F1 2021フォトグラファー対談前編「最終年ホンダと角田裕毅」スポルティーバで恒例となったF1フォトグラファー対談。今回も、約30年間F1を撮影し続けている熱田護氏と桜井淳雄氏を招いて2021年のレースについて語り合ってもらった。コロナ禍…

F1 2021フォトグラファー対談
前編「最終年ホンダと角田裕毅」

スポルティーバで恒例となったF1フォトグラファー対談。今回も、約30年間F1を撮影し続けている熱田護氏と桜井淳雄氏を招いて2021年のレースについて語り合ってもらった。コロナ禍での取材は苦労の連続と言うが、ふたりは「これまで取材してきたなかで一番面白い」と口をそろえる。メルセデスとレッドブル・ホンダのタイトル争いがヒートアップするなか、今シーズンのサーキットではどんなドラマが起きているのだろう。前編では、ラストイヤーのホンダや日本人ドライバーの角田裕毅選手の話題を中心に語らう。



開幕戦バーレーンGPで角田裕毅選手がドライブするマシン(撮影・桜井淳雄)

ーー今シーズン、おふたりはどんな形で取材に臨んでいるのですか?

熱田 僕はフランスとスペインの間にあるアンドラ公国をベースにして、開幕戦から前半戦の全レースを取材しています。アンドラはヨーロッパ各国にアクセスしやすく、自転車やオートバイのプロ選手がたくさん住んでいます。きれいで安全で、景色も美しいと言われています。でも僕はコロナに感染しないようにホテルにずっと滞在していたので、そんな景色は見てないですけど。

桜井 僕も熱田さんのようにヨーロッパを拠点にして取材をすることを考えましたが、コロナや家庭の事情などを考慮し、これまでどおりに日本から取材活動をすることを決めました。前半戦で取材したのは開幕戦のバーレーン、スペイン、アゼルバイジャン、ハンガリーの4戦です。本当はもっと行く予定でしたが、日本からの取材はなかなかハードルが高くて......。書類の不備で予定していた飛行機に乗れなくなったりして、フランスとオーストリアのレースは断念せざるを得なかったです。

熱田 アンドラからでもやっぱり取材は大変でしたよ。F1の主催者に提出する書類の作成作業はもちろん、感染の不安を感じながらの海外生活は事前に想像していたよりも何倍もキツかった。さらにスケジュールが何度か変更され、そのつど、エアチケットやホテルを取りなおし、開催国の隔離の状況を確認して、書類を準備して......。時間とお金がバタバタと飛んでいく。苦労話をしはじめたら、もう3〜4時間でも話せますよ(笑)。



F1を撮影し続けるフォトグラファーの熱田護氏(左)と桜井淳雄氏(撮影・五十嵐和博)

ーー大変な思いをしてまでも現地で取材をしたかった理由は、やっぱりホンダのラストイヤーを見届けたいという思いがあったからでしょうか?

熱田 そうです。あとは7年ぶりに誕生した日本人ドライバーの角田裕毅選手(アルファタウリ・ホンダ)のデビューシーズンをしっかりと記録したかったこともありますね。

桜井 もちろん僕も同じ気持ちです。ホンダと角田選手が鈴鹿サーキットで、母国のファンを前にして走る姿を撮りたかったという気持ちが強くありました。それだけに、秋の日本GPの中止は残念でならないです。

熱田 鈴鹿サーキットの現場の方々は開催を目指してギリギリまで頑張っていたと聞いていますが、本当に残念という言葉しかないです......。

ーーそれでも今シーズンのF1はすごく面白いと評判です。ここ数年はメルセデスの独走状態が続いて退屈していたファンもいたと思いますが、今季は信じられないシーンが続出しています。

熱田 本当にそうですよね。F1取材を始めてから30年以上経ちますが、単純にレースの面白さということに関しては一番だと思いますね。マクラーレン・ホンダのアイルトン・セナとアラン・プロストが競い合った80年代後半から90年代前半の"セナプロ時代"よりもレース自体は面白いと思います。

桜井 同意です。シーズン序盤から、毎回違う面白さがありますし、初めて目撃するシーンが何度もありました。ハンガリーGPは再スタートの時にグリッドに着いたマシンがハミルトンの1台だけでした。そんなシーンは今まで見たことがなかったです。第6戦のアゼルバイジャンGPもそう。ゴール目前で首位を走っていたマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)のタイヤがパンクしてクラッシュ。レースは赤旗中断になりますが、普通だとそのままレースは終了です。でもスタンディングスタートで、2周のスプリントレースをやっちゃいました。こんな経験もないです。

ーーおふたりが撮影したかったというホンダのラストイヤーについていえば、第5戦モナコGPから第9戦オーストリアGPまで5連勝を飾り、レッドブル・ホンダとフェルスタッペンがずっとチャンピオンシップをリードしていました。ホンダのスタッフの雰囲気はどうですか?

