一度は掴んだかに思われた勝利は、日曜になって次々とマックス・フェルスタッペンの手からすり抜けていった。まさかグラベルの上でレースを終えるなどとは、土曜日の時点では誰が想像していただろうか。 予選ではメルセデスAMGに0.411秒もの差をつ…

 一度は掴んだかに思われた勝利は、日曜になって次々とマックス・フェルスタッペンの手からすり抜けていった。まさかグラベルの上でレースを終えるなどとは、土曜日の時点では誰が想像していただろうか。

 予選ではメルセデスAMGに0.411秒もの差をつけられ、レッドブル・ホンダは劣勢だった。ストレートでも負け、コーナーでも負けていた。コーナーを立てるセットアップでは最高速が遅すぎて勝負にならず、ストレートを立てるセットアップではコーナーを速く走ることができなかった。

 そんな絶望的な状況は、スプリント予選で一変した。



リタイアしてコース脇を歩いて帰るフェルスタッペン

 スタートでルイス・ハミルトンが出遅れて5位に下がり、フェルスタッペンは2位へ。そしてトップでフィニッシュしたバルテリ・ボッタスは今季4基目のパワーユニットの投入で戦略的にグリッド降格ペナルティを取っていたため、フェルスタッペンは労せずして決勝のポールポジションを獲得することになったのだ。

 さらには2位・3位にストレートの速いマクラーレン勢が割って入り、ハミルトンが追い着いてこられる可能性は極めて低かった。フェルスタッペンはマシンに0.4秒もの差があったにもかかわらず、決勝のスタートを決めるだけで独走勝利が手に入るという、非常に有利な状況へと様変わりしたのだ。

 スプリント予選後のフェルスタッペンには、決勝を見据えてかなりの余裕があった。

「今日のレースは予想していた以上によかった。ボッタスに離されないようについていって、(相手との差を見て)自分たちのパッケージのどこをどう改善すべきかを把握することに努めた。メルセデスAMGのマシンがどのように縁石を乗り越えているか、コーナリングスピードがどうかといったことを見てね。2位のまま終わっても、明日のレースをポールポジションからスタートできることはわかっていたから」

 しかし、決勝は再び状況が一変する。スタートでダニエル・リカルド(マクラーレン)にホールショットを奪われ、その後、延々と抑え込まれることになったからだ。

 そしてリアタイヤの性能低下が進んでスライド量が増え、22周目にピットインしようとした矢先にリカルドに入られ、フェルスタッペンは死にかけのタイヤで1周長くステイアウト。これでタイムロスを喫してリカルドを逆転する可能性が薄くなったうえ、翌23周目にピットに飛び込むと右フロントタイヤの交換作業完了がピットシグナルに伝わらず、11.1秒のタイムロスを喫してしまった。

 2秒を切る驚速のピットストップで知られるレッドブルだが、人間の反応速度を超えるジャッキダウンを可能にするシステムの使用がシーズン後半戦に入ってから規制され、その影響が及んだものと思われる。

 その結果、フェルスタッペンは翌周ピットインしたランド・ノリス(マクラーレン)に抜かれ、さらにはその翌周にピットインしたハミルトンまでピット出口でフェルスタッペンの前に姿を現わした。

 ここで先行を許せば、マクラーレン勢を抜けず4位。タイヤ戦略の違いからミディアムタイヤを履いたハミルトンは、ハードタイヤのマクラーレン勢を抜いてトップまで駆け上がるかもしれない。当然ながら、アウトラップからミディアムのハミルトンは、ハードを履く自分よりも速いペースで走る。

 つまり、フェルスタッペンにとっては第1シケインが、ハミルトンの前に居座るラストチャンスだった。

 ハミルトンは288km/hでターン1に先にアプローチし、フェルスタッペンに1台分のスペースを残す範囲内の最適なラインでターン1に入っていった。一方、フェルスタッペンは334km/hでブレーキングを遅らせ、アウト側に空いたスペースからハミルトンの横に並びかけようとする。

 次のターン2へ向けて、ハミルトンは通常よりもわずかにエイペックスまでの距離をとって、フェルスタッペン車を避けつつターンイン。フェルスタッペンはターン2のインに空いたスペースに2台並んで飛び込もうとするが、ハミルトンがターンインするに従ってスペースはなくなり、緑色のランオフエリアに左側タイヤを落としながらもあきらめずに直進する。

 最後は、イン側縁石のさらに外側にあるカット防止のソーセージ縁石に乗り上げ、挙動を乱してハミルトンのマシンに接触。タイヤ同士の接触によってフェルスタッペンのマシンがハミルトン車の頭上に乗り上げる形で、グラベルに突っ込んで止まった。

 フェルスタッペン車のリアタイヤがHALO越しにハミルトンのヘルメットを押さえつけ、HALOがなければあわや......という危険なインシデントだった。

 スチュワードは両者の言い分を聴聞するとともに映像やデータを詳細に調査し、ターン1の入口からエイペックス、接触に至るまで一度たりともフェルスタッペン車はハミルトン車のフロントタイヤより前には並びかけられてはおらず、勝負を仕掛ける権利はなかったと判断。事故の責任の大部分はフェルスタッペンにあるとして、次戦3グリッド降格ペナルティを科している。

