チェッカードフラッグが打ち振られた瞬間、ザントフォールト・サーキットをオレンジ色に染めた7万人の大観衆の興奮は最高潮に達した。「この大歓声を聞いてわかるとおり、本当に信じられないくらいすばらしい気分だよ。今週末を迎えるにあたって、ファンの…

 チェッカードフラッグが打ち振られた瞬間、ザントフォールト・サーキットをオレンジ色に染めた7万人の大観衆の興奮は最高潮に達した。

「この大歓声を聞いてわかるとおり、本当に信じられないくらいすばらしい気分だよ。今週末を迎えるにあたって、ファンの人たちからの期待値はすごく高かったし、それに応えるのは決して簡単なことではなかった。でも、こうしてみんなの目の前で勝つことができ、チャンピオンシップのリードを取ることもできた。本当にすばらしい1日になったよ」

 今季7勝目を挙げたマックス・フェルスタッペンは、母国での大観衆の期待に応えてみせた。



36年ぶりに開催されたオランダGPを制したフェルスタッペン

 低速から中高速まで数々のコーナーが流れるように続き、アップダウンのある自然本来の地形を縫うように走っていく。そして観客席でも入場ゲートでも、熱い声援を送る熱心なファンたち。まさに鈴鹿のような雰囲気に包まれたザントフォールトだった。

「サーキットには大勢のファンが集まって応援をしてくれて、前が見えないくらいのスモークだったり(苦笑)大きな声援を送ってくれて、マックス(フェルスタッペン)選手だけを応援するのではなく、このレースをみんなで楽しんで、レースを戦ったすべての選手とスタッフにエールを送り感謝をしてくれる。

 非常に温かく、すばらしい雰囲気のレースだったと思います。この国の人たちの応援や歓迎の仕方も、なんとなく鈴鹿を彷彿とさせるような気持ちになり、我々としても鈴鹿に来たような雰囲気を感じつつ、応援に力をもらいました」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)

 スタートからフィニッシュまで、タイトル争いの相手であるルイス・ハミルトンがぴたりと背後につき、プレッシャーをかけ続けてきた。

 マシンの純粋な速さではわずかにレッドブルに利があったとはいえ、セルジオ・ペレスが予選Q1で敗退したため、2対1の数的優位を作られてしまった。それでもフェルスタッペンは動じることなく、ハミルトンに3秒のギャップをつけてメルセデスAMGの動きを封じてみせた。

 その差があれば、ハミルトンが先にピットインして新品タイヤでプッシュされても、次の周にピットインすれば前をキープできる。レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表は語る。

「今週の我々は、ショートランでもロングランでもコンペティティブだった。メルセデスAMG、とくにルイス(ハミルトン)との差は極めて小さく、我々の手に合ったマージンは0.1秒か0.2秒ほどでしかなかった。だが、マックスは必要な場面でそれを使い、3秒のギャップを築き上げた」

 スタートからタイヤを最大限に使って1周で1.6秒引き離し、そこからじわじわとギャップを広げていった。そして20周目にハミルトンが仕掛けてきても動じることなく、翌周にピットインして同じ戦略を採った。前のポジションにいれば、同じ戦略を採っておけば負けることはないからだ。

 2ストップ作戦を採ったフェルスタッペンとハミルトンに対し、メルセデスAMGはもう1台のバルテリ・ボッタスを1ストップ作戦としてコース上にとどめ、ピットインして追い着いてきたフェルスタッペンの前を抑えさせる戦略で揺さぶりをかけてきた。

「計算上は、2ストップ作戦のほうが速かった。だが、マックスにとって極めて重要な場面だったのは(前を抑えに来た)バルテリをなるべく速く抜き去ることだった。

 彼はそれをしっかりと遂行し、ルイス(ハミルトン)とのギャップを広げてレース後半の展開をマネージメントすることを可能にした。もし、バルテリの後方でかなりの周回数を過ごしてしまっていたら、ルイスにアンダーカットを許すチャンスを与えてしまっていただろう」(ホーナー代表)

 フェルスタッペンは1.5秒速いペースでボッタスに追い着き、彼のリアタイヤがタレて立ち上がりが遅いのを見抜くと低速のターン11〜12の立ち上がりで間合いを詰め、実質的な最終コーナーであるターン13で背後についてメインストレートでやすやすとインに飛び込んだ。

