新プログラム完成のために練習を重ね、連戦をこなし、肉体的限界と対峙する。近畿選手権後は同日に帰宅し、荷物を詰めて翌日には成田へ。翌々日には北京に向かい、アジアンオープントロフィーを戦う。北京五輪の前哨戦だ。

「(五輪出場権もかかる)全日本(選手権)まで3カ月をきりました。時間はほとんどないので日々、無駄にしないように過ごさないと。一つひとつ考えて行動するように」

 坂本は遠くを見据えながら、現実と向き合う。厳しい日程を自らの足かせとし、解き放たれた時、変貌を遂げるのかもしれない。