熱田 感染対策で僕たちは基本的にピットに入れないので、スタッフの方々とあまりしゃべれないんです。それでもときどきお会いすると、やっぱり成績がいいのでみんな明るいし、自信に満ちた表情をしています。ただ、みなさん「まだまだ油断ならない」といつも口にして、気を引き締めています。

桜井 最後の年だからこそ、絶対にタイトルを獲らなければならないというプレッシャーはあると思います。レッドブル・ホンダのピットは一体感があり、すごく雰囲気はいいように感じますね。

ーー期待の角田裕毅選手は間近で撮影していて、どんな印象ですか?

熱田 ひと言で言うと、大物です(笑)。

桜井 そうですね。インタビューのシーンとか見ていると、やっぱり今までの日本人ドライバーと比べると、いい意味でふてぶてしいし、自分をアピールする力を持っています。

熱田 写真は撮りやすいですよ。カメラを向けられても自然体で、キミ・ライコネン(アルファロメオ)みたいに背中を向けることもないです(笑)。角田選手とは何度か話す機会がありましたが、普段は平静で好青年。だから無線であんな放送禁止の単語を言うのは信じられない(笑)。コクピットに座った時にスイッチが入ってしまうんでしょうね。

桜井 角田選手は日本人っぽくないというか、今まで日本人ドライバーとは明らかに空気感が違います。ただアピールする気持ちが強すぎてしまって、スピンしたり、クラッシュしたりしているのかなと感じます。

熱田 久しぶりに誕生した日本人ドライバーということで周りが高い期待を持っていましたが、実際にシーズンが始まってみたら、F1のハードルは高くてそう簡単にはいかないというのが前半戦を終わってはっきりしたわけですよね。冷静に考えると、テスト日数は少ないし、レースウィークの練習走行の時間だって昨年よりも1時間短くなっています。今までの日本人ドライバーと比べて、走行時間が圧倒的に少ないんです。そんななかでF1マシンに慣れるのは大変なことで、やっぱり時間が必要です。あのシャルル・ルクレール(フェラーリ)だってデビューシーズン前半戦はかなり苦労しましたし、ジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)も目立った活躍はできませんでした。

桜井 角田選手に対する海外メディアの評価は、序盤戦のアルファタウリがマシン的にも調子がよかったですし、何度か入賞しているので、普通に「いいドライバーだね」という感じです。でも視覚的にすごいなと感じたシーンは正直言ってまだないですね。たとえば、小林可夢偉選手はデビュー戦の2009年ブラジルGPで当時チャンピオンシップをリードしていたジェンソン・バトンと激しいバトルを繰り広げて、海外のフォトグラファーたちからも「すごい日本人ドライバーが登場したな」と声をかけられました。でも角田選手はまだクラッシュの印象が強いので、後半戦は学習能力を発揮してほしいと思いますね。

熱田 今はテレメトリーのデータを見ると、ドライビングが全部わかってしまうわけじゃないですか。たとえば、チームメイトのピエール・ガスリーが「こんなところまでブレーキを踏まないんだ」「ここではこれだけアクセルを踏んでいる」とかね。同じクルマに乗っているんだから、じゃあ自分もいけるだろうとトライしたらドーンといっちゃった。おかしいなって思っているのが角田選手の現状だと思います。結局、自分の思うようなクルマになっていないんでしょう。それが中盤戦になっても改善せず、焦りが生じているんだと思います。

桜井 あとSNSがあるので、ファンからの期待や評価がわかってしまうこともあると思います。日本のファンからすごい走りを期待されているのでやんなきゃなっていう焦りがあるはず。とにかく今は周囲の雑音を気にせず、角田選手には自分の走りをしてほしい。

熱田 アルファタウリのフランツ・トスト代表は「新人ドライバーが複雑な現代のF1を理解するには3年は必要」と言っていますが、そのとおりだと思います。経験を積んでドライビングの引き出しが増えていけば、そのうちガーンといきますよ。それまで、もう少し待ってほしいですね。

(後編につづく)

【profile】 
熱田 護 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦した後、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。取材500戦を超える日本を代表するF1カメラマンのひとり。自身の誕生日の9月28日に、ラストイヤーを迎えたホンダF1の戦いをまとめた2022年カレンダー『Honda Last Battle』(インプレス刊)を発売する。

桜井淳雄 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。新型コロナの影響で昨シーズンの現場での取材を断念したが、今季からは再開。現在、鈴鹿サーキットの公式サイトで特別企画「写真で振り返る2021年シーズン」を連載中。