「彼は(ピット出口の)白線が終わったところのブレーキングゾーンでアウト側に寄せてきたから、僕もアウト側をまわってターン1〜2でナイスファイトができると思った。もちろん、ルイスは僕が仕掛けてくるということがわかっていたはずだ。

 でも、彼が僕に対して幅寄せし続けてきて、ある時点で僕は行き場がなくなってソーセージ縁石に乗ってしまい、そのせいで彼のマシンに接触して跳ね上げられてしまった。僕は彼と並んであのコーナーを抜けたかった。レースを続けたかったからね」

 しかし、フェルスタッペンが勝負を仕掛けられるほどに並びかけていないことは映像から明らかで、彼にできるのは前走車にスペースを空けろと要求することではなく、自身が引くかランオフエリアに逃げることだった。実際にセルジオ・ペレスやシャルル・ルクレールはそのように接触を回避している。

 スプリント予選のスタート直後のターン1ではフェルスタッペン自身がまさにハミルトンと同じ位置にいて、アウト側のリカルドに対してスペースを残さず押し出しており、リカルドが引いたことで接触は回避された。だが、これが後続の混乱につながってピエール・ガスリーはフロントウイングを壊し、リタイアにつながっている。

 また、決勝1周目の第2シケインでは、フェルスタッペンのアウト側に並んだハミルトンはターン5への切り返しでスペースを残してもらえず、縁石の外へと回避してポジションをひとつ落としている。

 フェルスタッペンの考える「ハードレーシング」の線引きは、自分が攻める側にいる時とディフェンスする側にいる時で変わる。相手には引くことを要求するが、自分は同じことをされた時に引かない。

 ハンガロリンクでフェルナンド・アロンソとハミルトンの間で絶妙なバトルが見られたのは、彼らの間で「ハードレーシング」の線引きが共有されていたからだ。しかし、フェルスタッペンとの間にはその共通認識がない。だから当たってしまう。

「彼らふたりの接戦バトルは今年何度も繰り広げられてきたし、必然だ。彼らはモータースポーツにおける最大の賞典を争っているわけだからね。今後も非常にタイトな争いが続くだろうし、残りのレースでもお互いに激しい戦いを繰り広げるだろう。まぁ、ほかのサーキットではもう少し2台で戦うスペースはあるだろうけどね」

 レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表はそう語るが、問題の本質を理解しなければ同じような事故は何度も起きるだろう。それでドライバーズチャンピオンが獲得できるのだろうか。

 イタリアGPのレッドブル・ホンダはスプリント予選で余裕の勝利を手にするチャンスを掴んだものの、決勝ではスタート、戦略、ピットストップ、そしてインシデントですべてを失った。

 それは別にしても、0.411秒という大きな差をメルセデスAMGにつけられたことはショッキングだった。 

「パフォーマンスとしては、予選の結果がすべてだと思います。決勝のボッタス選手の走りも含めて、メルセデスAMGが完全優位という状況だったと思います。

 そんななかでも、スプリント予選の結果やボッタス選手のパワーユニット交換によってマックス選手がポールポジションスタートといういい形になっていました。ですが、今日はピットストップの遅れもありましたし、接触リタイアとなり、いい流れが大きく崩れてしまったと感じています」(田辺豊治ホンダF1テクニカルディレクター)



イタリアGPを制したのはマクラーレンのダニエル・リカルド

 メルセデスAMGは、回生エネルギーをストレートエンドではなく中間加速でより多く使い、ストレートエンドの車速は落としてでも1周を速く走るというエネルギーの使い方をしていた。そういった面からも、ホンダとしては学べることがあるかもしれない。

「おっしゃるとおり、見たところ(データ上に)違うところもありますから、それがどういう使い方をしているのかというところから紐解いて、我々のアプローチと違うところがあるのか、それが我々のパッケージではそれがどんな効果をもたらすのか、よりよい方向にあるというならばそこから学ばせてもらおうと思っています」

 次のロシアGPもパワーがモノを言い、メルセデスAMGが伝統的に得意としてきたサーキットだ。3グリッド降格ペナルティを科されたフェルスタッペンは、もともとこの抜きやすいソチ・オートドロームで4基目のパワーユニットを投入し、ペナルティを消化する計画だと言われていた。

 となれば、モンツァで失ったものは実際のところほとんどない。むしろ選手権争いの相手であるハミルトンより2点多く獲得し、相手の勝利の可能性を奪い取ることができたという意味では、勝利にも等しい結果だった。

 ただし、それに満足するのではなく、フェルスタッペンもチームもホンダも学ぶべきところは学び、前へと進まなければ、頂点に立つことはできない。どんなに優れたマシンを持っていようとも、どんなに有利な立場にいようとも、F1はそれがあっという間に一変してしまうほど厳しい世界なのだということをまざまざと見せつけられたイタリアGPから、それを学んでほしい。