中野信治が解説するF1 2021後半戦前編「チャンピオン争い」中編「角田裕毅の課題」はこちら>>後編「ベテランたちの復活」はこちら>>今週末(8月27〜29日)の第12戦ベルギーGPからF1 2021シーズンの後半戦がスタートする。約1カ月…

中野信治が解説するF1 2021後半戦
前編「チャンピオン争い」

中編「角田裕毅の課題」はこちら>>

後編「ベテランたちの復活」はこちら>>

今週末(8月27〜29日)の第12戦ベルギーGPからF1 2021シーズンの後半戦がスタートする。約1カ月の夏休みのあと、ベルギー、オランダ、イタリアといきなり3連戦で再開するが、大接戦が続くメルセデスのルイス・ハミルトンとレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンによる王座争いをはじめ、見どころは多い。そこで今回、DAZN(ダゾーン)で解説を務める元F1ドライバーの中野信治さんに全3編にわたって後半戦の見どころを語ってもらった。



メルセデスと王者争いを繰り広げるレッドブル・ホンダ

 今シーズン、レッドブル・ホンダがよくなるだろうと開幕前から予想がついていましたので、チャンピオン争いがワンサイドゲームにはならないと思っていました。でも、メルセデスとレッドブル・ホンダがファステストラップの1点をとり合うほどの大接戦になるとは予想していませんでした。

 いい意味で裏切られましたね。レースの展開にも同じことが言えると思います。今年に入って戦い方が変わってきているように感じます。これまでは展開を見ていると、「こういう作戦を取ってくるだろうな」となんとなく予想ができましたが、今年は「そうきたか」という予想外の場面が何度もありました。

 相手の3手先、4手先を見ながらレースを戦っている印象を受け、これは人間の頭で瞬時に処理できる領域なのかなと疑問に感じていたのですが、トップチームは人工知能(AI)を戦略やセットアップ、アップデートなどに活用し始めているようなんです。いまやF1はマシンだけでなく、そのバックグラウンドでも最新技術を駆使して、高度なバトルを繰り広げているのです。

 とはいえ、コース上で戦うドライバーに対して求められるものは基本的に今も昔も変わっていません。チームが持ってきたプラン通りに戦えるかどうかという能力が問われています。その能力が優れているドライバーが今、メルセデスのルイス・ハミルトンとレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンということです。


2021シーズンの王者争いについて語った中野信治さん

 photo by Tatematsu Naozumi

 8度目の世界王者を目指すハミルトンの強みは、やっぱり圧倒的な経験値です。フェルタッペンがタイトル争いをするのは今シーズンが初めてです。その経験をハミルトンは過去に何度もしてきています。経験という面ではちょっと抜けていますね。

 だからこそ、賢いレースができている。フェルスタッペンと接触し、10秒のタイムペナルティが課された第10戦のイギリスGP、チームのタイヤの選択ミスで最後尾から追い上げることになった第11戦のハンガリーGP、この2戦でもチームと一丸になってリカバリーし、しっかりと結果を残しています。積み上げてきた経験による部分は大きいと思いますね。

 反面、年齢を重ねている分、やっぱり若い頃のようなキレキレのドライビングはできなくなっているように感じます。かつてのハミルトンは強引にマシンをねじ伏せるような走りをしていましたが、現在は力を技に転換して、いなしながら走らせるということを覚えています。そこがすごいなと感心します。

 対してフェルスタッペンは、若い頃のハミルトンと同等か、それ以上のキレキレの走りができています。ただ、追い上げていく時や接戦の時のフェルスタッペンの動きを見ていると、速さはありますが、かなりリスクを伴った走りをしているように見えます。

 ハミルトンはそれほどリスクを冒しているように僕には見えません。第2戦のエミリア・ロマーニャGPで周回遅れのジョージ・ラッセルを抜くのを急いでクラッシュしましたが、それ以外のところでは確実にやっています。リスク管理の面ではハミルトンのほうが一枚上手かなと感じます。

 でも、速さや勢いでは、やっぱり若いフェルスタッペンのほうが若干上回っていると思います。結果的にフェルスタッペンが完成されてない部分があることで、ハミルトンとの力関係のバランスがちょうど取れている印象です。

