イスタンブールへと運び込まれたレッドブルRB16Bは、純白の色に染められていた。 本来ならば今頃、鈴鹿へと運ばれてサーキットを訪れた日本のファンをあっと言わせていたはずのマシンだった。「もともと10月10日が日本GPで、日本のファンのみな…

 イスタンブールへと運び込まれたレッドブルRB16Bは、純白の色に染められていた。

 本来ならば今頃、鈴鹿へと運ばれてサーキットを訪れた日本のファンをあっと言わせていたはずのマシンだった。

「もともと10月10日が日本GPで、日本のファンのみなさんに感謝という意味で何か特別なことができないかと、レッドブルとアルファタウリとホンダでいろいろと議論をしてきました。そのなかでより大きな感動を届けたいということで、サプライズ的な要素としてこの案が出たんです」

 ホンダの山本雅史マネージングディレクターは、純白のレッドブルが生まれた経緯をこう説明する。


リアウイングに

「ありがとう」の特別カラーリング

 日本GPで日本のファンに、サプライズでスペシャルカラーリングを用意する----。そのアイデアは、レッドブル側から提案されたものだったという。

 1965年にホンダが初優勝を挙げたRA272のカラーリングにならって、純白の"チャンピオンシップホワイト"と真っ赤な日の丸。これがRB16Bにペイントされた。

 もちろんこれは、レッドブルからホンダと日本のファンに対する感謝の気持ちを体現したものにほかならない。このマシンが鈴鹿を駆け抜け、超満員のファンの前でホンダの鈴鹿ラストランを飾れれば、どんなにすばらしい感動をもたらしたことか。

 残念ながら日本GPは中止となってしまったが、レッドブルは同じ10月10日に行なわれることになったトルコGPにこのマシンを持ち込むことを決めてくれた。

 開催カレンダーが変わり、ロジスティクス面に大きな変化があったことや(本来はソチから続く3連戦の最後が鈴鹿だった)、前後ウイングやカウルなど膨大な数のスペアパーツまで含めて特別カラーリングを施さなければならないという手間暇を考えれば、これがいかに大変なことであったかがわかる。

 それを押してでも、レッドブルはホンダと日本のファンに感謝の気持ちを伝えようとしたのだ。クリスチャン・ホーナー代表はこう語る。

「日本GPはコロナ禍の犠牲となってしまったが、我々としては、ホンダと日本のファンのみなさんへの感謝の気持ちを伝えずにこの週末を過ごすことはできなかった。ホンダのすばらしいF1挑戦の旅路へのオマージュであり、ファンのみなさんのためにも、この歴史的なカラーリングで新たな勝利をもたらすことができればと思っている」

 そしてホンダとしても、感謝の気持ちを持ってこの週末に臨むと山本マネージングディレクターは語る。

「(2015年の復帰から)この7年間、日本のファンの応援に支えてきていただいて、そのみなさんとともに鈴鹿で戦いたいという思いもありました。トルコGPではありますが、ここで日本のファンとそういう気持ちを共有して今週末のレースを戦えればという思いと、みなさんへの感謝の思いです」

 ドライバーたちもまた、1960年代のホンダドライバーたちと同様、純白のレーシングスーツに袖を通す。

「見た目はすごくクールだよね! こんなスペシャルリバリーで走ることができるのは素敵なことだ。ホンダとの関係を背景に日本GPでこのリバリーをお披露目したかったんだけど、残念ながら今年は日本GPが中止になってしまった。

 でも、日本GPが開催されるはずだった週末に、トルコで予定どおりこのスペシャルリバリーで走ろうというアイデアが出て来たのはすばらしいこと。この白いカラーリングは本当にクールだと僕は思うよ」

 2年前に栃木研究所を訪れた際、実際にRA272をドライブした経験を持つマックス・フェルスタッペンは、ホンダとこのカラーリングに対して最大級の賛辞を贈った。

 また、アルファタウリのマシンにも、リアウイングに大きく「ありがとう」の文字が刻まれる。

 初の母国GPを走ることが叶わなかった角田裕毅も、FIA F4からホンダの支援を受けてF1まで辿り着いたことに感謝の気持ちを強く持っている。

「もともと鈴鹿で走るはずだった週末でしたし、ホンダにとって最後の鈴鹿になるはずだったので、ホンダとしても日本のファンとしても、日本GPが開催されなかったのは残念でした。

