ロシア随一のリゾート地であるソチで冬季オリンピックが開催されたのは、今から7年も前のこと。その年から競技会場の跡地で始まったロシアGPは、今に至るまですべてメルセデスAMGが制してきた。 2本の長いストレートと、90度コーナーからの立ち上…

 ロシア随一のリゾート地であるソチで冬季オリンピックが開催されたのは、今から7年も前のこと。その年から競技会場の跡地で始まったロシアGPは、今に至るまですべてメルセデスAMGが制してきた。

 2本の長いストレートと、90度コーナーからの立ち上がりスピード。「ソチ・オートドローム」は通常よりもパワーがモノを言うサーキットだ。



角田裕毅はF2時代にソチ・オートドロームでPP獲得

 しかし、今年のレッドブル・ホンダには勝利の可能性がある。

 ロシアGPと同様にパワー感度の高いアゼルバイジャンGPで勝利を収め、超高速のイタリアGPでは予選で0.411秒差をつけられたものの、マックス・フェルスタッペンが最後のアタックで自己ベストを更新していれば0.2秒差程度まで迫っていたかもしれないからだ。

「予想するのは難しいけど、去年はそんなに悪くはなかった。もちろん、ソチは僕らにとって最高のサーキットとは言えない。だけど、今年はこれまでとは少し状況が違うし、どんなサーキットでもコンペティティブだ。走ってみるまでは何とも言えないけど、いい週末になるという自信はかなりあるよ」

 今週末のロシアGPに向けて、フェルスタッペンは自信を見せる。

 今季のホンダ製パワーユニットは最大出力でメルセデスAMGに肩を並べ、昨年は開幕前の規定変更でやや苦戦を強いられたエネルギー回生システムも大幅に改善し、差はほぼなくなった。

 本来は2022年に投入を予定していた新骨格のエンジンを前倒しで投入し、それに合わせてターボやMGU-H(※)も改良。そこにはホンダジェット用エンジン部門、熊本製作所の知見が惜しみなく注がれた。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 そしてさらに、シーズン後半戦に2022年投入予定だったES(エナジーストア)、つまり新世代バッテリーを投入してきた。

 そこには先進技術研究所のコア技術、四輪事業本部ものづくりセンターの量産車用先行技術などの知見が投入された。今季かぎりでF1から撤退するホンダがまさに"オールホンダ体制"で作りあげた、今のホンダのノウハウを絞り出しきったパワーユニットだ。

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう説明する。

「バッテリーの開発は非常に長い年月がかかるものですが、我々がこれまで貯めてきたノウハウ、そこにホンダの先進技術研究所であったり、四輪事業本部ものづくりセンターの量産向けの先行技術や量産開発に関わっているメンバーの知見からオールホンダとしての全面的な開発支援、そして(ESの設計開発を担当する)ミルトンキーンズのHRD-UKのメンバーも最後にがんばって、来年投入予定だったものを今年の後半戦に投入できました。

 厳しい選手権争いのなかですから、クルマのパフォーマンスを上げることは何でもしたい。我々が今季かぎりで撤退するということもあり、計画を前倒しして後半戦から投入しました」

 新世代バッテリーはセル材料から見直し、充放電の高効率化を果たすと同時に軽量化も果たしている。パワーユニットの性能向上だけでなく、軽量化による車体運動性能の向上にも貢献しており、その貢献は「小さくない」という。

「昨年まで我々の弱点のひとつは電気エネルギーだったのですが、今年はICEとMGU-H、MGU-K(※)を合わせて改善できたので、対他競争力の差は縮められたと思っています。バッテリーはそれとは別領域ですが、今回の高効率化でさらにその差が詰められると考えています。高効率だけでなく軽量化も果たしていますので、車体パフォーマンスにも寄与できるものになっています」

※MGU-K=Motor Generator Unit-Kineticの略。運動エネルギーを回生する装置。

 フェルスタッペンはイギリスGPのクラッシュでパワーユニットをライフ半ばで失っており、残り8戦のどこかで4基目を投入してグリッド降格ペナルティを受けなければならない。

