それは、スパ・フランコルシャン名物のスパウェザーではなかった。 突然降りだした雨がサーキットの一部だけを濡らし、ドライバーたちを翻弄する。それがスパウェザーだ。だから豪雨になったかと思えば、数分後には陽射しが差して、あっという間に路面が乾…

 それは、スパ・フランコルシャン名物のスパウェザーではなかった。

 突然降りだした雨がサーキットの一部だけを濡らし、ドライバーたちを翻弄する。それがスパウェザーだ。だから豪雨になったかと思えば、数分後には陽射しが差して、あっという間に路面が乾いたりもする。それがスパ・フランコルシャンの天候だ。



前方の視界がほとんど奪われた状態のベルギーGP

 しかし、今年のベルギーGPはそうではなかった。レース週末を通して断続的に雨が降り続き、日曜の午後はずっと雨が路面を濡らし続けた。

「グリップレベルが低かったのは確かだけど、それはウエットコンディションでは当然のことだ。でも、自分がどこを走っているのか、前のクルマがどこにいるのかがわからないような状態では、レースはできないよ。

 15時半(最初のフォーメーションラップ)の時点で僕はレースができると思ったけど、あの時は路面コンディションとしては悪くなかったんだ。でも、視界がとても悪かった。もし15時の時点でレースをしていれば、もう少し走れた可能性はあったと思うけど、その後も雨が降り続けて路面はどんどんウエットになってしまったからね」

 予選でポールポジションを獲得したマックス・フェルスタッペンは、25分遅れで始まったフォーメーションラップでセーフティカーの後ろを走り、「レースはできると思う」と無線で伝えた。しかし、後続のドライバーたちはF1マシンが跳ね上げる水しぶきで前が見えず、30メートル先のテールライトも見えず、「5メートル先も見えない」という者もいた。

 ケメルストレートエンドではアクアプレーニング現象が起きており、ウエットタイヤの排水性能を超えた量の水にマシンが路面から浮き上がり、コントロールを失うような状態だった。セルジオ・ペレスはそれ以前のスターティンググリッドに向かう際に挙動を乱してバリアにクラッシュし、マシンを壊してしまっていた。

 ドライバーたちからの報告を受け、レースコントロールはスタートの順延を決め、天候の回復を待つこととなった。

 雨雲レーダー上は常にサーキット上空に雨雲が襲来しており、早期のコンディション改善が見込めるような状況ではなかった。しかし、サーキット南側では雲の切れ目もあり、本来のスパウェザーならば刻々と天候が変わって、その切れ目の間にレースを開始できる可能性もあった。

 興行としては、セーフティカー先導であろうとスタートを切って2周走行すればレースは成立となり、F1もFIAもチームも主催者(サーキット)も、誰も損をしない状況になる。しかし、観戦に訪れたファンは失意のなかでサーキットをあとにすることになってしまう。

 だからこそF1側としても、本来は開始予定時刻の15時から3時間で強制終了となるカウントダウンを残り1時間で止めてまで、レースをスタートできる可能性があるかぎりはぎりぎりまで待つ、という選択をした。せめて1時間だけでも、レースを届けようとしたわけだ。

 メディカルカーによる何度かの確認走行のあと、18時17分になってようやくレースはスタートが切られることとなった。

 セーフティカー先導で各車がコースへと出て行って1周目が始まるが、ドライバーたちからは依然として視界がほとんどないという報告がもたらされ、3周を走行して「レース成立要件」を満たしたところで再び赤旗。そして18時44分にレース終了の通達。周囲はすでに暗くなり始めており、日没までの残り時間を逆算するとデッドラインを迎えてしまったのだ。

 これにより、フェルスタッペンの優勝が決まり、2位には雨の予選で驚異的な走りを見せたジョージ・ラッセルがウイリアムズに表彰台をもたらし、ルイス・ハミルトンが3位という結果になり、レース距離の75%を走破していなかったためハーフポイントが与えられることとなった。

 フェルスタッペンは4時間近くにわたって待ち続けたファンを気遣いながらも、安全が確保できない状況下では致し方のない判断だったと、レースコントロールの決定を支持した。

「もちろんこういうかたちでの勝利は望んでいなかったし、きちんとしたレースができなかったのはとても残念だよ。でも、今日のコンディションではとてもトリッキーだった。レースでは大きな事故が起きるようなリスクは冒したくないし、あの状況でレースをするのは正しいことではなかったと思う。

 ファンのみんなは納得できないかもしれないけど、やはり安全性のことも考えなければならないからね。この寒さと風と雨のなかで遅くまで残って待っていてくれたファンのみんなには本当に感謝しているし、彼らこそが今日の勝者だよ」

 レッドブルとしては雨の予選・決勝にはダウンフォース増大が有利と読んで、メルセデスAMGよりもコーナー重視の空力パッケージを選択した。これが予選で効果を発揮して、ポールポジションを獲得。そして、レースができなかった決勝での優勝12.5ポイントにつながった。

 ウイリアムズのラッセルも同様の戦略が当たり、雨のなかで勇敢かつ驚異的に繊細なドライビングでオールージュやプーオンなどの高速コーナーを誰よりも速く走り、マシンの性能をはるかに上回る2番グリッドを獲得してみせた。

 その一方でメルセデスAMGはレースでの競争力を優先し、ダウンフォースを削って最高速を伸ばしたセットアップがウエットコンディションで不利に働いた。レース週末全体を見渡せば、戦略ミスだったと言わざるを得ないだろう。

 イギリスGP、ハンガリーGPと「レッドブル対メルセデスAMG」の真っ向勝負は繰り広げられず、真の勢力図が不透明なままで迎えたシーズン後半戦だったが、ここでもその明確な答えは見えないまま終わってしまった。

「予選もウエットでしたし、トリッキーな状況だったので、(実力については)なんとも言えない部分がありますが、そんななかでもきちんとポールポジションを獲ったことによって今日のレースのルールのなかで最善の結果につなげることができたという意味では、よかったと思います。この先もいろんなことがあるかとは思いますが、最善を尽くす。それしかないと思っています」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)



フェルスタッペン(中央)とハミルトン(右)のバトルは次戦持ち越し

 フェルスタッペンも全開率が高くパワー寄与率が高いスパ・フランコルシャンで、金曜・土曜と好走を見せたことで手応えを掴み取ったようだ。

「今週は望んだかたちでの勝利ではないけど、週末全体を通してすごくコンペティティブだったし、スパのようにとても長いストレートがあるサーキットでそれだけの走りができたことは、とても大きな意味があると思う。僕らにはいいマシンがあると自信を持っている。とにかくこのマシンからさらに少しでも多くのパフォーマンスを引き出すべく、プッシュし続けるだけだよ」

 F1は後半戦に突入し、いきなり3週連続開催のラッシュに入る。次は36年ぶりのF1開催となるフェルスタッペンの母国オランダGPを迎える。