 僕自身もFIA F4からホンダの支援を受けてきましたので、ホームレースを走ることができなかったのは非常に残念です。だからこそ今週末は全力で走って、1点でも多くポイントを獲得したいと思っています」

 角田はロシアGPのあと、イタリアの自宅にシミュレーターを導入した。イスタンブールパークはサーキットデータがなく残念ながら走行できなかったものの、ソチで問題となったエンジニアとの無線コミュニケーションを向上させるべく、このシミュレーターを活用してきたという。

 レース終盤の雨で適切なタイヤ選択ができなかったのは、刻々と変わる路面コンディションを詳細に伝えられなかった自分自身のミスでもあると分析しているからだ。

「今回自宅に新しいシミュレーターを導入し、かなりいいものです。レッドブルのシミュレーターほどではないですし、現実とは違いますが、僕が今まで使ってきたなかではベストなものです。

 先週エンジニアに自宅に来てもらって、それを使って状況のフィードバックといった無線コミュニケーションの練習もしました。どんな状況でも可能なかぎりフィードバックをたくさんするトレーニングになりましたし、エンジニアの作ったプランに合わせてレース週末のFP1から予選までをどのようにこなすか、というシミュレーションにも役立っています」

 角田にとって、イスタンブールパークは初めての走行となる。だが、ほとんどのドライバーも昨年一度走っただけで、それほど大きな経験値の差はない。

「去年初めて走ったけど、面白いコーナーがたくさんあってレイアウトはすごく好き。とてもテクニカルであり、複雑なサーキットだよ。

 ターン8はチャレンジングではないけど、ユニークなコーナーであることは間違いない。F1マシンの性能ならものすごく速いスピードを維持したまま曲がっていけるし、4Gもの横Gが7秒間も続く。まさにF1マシンの性能をフルに引き出してドライブしていることが感じられるコーナーだ」(ピエール・ガスリー)

 2021シーズンのタイトル争いも、いよいよ佳境に入りつつある。前戦ロシアで4基目のパワーユニット投入のペナルティを消化しながらも2位に入ったフェルスタッペンとしては、ここで勝って再び選手権リードを取り戻したいところだろう。

 イスタンブールパークはガスリーのみならず、多くのドライバーが好評価を与えるサーキットだ。だが、昨年は舗装したての路面にオイルがにじみ、雨と相まって極めてグリップレベルの低い特殊なコンディションになってしまった。

 今年は高圧洗浄車などを駆使してグリップの向上に努めているというが、いったいどのくらいのグリップレベルなのかは走ってみなければわからない。だからどのチームもまったく未知数のまま、今週末に臨むことになる。

「子どもの頃にやっていたゲームでこのコースは走っていて大好きだったから、去年はここで走るのが楽しみだった。なのにあのグリップレベルだったから、ちょっとガッカリしていたんだ。

 だから、今年は楽しみだよ。とてもクールで面白いサーキットレイアウトだから、ここを走るのはすごく楽しいはず。今年はいいコンディションであることを願っているよ」(フェルスタッペン)

 レッドブル・ホンダは昨年、ウエットコンディションのスタートで大きな失敗を経験した。その反省から踏み込んだ研究を重ねたことが今季の好スタートにつながっている。

 コースは未知数のドライコンディションとなるのか、はたまた土日に多少のにわか雨が予想されている影響を受けるのか。いずれにしても、ホンダとしては特別な思いで挑む週末に可能なかぎりの準備をして、どんなコンディションにも即座に対応できるように臨む。

 技術面を預かる立場だけに普段は努めて感情を表に出さない田辺豊治テクニカルディレクターも、このトルコGPには特別な思いで臨んでいる。

「(特別カラーは)本来ならば鈴鹿でお披露目したかったので、残念ながらトルコとなってしまいましたが、さらに気持ちを入れて臨んでいます。技術的にはいつもと変わりありませんが、人間には気持ちというのがありますから、気持ちをさらに高めて臨みたいと思います」

 日本のファンの前で日本GPを戦うことができなかった悔しさと感謝の思いは、海を越えてこの地に届くはずだ。