F1 2021フォトグラファー対談後編「超一流ドライバーの素顔」前編から読む>>スポルティーバで恒例となったF1フォトグラファー対談。今回も、約30年間F1を撮影し続けている熱田護氏と桜井淳雄氏を招いて2021年のレースについて語り合っても…

F1 2021フォトグラファー対談
後編「超一流ドライバーの素顔」

前編から読む>>

スポルティーバで恒例となったF1フォトグラファー対談。今回も、約30年間F1を撮影し続けている熱田護氏と桜井淳雄氏を招いて2021年のレースについて語り合ってもらった。F1後半戦の幕開けとなった第12戦のベルギーGPは、豪雨のためにセイフティーカー先導の2周のみで打ち切りとなったが、結果としてはレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンが優勝。タイトル獲得に向けて、幸先のいいスタートを切った。対談後編では、サーキットで接する選手たちの素顔や、超一流ドライバーの条件などを熱弁した。



第10戦イギリスGPで勝利したルイス・ハミルトン(撮影・熱田護)

ーー今シーズンは第4戦スペインGPから少しずつ観客が入るようになり、第10戦のイギリスGPは観客動員数の制限なく開催され、決勝日には14万人が動員されたと聞きます。お客さんが入って、サーキットの雰囲気は変わりましたか?

桜井 全然違いますね。お客さんはグランプリの一部。むしろ完売御礼の観客席があって初めてグランプリだと僕は思うんです。スタンドに誰もいない草原のなかのサーキットをクルマがただ走っているだけでは面白くありません。僕は人間の感情の起伏や、内面が染み出ているドラマチックなシーンを撮りたいんです。無観客の場合だと、ただドライバーがヘルメットをかぶってマシンに乗って、ピットに帰って来て終わりというケースが多い。観客がいると、ドライバーも普段見せないような表情をすることがありますから。

熱田 イギリスGPのシルバーストン・サーキットみたいにお客さんがパンパンに入れば、ドライバーはもちろん、僕たちの気分も自然と上がりますよ。無観客でしーんとしていたら、ルイス・ハミルトン(メルセデス)だってイギリスの国旗を持ってわざわざ出てきて、満面の笑みで手を振ることもないわけですから。



今季F1について語り合ったフォトグラファーの熱田護氏(左)と桜井淳雄氏(撮影・五十嵐和博)

ーーイギリスGPでのハミルトンとフェルスタッペンのクラッシュ以降、両選手の対立関係がはっきりしてきました。サーキットで接するふたりはどんな印象ですか?

熱田 ハミルトンとフェルスタッペンのコース上での力関係は互角だと思いますが、ハミルトンが明らかに勝っている点がファンやメディアに対して「見せる」という部分です。そこは本当にうまい。マシンを降りてどんな態度やポーズをすればどんなふうに自分が映るのかというのを常に意識して行動しています。逆にフェルスタッペンはあまりファンサービスをしたり、感情をあらわにしたりすることはないですね。アゼルバイジャンGPでゴール目前にタイヤがパンクしてクラッシュし、マシンを降りたあとにタイヤを蹴ったシーンは本人の気持ちが出てよかったと思いますが、ハミルトンみたいなパフォーマンスはしません。ハミルトンは表彰台で上半身裸になっちゃうぐらいですから(※2018年最終戦アブダビGP)。あのシーンは忘れられません。

桜井 フェルスタッペンに限らず、ハミルトン以外のドライバーはファンの前でパフォーマンスしないですね。あまりメリットを感じていないんですかね。でもファンを味方につけるのは大事だと思いますので、フェルスタッペンも母国のオランダGP(決勝9月5日)で勝ったら、何かやってほしいですね。

ーー今年8度目のタイトルを狙うハミルトンは現在36歳ですが、まだまだ衰えは感じませんか?

桜井 ハンガリーGPの表彰台ではかなり疲れた表情を見せていましたね。昨年12月に感染した新型コロナウイルスの後遺症と言われていますが、少なくともドライビングに関しては全然衰えを感じませんね。

熱田 まったく問題ないでしょう。ハミルトンの上半身はバキバキに鍛え上げられ、特に上腕はすごく太くなっています。デビュー当初は華奢な印象でしたが、最近のフィジカル面での進化はすごいです。だからハンガリーの表彰台でフラフラしていたのは正直、信じられないです。

ーーハンガリーGPではメルセデスのバルテリ・ボッタスのミスがきっかけで多重クラッシュが発生し、レッドブルの2台はダメージを受け、ほとんどポイントを獲得できませんでした。結果的に2位になったハミルトンが利益を得た形になり、表彰台で大ブーイングを受けていました。少しでも同情を得るために演技していた可能性もありますか?

熱田 真実はわかりませんが、ハミルトンだったらそこまでやるドライバーだと思います。そこがすごさでもあるんです。

ーー今季は若いランド・ノリス(マクラーレン)やジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)が大活躍していますが、カメラマン視点で「すごいな」と感じるドライバーは誰ですか?