 比較的オーバーテイクが可能なソチ・オートドロームはそれに最適な場所だと考えられているが、もし実力で優勝を狙える可能性があるようなら、その戦略を見直すこともあるようだ。

「正直言って僕らとしてもまだクエスチョンマークはたくさんあるし、今週末の流れのなかでどうなるか、どのくらいコンペティティブかということも見たうえで判断する必要があると思う。まだ何も完全には決定していないよ」(フェルスタッペン)

 2018年のロシアGPでは、19番グリッドからスタートしたフェルスタッペンは5位でフィニッシュしている。

 しかし、モンツァで直面したように中団グループとの実力差は小さくなり、そう易々とオーバーテイクができる環境でもなくなってきている。

「僕としては後方から追い上げていくレースでも構わないし、それでいい結果が手に入れられるとも思っている。ただ、今は中団グループのチームがコンペティティブすぎて、セーフティカーなどの波乱もなく上位まで挽回してくるには相当なファイトが必要になる。

 それに、オーバーテイクがかなり難しいから、モンツァのようなサーキットでは同じようなパフォーマンスのマシン同士では追い抜きはかなり困難になる。楽な展開にはならないだろうね」

 イタリアGPでは、タイトル争いのライバルであるルイス・ハミルトンとの接触という後味の悪い結末となった。だが、フェルスタッペンはアグレッシブなスタイルを変えるつもりはないと断言する。

「それはどちらにも転びうると思うし、バトルをしているのは僕だけではないしね。(ペナルティの裁定は)空港に向かっている途中に聞いたんだけど、ちょっと驚いたよ。

 でも結局のところ、スチュワードの裁定がそうだったということで、僕が同意するもしないもないし、僕には僕の見方がある。もちろん、ペナルティは理想的ではないけど、すべてが終わりというわけではない。とにかく前を向いて最大限のレースをするしかないね」

 アグレッシブであることは、何ら責められることではない。

 しかし、ルールを逸脱すればそれはただの無法者であり、もしフェルスタッペンがスチュワードの裁定に同意しないと言ってルールと向き合うことを拒否するのであれば、また同じことが起きる可能性は高いだろう。ほかのドライバーたちとは違うルールで走るということなのだから。

 レースをするうえで、人命と安全は何よりも優先されなければならない。当人同士の話し合いのみならず、何が認められて何が認められないのか、FIAや全ドライバーも含めて今一度、話し合い明確にすべき時に来ているのではないだろうか。

 超一流の腕を持ったドライバーたちであろうと、ルールが違えばお互いの考える"限界"にズレが生じ、そのズレた分だけレーシングラインが接触する。

 世界最高峰のドライバーたちが、世界最高峰のテクノロジーを惜しみなく注ぎ込んだマシンで、世界最高峰の戦いを見せるからこそのF1だ。最高のマシンがグラベルでレースを終える姿、ましてや誰かが傷つく姿など誰も見たくはない。

 一方、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)は、シーズン後半戦に入ってから思うようなレースができていない。豪雨のスパのあとは、2戦続けてトラブル続発。

 しかし角田自身は、ラップごとに自分のやるべきことを意識して走るというアプローチがうまくいき、地に足をつけた学習と成長が果たせているという手応えを掴んでいるようだ。

「今週末もステップバイステップのアプローチを続けるつもりですし、サーキットやマシンがどのように機能するのかを徐々に学んで行くつもりです。実際のところ、マシンについてとくにここ6〜7戦は安定していいパフォーマンスを見せているので、僕としては自身のドライビングを向上させていくことに集中していくつもりです。これまでのレースを見てもF2マシンとF1マシンでまったくの別物なので、それを理解するために努力をしているところです」

 ソチはFIA F2でポールポジションを獲得し、フィーチャーレースで2位に入った。FIA F3でも走っており、サーキット自体の経験は十分にある。あとはF1マシンでの習熟に集中するだけだ。

 今回はスプリント予選がないため、3回のフリー走行を十分に使ってから予選に臨むことができる。だが、土曜は1日を通して雨の予報となっており、角田にとってはまた試練の週末になるかもしれない。