誰も成し遂げていない境地を目指す見延和靖フェンシングエペ・見延和靖インタビュー(後編) 東京五輪優勝のポイントが加算され、世界ランキング1位となったフェンシングエペ団体。ワールドカップなどでも初戦はランキング下位の国との対戦になり、上位進出…



誰も成し遂げていない境地を目指す見延和靖

フェンシングエペ・見延和靖インタビュー(後編)

 東京五輪優勝のポイントが加算され、世界ランキング1位となったフェンシングエペ団体。ワールドカップなどでも初戦はランキング下位の国との対戦になり、上位進出へ向けては有利な戦いができるようになった。だが五輪を制したことで、ライバルにはじっくり研究され、対策を練られる立場にもなった。それでも見延和靖は明るい見方をする。

「対策はされるだろうけど、団体に出場した僕たち4人は、それぞれ違うスタイルだから、4通りの対策をしてこなければいけない。そういうところに今の日本チームの強さがあると思います。各自がサーシャ(オレクサンドル・ゴルバチュク)コーチのアドバイスの下、独自のスタイルを確立させ、それをどんどん発展させてきている。これからもどんどん新しい技術を取り入れていくので、スタイルを変えていけると思う」

 だが、パリ五輪以降へ向けての課題は重大だとも言う。東京五輪でエペチームとして歴史を築いたが、これをひとつの偶然としてしまうのではなく、その歴史が受け継がれていくようにしなければいけないのも務めだ。

「僕たちがこれまで得てきた技術やスタイルだけではなく、エペに対する取り組み方や考えなども継承しつつ、今回のメンバーのような選手たちが出てくる環境作りをしていかなければいけない。若い選手たちにそのためのアドバイスをすることも、大きな課題になってくると思います。

 今の状態を続けてもパリでは勝てるかもしれないけど、間違いなくそこで途絶えてしまう。だから、エペの先輩たちが『日本人でも世界で勝てる』と証明してくれたことを、僕たちが引き継いで来たように、フェンシングの原点でもあるエペという種目の意味や魅力を、後輩たちに伝えなくてはいけないと思います」

 現在のナショナルチームメンバー以外の、準ナショナルチームといえる大学生もいい選手は育ってきているが、その下の世代で差が広がっているのが問題だという。

「僕たちがエペで結果を出すことは、フェンシングの普及という面でも重要だと思っていました。正直言ってフルーレやサーブルは、攻撃権もあってルールが複雑で初心者にはわかりにくい。でもエペは先に突けば得点になるというシンプルなルールなので一番わかりやすく、初心者も取り組みやすい面があると思います。

 今回の優勝でエペに興味を持ってくれる子供たちも増えるかもしれないけど、現状ではフルーレの指導者は多いが、エペを教えられる指導者が少ないんです。そういうところも徐々に改善していければいいなと思います」

 日本ではフルーレが盛んだ。ルールは複雑だが、動きが説明しやすいこともあり、ある程度の教本的なものはできている。だが「決闘」ともいえるエペは、どんな状態でも先に突けば得点になり、それぞれの選手の個性もあって正解は無数にあるという。さらに心理戦の要素も大きく、互いの間合いの探り合いもシビアだ。

「エペの場合は戦い方も毎年傾向があるんです。ジャンケンにたとえると、グーが強い時代があれば、次はそれに勝つためにパーが強い時代になる。そうなれば『次はチョキが来るよね』という感じで微妙に変化します。いきなりみんな攻めに転向したかと思えば、全然攻めなくなったり、剣をバチバチ叩き出したりとか......。そういうのがエペなんです」

 微妙に変化するその時々の傾向に加え、選手それぞれの個性もストレートに出てくるのがエペ。だからこそ、教本的なものは作り上げにくい。

「正解が多くて多様性があるからこそ教えにくいし、『答えがない』と言われているのだと思います。でも僕はそのなかにもちゃんと答えがあると信じているんです。ただそれに誰も気づいていないだけ。だから僕は、まだ誰もエペの極意にたどり着けていないという仮説を立てているんです。

 どんな体勢になっても先に突けば勝ちですが、突く速度が突かれたほうの反応速度を超えているから対応できないんです。でもそこに行くまでの仕掛け方だったりに、何か答えがあると思うんですね。その誰も知らない何かを求めるために、フェンシングを頑張っているところはあります」

 世界ランキング1位になった時には、それが少し見えてきたという見延。自分のプレーを振り返り、「世界トップの2~3人しかたどり着いていない」境地があると感じた。だがそのあとでケガをして剣を握れない時期があったため、感覚をつかみかけただけで言語化できなかった。

 今回の日本チームの最年長34歳になった見延だが、「自分はまだベテランじゃないし、中堅に差し掛かってきたくらい」とまだ現役への意欲は高い。団体戦で優勝した今回、「メダルが獲れる」と思って臨んだ個人戦では10位に終わった悔しさもあり、「次こそは」という思いもある。

「これまで自分がエペで勝ち続けることがフェンシングの普及につながると思ってやってきたので、これからも勝ち続けるための努力をしていきたいですね。ただトップの強化に力を注いだことでジュニア世代との差が広がってしまったのは事実だから、これからはもっと広い世代で交流して、自分たちがやってきたことを伝えて、選手層の幅を広げていきたい。その中で僕ができるのは背中を示し続けていくことだと思うし、自分もフェンシング選手というより、フェンシングの職人と言われるまでになりたいですね」

 誰も成しえていない境地までたどり着きたいと思う見延。彼の着地点はまだまだ先にある。

(前編を読む)