8月26日、「フレンズオンアイス2021」リハーサルに臨んだ宇野昌磨 8月26日、横浜。翌27日から29日まで開催される「フレンズオンアイス2021」の公演リハーサルが終わったあとだった。リンクの上には、即席の会見場が設けられていた。氷が間…


8月26日、

「フレンズオンアイス2021」リハーサルに臨んだ宇野昌磨

 8月26日、横浜。翌27日から29日まで開催される「フレンズオンアイス2021」の公演リハーサルが終わったあとだった。リンクの上には、即席の会見場が設けられていた。氷が間近で、冷気が濃かった。刹那、記者たちが客席でせわしなくキーボードを打っていた音が止み、カメラの放列が同じ方へ向いた。

 宇野昌磨(23歳、トヨタ自動車)が氷の上をひょこひょことした足取りで歩いてきて、3つ用意された真ん中の席に座った。白いマスクが小さな顔を覆い隠す。しかし柔らかく人懐こい声は、朗らかな人柄と気力の充実を同時に感じさせた。

「シーズンに入る(前の)一番、最後のアイスショーで。これを機に切り替わる節目になるだけに、より競技に近い構成で滑りたいと思っています」

 宇野は右手にマイクを握って、意気込みを語った。来年2月の北京五輪を控え、限界突破に挑んでいた。

「僕はいつも、その時にできるジャンプを限界まで入れたいと思っていて。今年はいろんなジャンプが偶然、良い方に向いています。なので、4回転をいつもより多く想定して練習していますが、それは北京五輪シーズンだからというわけではなくて。それこそ『五輪シーズンだから(確実性の高い)まとめた演技を目指すべきでは?』と言われても、『自分の成長を』と(いう気持ちがあって)。先を見据えて、もっともっと成長するために今年も挑戦できたらと思っています」

 宇野はそう言って、自らの戦い方を見据えていた。単純な強さよりも、純真にスケートを楽しめるか。自分を裏切れない性分だ。

 五輪シーズンも、宇野に力みはない。

 前回の2018年平昌五輪、宇野は20歳で初出場し、銀メダリストになっている。ショートプログラム(SP)、フリーともに3位だったが、トータルで2位。フリーでは冒頭のジャンプは転倒も、美しいトリプルアクセルから疾走した。自分を信じ切った時の演技は、輝きを身にまとった。

 以来3年半、宇野は少しも守りに入っていない。2018年12月の全日本選手権では足首を痛めていたにもかかわらず、決然と演技に挑んだ。優勝後、彼はこう明かしていた。

「6分間練習ではあまりに何もできず、笑っていました。辛い、悲しい顔をしても誰も得はしないので、これはやるしかない、とだけ思って、追い込まれた時に初めて、本当に自分を信じられたのかもしれません」

 宇野は厳しく自分と対峙してきた。少しも満足せず、さらなる飛躍を求めた結果、コーチ不在の事態に陥って苦しむこともあった。しかし冒険を挑んだからこそ、ステファン・ランビエルコーチとの出会いも生まれた。それは2019年12月の全日本選手権4連覇にもつながっている。

「宇野昌磨の生き方はこうなんだ、って姿を見せたい」

 彼は王者の孤高と向き合う。その原動力は、誰かと比較する競争心ではない。そこにある自分を常に超える。そのためには自らがスケートを心から楽しみ、それを観客に伝えて熱気を起こす。その呼吸によって、彼のスケーティングは完結するのだ。

 この日のリハーサルでは、今季のSPに予定している『オーボエ協奏曲』を滑っている。

 関係者と報道陣だけのリンクだったが、自分の曲で滑り出した時の彼は引力があった。冒頭の4回転フリップは跳ばなかったが、4回転トーループは成功。音を拾い上げる姿は際立った。上半身と下半身が別の生き物のようにうごめき、切なさや儚さや激情をそこに生み出す。演技が終わった時、ひと際大きな拍手が上がった。

「一つひとつ、例年よりいいジャンプが跳べているので、試合につなげられるように練習していきたいと思っていて」

 スポットライトを浴びる宇野は頬を紅潮させ、唇は赤みを増し、肌を輝かせていた。

 現状、実は不確定要素が少なくない。ランビエルコーチとの調整はコロナ禍で滞り、SPの曲もマイケル・ジャクソンの『アースソング/ヒストリー』になる可能性も捨てきれないという。今後の日程も、ランビエルが来日するか、宇野がスイスに行くか、未定だ。

 しかし、不安の影は見えなかった。

「試合までまだ時間がありますが、今の調子でいけたら、(『ボレロ』を使用するフリーは)ループ、フリップ、サルコウ、トーループと4回転は4種類全部、5本入れたいと思っています。『フレンズオンアイス』が終わり次第、とりかかろうと。今までスケートをやって来て、一番難しい構成になると思っています。たとえば、ループを試合で使うのは4年ぶりで、まだ自信はないですが、練習で跳べるようになってきていますし、試合で成功させるのが楽しみです」

 彼は明るい声で言った。そこに迷いは見えない。探求心に似た決意がにじんだ。

「日本(のフィギュアスケート)はレベルが高いので。僕も五輪に出場できるように、毎日を大切にして全力でトレーニングを頑張りたいと思っています」

 峻厳なる道を、宇野は自身と向き合い、奔放に進む。