桜井 今、F1で戦っているドライバーが同じクルマに乗ったら、おそらくみんな同じようなタイムを出してくると思います。でもレースができるかどうかはまた別の話です。イギリスGPでのフェルスタッペン対シャルル・ルクレール(フェラーリ)、今年のハンガリーGPのハミルトン対フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)のような大バトルは誰もができるわけではありません。ボッタスは速いですが、あんなバトルはできないと思います。(今季限りで引退を表明した)キミ・ライコネンはアルファロメオのクルマが遅いので結果こそ出ていませんが、ここぞという時はすごい走りをします。

熱田 シルバーストンのスプリントレースのスタートで40歳のアロンソや41歳のライコネンはすごい走りをしました。あの年齢になっても、あんなキレキレのドライビングができるのは上の何人かだけです。だからお金をたくさんもらえるんです。

ーーおふたりから見て、「超一流ドライバー」と呼べるのはハミルトン、フェルスタッペン、ルクレールですか?

桜井 そうですね。そこにアロンソも入るかもしれません。その下にライコネン、ノリス、ラッセルあたりがいるというイメージですね。

熱田 ライコネンやノリスのクラスには、カルロス・サインツJr.(フェラーリ)やダニエル・リカルド(マクラーレン)も入るんじゃないですか。個人的には、ラッセルはハミルトンやフェルスタッペンに匹敵するドライバーだと思います。昨年、ハミルトンが新型コロナに感染して欠場したサクヒールGPでメルセデスのマシンに乗ってボッタスを上回る速さを見せ、いきなり優勝争いをしましたから。

桜井 で、ライコネンやノリスの下にピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)やボッタスがいるというイメージですね。

熱田 僕もそうだと思います。でも今シーズンはマクラーレンに移籍したリカルドに元気がなくて、ちょっと心配です。あんなに速いドライバーがクルマにうまく乗れないと、チームメイトに大きく遅れをとってしまうんだという驚きはあります。ただ今季のマクラーレンは調子がいいし、中盤に入ってフェラーリも速くなっています。その結果、レッドブルとメルセデスの両陣営がいつも表彰台を独占するのではなく、サーキットによってはマクラーレン、フェラーリ、アルファタウリ、アストンマーティンなどが表彰台に上がっています。例年に比べて表彰台のメンツが多彩で、4位以下もどうなるのかがわかりません。まったく予想がつかないので、本当に面白いんです。

ーー最後にこれからの後半戦はどういう写真を撮ってみたいですか? 

桜井 お客さんで超満員になった鈴鹿サーキットのスタンドをバックに、フェルスタッペンがトップでチェッカーを受けて、ラストイヤーのホンダに勝利をもたらすというドラマチックなシーンを撮りたかったんですけどね......。

熱田 本当にそうだよね。もう残念という言葉しかないです。

桜井 日本GPは来年の楽しみとして、やっぱりハミルトンとフェルスタッペンが優勝を争って激しく争うところを何度も撮りたいですね。そして、できれば角田裕毅選手が表彰台に上がるシーンも撮ってみたい。

熱田 トップの2台が競り合って、接触しながらチェッカーフラッグを受けるという、漫画みたいなシーンが撮れたらうれしいですね(笑)。その直後に角田選手がゴールに飛び込んで来たら最高ですね。でも決して夢物語ではないと思います。ハンガリーGPでエステバン・オコン(アルピーヌ)が優勝しているんですから、角田選手が勝つ可能性はゼロではありません。

桜井 アルピーヌでも勝てたので、チャンスは絶対にあるはず。前半戦でも表彰台を狙える機会はアゼルバイジャンGPとハンガリーGPの2回はあったと思います。ハンガリーGPでは序盤に一時4位につけていました。そういう荒れたレースでチャンスをしっかりとつかんでほしい。セバスチャン・ベッテルがトロロッソで初優勝したのは土砂降りの2008年イタリアGPだったし、当時ウイリアムズのランス・ストロールの初表彰台もクラッシュが続出した2017年のアゼルバイジャンGP。そういう時にチャンスをものにしたドライバーが今でもF1の世界で生き残っているんです。

熱田 とにかく今シーズンは僕たちが30年以上、F1を取材してきて、一番面白いと思います。これから本格化するチャンピオン争いを楽しんで、日本でももっと盛り上がってほしいですね。

(終わり)

【profile】 
熱田 護 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦した後、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。取材500戦を超える日本を代表するF1カメラマンのひとり。自身の誕生日の9月28日に、ラストイヤーを迎えたホンダF1の戦いをまとめた2022年カレンダー『Honda Last Battle』(インプレス刊)を発売する。

桜井淳雄 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。新型コロナの影響で昨シーズンの現場での取材を断念したが、今季からは再開。現在、鈴鹿サーキットの公式サイトで特別企画「写真で振り返る2021年シーズン」を連載中。