 ふたりの力関係を如実に表わしていたのが、シルバーストン・サーキットで開催された第10戦のイギリスGPだったと思います。1周目のふたりのクラッシュシーンはまさに前半戦のハイライトであり、今季のチャンピオン争いの激しさを象徴していました。僕は何度もコプス・コーナーでの接触シーンをスローモーションで見直しましたし、自分でシルバーストンを何度も走った経験も踏まえて言わせてもらえば、お互いに"当たるだろうな"とわかっていたと思います。

 ハミルトンがコプスでインに入った時点で、もうフェルスタッペンとしては(接触を避けるために)引くしかなかった。レース終盤、ハミルトンとフェラーリのシャルル・ルクレールが同じような状況になりましたが、ルクレールはアウト側に飛び出していきました。あれしか接触を避ける方法はないんです。

 でも勝利のためにふたりともあそこで引くことはできなかった。低ダウンフォースのセッティングで直線スピードが優っていたハミルトンとしては高速コーナーのコプスで前へ出なければ、追い抜きのしづらいシルバーストンではフェルスタッペンにずっと抑えられることになります。逆にハイダウンフォース仕様のレッドブル・ホンダに乗るフェルスタッペンはストレートの速度が伸びないので、あそこでハミルトンに先行されたら逆転するのは難しいとわかっていました。

 両者にとって"勝つためにはここしかない"という勝負所だったので、当たるべくして当たったと思っています。勝利に対して貪欲なふたりが譲れない戦いを繰り広げているなかで起こったレーシングインシデントというのが僕の結論です。

 まさに1980年代後半から90年代前半にかけてのアイルトン・セナとアラン・プロストの戦いの再現と言っていいと思います。チャンピオン争いがさらに過熱していけば、後半戦にはシルバーストンのような際どいシーンがこれからも起こり得るはずです。

 極限状態に追い込まれた時にどういう動きをするのか。そこで、ハミルトンとフェルスタッペンはドライバーとしての真価が問われるだろうし、チャンピオンの行方を左右する大きなポイントになると思います。

 引いたほうがいいのか、攻めたほうがいいのか。その判断はその場その場で変わってきますが、最終的には賢いドライバーが最後にタイトルを手にするでしょう。圧倒的なマシンの性能があれば別ですが、今季のような拮抗した状況では、頭を使ったドライバー・チームが勝つと思います。

 ベルギーから始まる後半戦でフェルスタッペンの戦いがどう変わっていくのか、という点に僕は注目しています。自分に足りないものがあることを受け入れて変わっていかないと、進化できないと思います。しかし大概のドライバーは、なかなか自分に足りない部分がある事実をなかなか受け入れられない。"俺は速いんだ、正しいんだ"と思ってしまう。

 かつてのハミルトンもそうでした。でも彼も2016年にチームメイトのニコ・ロズベルグとのチャンピオン争いで負けたあと、大きく変わっていきました。持ち前の速さに加え、メンタルをしっかりとコントロールする術を身につけ、チームやファンを味方につけ、賢く強いドライバーへと進化していきました。

 ハミルトンとフェルスタッペンの走りを見比べると、安心感があるのはハミルトンのほうです。第12戦のハンガリーGPでのフェルナンド・アロンソと超接近戦のバトルは見事でしたが、両者が接触する予感はまったくしませんでした。それは世界チャンピオンを経験しているふたりはお互いに引くことの大事さを知っているからだと思います。マシンが圧倒的に強ければ勢いでタイトル獲得まで突っ走ることができますが、接戦になればなるほど、やっぱり速さ以外の部分が大事になってきます。

 フェルスタッペンは夏休みの間に前半戦を振り返り、どういう戦い方をすればチャンピオンを獲れるかと、さまざまな角度で研究・分析していると思います。その結果、どう進化していくのか、僕は楽しみにしています。

 チャンピオン争いの行方は正直、まったく読めません。勝負のカギを握るのは、後半戦でどちらのマシンに合っているサーキットが多いかだと思いますが、今季はどんな特性のサーキットをどっちのチームが得意なのか、明確には読めない。こうだろうなという予想を何度も裏切られています。結局、どうなるかわからないからこそ面白い。今シーズンのF1はその言葉に尽きると思います。

(中編につづく) 

【プロフィール】 
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。