ロンドン五輪女子団体銀メダル・平野早矢香さんが説く「自分で決める力」 電光石火の高速ラリーで観る者を惹きつけて止まない卓球。先の東京オリンピックでも、息つく間もない素速い展開の中で、幅152.5センチ×奥行き137センチの相手コートへ正確に…

ロンドン五輪女子団体銀メダル・平野早矢香さんが説く「自分で決める力」

 電光石火の高速ラリーで観る者を惹きつけて止まない卓球。先の東京オリンピックでも、息つく間もない素速い展開の中で、幅152.5センチ×奥行き137センチの相手コートへ正確に返球する高度な技術に、目が釘付けになった人も多いのではないだろうか。

 ラリーの応酬が続く最中、選手の視線が捉える先には対戦相手の姿がある。「打っている瞬間にボールを見ることはほとんどありません」と語るのは、2012年ロンドンオリンピックで女子団体銀メダルを獲得した平野早矢香さんだ。

「トップ選手は次の展開を計算しながらプレーしているので、ボールを打っている時に打っている場所は見ていないんですよ。基本は相手を見ながら位置を確認しています。本当はラケットがどの角度でボールを捉えているか確認したいところだけど、実際に確認してしまうと次の瞬間にはボールはもう相手コートに入っている状態なので見過ぎてもいけない。だから、視線は相手に向けていても、視界にはラケットでボールを打つ瞬間の気配を感じている。そんな感覚ですね」

 視界の端でボールを捉えながら、頭の中ではコンピュータの高性能CPUが絶え間なく演算処理を繰り返すがごとく、次の一手、その次の一手を弾き出している。現役時代は競技に情熱を傾ける姿から“卓球の鬼”と異名を執った平野さんは、選手の思考をこう説明する。

「計算ですよね。自分がある回転量を出して打ったボールに対して、相手がこの角度で打ち返してきたら、ボールはどんな回転量でどの辺りに返ってくるか。それが読めないとダメですし、相手もまた読み通りにならないように変化をつけてくる。また、自分がエースボールを打ちたいと思っても、場合によっては相手にとって打ちやすいボールになってしまうこともある。だから、相手目線で考えることも必要なんです。自分目線、相手目線、それぞれで客観的に試合を見ることができないと勝てない。卓球って反射的に動く要素と、相手の動きを緻密に観察して計算しながら臨機応変に対応していく要素のバランスがすごく難しく、そして面白いスポーツなんです」

 試合中はラリーが止まっている間も、常に頭をフル回転させている。ボールを拾いに行く束の間、タオルで汗を拭く刹那であっても、相手の何気ない動きや仕草を気に留めながら、勝利までの道のりを計算。数限りない方法や可能性が浮かんでくるが、「考えたらキリがないですけど、最後に瞬時の判断を下すのは自分。迷ったら絶対にダメ。後輩にもよく言うのは、迷った瞬間にもういいボールは出ないから、最良の選択ではないとしても『これ!』と決めてプレーした方がいいボールは出るんですよね」と決断力が大きなカギを握る。

情報が溢れる現代「どこをどうやって採り入れていくかは自分で見極める」

 瞬時に迷わず決断するために、現役時代は卓球界という枠を越えて他ジャンルの第一人者にアドバイスを求めた。その一人が、麻雀界の巨匠・桜井章一氏だ。20年間無敗という伝説を持ち、“雀鬼”とも呼ばれる桜井氏に教えを請うきっかけとなったのは、知人からもらった桜井氏の著書だった。

「桜井さんの本を読んで、すごく感銘を受けたんです。『勝負に対して、こういう発想を持っている人がいるんだ』って驚いて、さらに4、5冊読みました。そこから桜井さんが経営なさる雀荘に手紙を書いたり電話を掛けたりして『ぜひお会いしたい』と。半年後くらいにようやくお時間をいただき、お会いすることができました」

 フィールドは違えど、百戦錬磨の勝負師。「勝負に対する心構えを教えてもらいたい」と告げると、いろいろな角度から興味深いアドバイスを受けたという。その中でも最も心に残っているのが「流れ」の話だった。

「桜井さんに言われたんです。『早矢香ちゃん、いろいろ考えているみたいだけど、試合は考えることよりも流れを感じることが大切だよ』って。『流れを感じたり、相手を感じたりするんだ』と言われて、分からなくはないけど、目には見えないものだから難しいんですよね。でも、まずは試合の流れに目を向けるところから挑戦してみました。全部が全部できたわけではありませんが、現役時代を振り返ると『あそこで流れが変わったな』というタイミングが確かにある。なので、その言葉がすごく心に残っています」

 身長158センチと世界の舞台では小柄な体を合理的に使える方法を求め、古武術の甲野善紀氏に教えを請うたこともある。「強くなれれば何をやってもいいと思っていた」と卓球界の外に求めたアドバイスから多くの気付きを得た。

「卓球界のレジェンドの方々からアドバイスをいただくことも大切です。ただ、違う分野の方は卓球の動きなどを分かっているわけではないけれど、それまでにない発想や視点で話をしていただける。卓球の常識の中で毎日練習しているよりも、違う分野の方からアドバイスを受けると良くも悪くも気付きがあります。そして、ここが大事だと思うんですけど、そのアドバイスを鵜呑みにするのではなく、卓球で使えるもの、卓球には合わないもの、あるいは今の自分には難しいもの、といった判断をすること。できるだけ広く話を聞いた方がいいと思いますが、どこをどうやって採り入れていくかは自分でしっかり見極めていかないと崩れてしまう。そこが難しいところでもあるんですけど」

 昨年来のコロナ禍により、社会のオンライン化が急激に進んだ。情報は加速度的に更新され、抱えきれない量が溢れている。そんな現代社会を生き抜くには、自分にとって何が必要で何が不必要なのか、判断する力や決断する力は不可欠だ。「後悔しないと思える判断を、最後に自分で下せるか。これって大事ですよね」。5歳から2016年に引退するまで26年続けた卓球で培われた能力は、戦いの舞台から離れた今もなお、生かされている。