 その後、ハミルトンは猛プッシュでタイム差を0.7秒まで縮め、引き離そうとするフェルスタッペンに対して再度の先手でピットインを仕掛けてきた。しかし、フェルスタッペンはここ一番でマシンの速さを出し切って巧みに抑えてみせた。

 ミディアムタイヤが残っていたメルセデスAMGに対し、レッドブルは「ソフト」か「ハード」しかない。ハードはFP1で11周走っただけで、ロングランのデータがない。「ソフトタイヤを履かせて最後に性能低下に直面させてやろう」というのが、2ストップ作戦を採ったメルセデスAMGの揺さぶりだった。

 しかし、レッドブルはハードタイヤを選び、未知数ながらもフェルスタッペンが巧みにコントロールしてゴールへと運ぶ。ハミルトンは自身もタイヤのタレに苦しみながらも、最後まで背後でプレッシャーをかけ続ける。

 それを振り切ってのトップチェッカー。レッドブルとフェルスタッペンは、再三に渡るメルセデスAMGの揺さぶりに惑わされることなく、勝利を掴み獲ったのだ。

 地元の英雄が勝利を収め、チャンピオンシップのリードも取り戻した。それだけではなく、目の前で超一流のドライバーふたりによるすばらしいレースが繰り広げられた。そのことに対し、7万人の大観衆からは惜しみなく拍手と賞賛が贈られたのだ。

 一方の角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)は、このレースから週末全体に対するアプローチをさらに一歩進め、慎重に速さと自信を積み重ねていく手法を採った。

 シーズン序盤戦は不用意なミスでレース週末を台なしにすることが多く、第9戦シュタイアーマルクGPからは「セッションごと」に一歩ずつ前進するアプローチへとあらためた。だが、今回からは「ラップごとに」走り方や学び方、攻め方を意識して積み重ねていくアプローチを導入した。

「最近のレースでは(フリー走行から)ビルドアップしていくことに集中したアプローチを採って来ましたが、今回は1周ごとの走行にも集中しました。シーズン前半戦は予選前に全開でいってうまくいくときもあったものの、ほとんどはバリアに突っ込むという結果になっていました。



オランダGPの角田裕毅はリタイアに終わった

 バリアに突っ込むたびに自信を失って、次のレースではゼロから再スタートということの繰り返しでした。今の優先事項は『1周ごと』です。今回はそれがうまくいったので、今後もこのアプローチを続けて安定したパフォーマンスを発揮できるようにしたいと思います」

 予選では赤旗でアタックができず15位に終わったものの、手応えはあった。僚友ピエール・ガスリーとの差はまだ大きかったが、それに対して焦りを感じるのではなく、学んで成長する余地なのだと考えられれば、その先には焦りからのオーバードライブではなく前進が待っているはずだ。

 決勝は抜けないサーキットだけになかなか浮上のきっかけが掴めず、前半はタイヤを労ってこれからペースを上げていこうとした。しかしその矢先、パワーユニットにトラブルが発生してリタイアを余儀なくされてしまった。

 ただ、結果にはつながらなかったものの、角田は手応えを掴んだようだ。

「オーバーテイクをするのは難しかったですが、ペースは速かったですし、問題が起きたのはちょうど前のクルマに追い着くためにもう少しプッシュし、ペースを上げ始めたところだったんです。タイヤのライフはかなりうまく保たせることができていただけに残念です」

 僚友ピエール・ガスリーは、予選で2強チームに次ぐ4位。そして決勝でも、フェルスタッペン顔負けのドライビングでフェラーリ勢をしっかりと速さと戦略で抑え込み、4位フィニッシュを果たした。

 大歓声のザントフォールトで見せつけられたフェルスタッペンやハミルトン、ガスリーの妙技と、今の自分(角田)との差を冷静に受け止め、どう一歩ずつ縮めていくか。

 新たなアプローチを採ることによって、自分が進むべき道程が見えたのかもしれない。それならば、これまでのような三歩進んで二歩下がるような歩みではなく、着実に前へ前へと進んでいるかもしれない。今シーズンに残された時間はもう決して長くないだけに、これ以上の失敗は許されないだろう。