中野信治が解説するF1 2021後半戦 後編「ベテランたちの復活」前編「チャンピオン争い」はこちら>>後編「ベテランたちの復活」はこちら>>今週末(8月27〜29日)の第12戦ベルギーGPからF1 2021シーズンの後半戦がスタートする。後…

中野信治が解説するF1 2021後半戦 
後編「ベテランたちの復活」

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今週末(8月27〜29日)の第12戦ベルギーGPからF1 2021シーズンの後半戦がスタートする。後半戦を盛り上げてくれそうな存在がベテランのセバスチャン・ベッテルとフェルナンド・アロンソのふたりの元世界チャンピオンだ。34歳のベッテルはトップチームのフェラーリのシートを失い、優勝経験のない新生アストン・マーティンに移籍。40歳のアロンソもアルピーヌから3年ぶりにF1復帰を果たしたが、ふたりに対しては「すでにピークをすぎた」との声が上がっていた。ところが大方の予想に反して、元気いっぱいの走りを見せている。光を失いかけたベテランたちが復活できたのはなぜなのか。元F1ドライバーの中野信治さんに解説してもらった。



40歳でF1復帰を果たしたフェルナンド・アロンソ

 ベッテルは第5戦のモナコGP、続くアゼルバイジャンGPのストリートサーキットから急に勢いが出てきて、第11戦のハンガリーでは2位でフィニッシュしました。レース後に燃料の規定違反で失格となりましたが、すごくいい走りをしていました。

 F1はメンタルのスポーツなので、気分的に"いける"という自信が芽生えてくると、クルマの限界を引き出して速く走れるようになっていきます。特にベッテルはメンタルに左右されやすいドライバーなので、精神状態が如実に成績に反映されているように感じます。

 昨シーズンのベッテルはチームに対する信頼を完全に失っていて、すごくネガティブになっている印象を受けました。でもアストン・マーティンに移籍して、スタッフからエースとして頼られ、本人もチームやマシンに対する信頼を深めていくにつれて、本来の実力を発揮し始めました。

 もともとレッドブル時代に4連覇(2010〜13年)したほどの実力のある選手です。肉体的にもまだ衰えるような年齢ではないし、彼が遅いわけがないんです。でも、このスポーツは、自分自身の気持ちのバランスが崩れてくると、走りも少しずつ崩れてくる。そこを今、ベッテルはうまく修正し始めてきていると思います。



後半戦の注目ドライバーを挙げた中野信治さん photo by Tatematsu Naozumi

 それはアロンソも一緒ですね。ほんの些細なことがきっかけなんです。"ああ、自分はまだできる"と感じることができた瞬間に、集中力が増して最高の力を発揮できる"ゾーン"に入っているんだと思います。

 しかもアロンソはとにかく負けず嫌い。それが遺憾なく発揮されるのがスタートやオーバーテイクの時ですね。うまいし、周りがよく見えていますし、何よりも気持ちが強い。40歳になっても闘争心や体力に衰えが一切感じられません。"バケモン"ですよね。

 もともと能力が圧倒的に高かったからこそ、今も活躍できるというのもあると思うのですが、F1を離れて3年が経っています。アロンソといえども、F1のトップレベルのスピードを取り戻すまでには結構苦しむと予想していました。でもシーズン中盤に入って、速さを取り戻してきたことに、正直驚いています。

 アロンソのすごさはチャレンジャーであり続けること。F1で2度も世界王者になったら、なかなかインディ500やルマン24時間レースなどの別カテゴリーのレースには挑戦しません。ダメだったらどうしようと考えてしまうのが普通ですが、彼はそんなことは関係ありません。畑違いのダカールラリーにまで参戦しています。しかも当然、勝つつもりで走っています。そのチャレンジ精神には敬服します。本物のレーサーであり、ファイターです。

 自分のレース人生の中であれだけいろんなチャレンジをし、楽しんでいます。最高ですよね。多くのドライバーが彼をリスペクトして、僕もそのひとりです。だからこそアロンソは他のドライバーとすごいバトルができるという側面があります。

 ハンガリーGPでルイス・ハミルトンと超接近戦のバトルを繰り広げましたが、当たるところまでいかないですよね。ハミルトンでさえ、ちょっと遠慮しています。相手に引かせるとい言いますか、"これ以上、接近したら当たるからな。わかっているよな"という気迫があります。そういう意識を相手に植え付つけることはすごく大事なんです。アロンソのバトルの巧さやチャレンジ精神というのは若いドライバーたちにはぜひ見習ってほしいですね。

 前半戦はベテランだけでなく若手ドライバーも光りました。特に印象に残ったのはマクラーレンのランド・ノリスとウイリアムズのジョージ・ラッセルです。現在21歳のノリスは若い頃のハミルトンのようなキレ味の鋭い走りをします。簡単に言うと、誰よりも早くクルマの向きを変えて早くアクセルを踏むというドライビングです。あの大きなF1のマシンをまるでゴーカートのように向きを変えて、もう自由自在に操ることができます。

 オーストリアGPでのノリスとマックス・フェルスタッペンの走行データを見たのですが、持っているスピード感覚がすごく似ています。コーナーを駆け抜けていく時のアクセルの抜き方や踏み方などのデータを見ると、将来、確実にワールドチャンピオンの候補のひとりになると確信しました。

 ノリスが特に優れているスピード感覚というのは、限界を見極める能力です。これは教えてもなかなか身につかない感覚で、生まれ持ったセンスと言ってもいいかもしれません。

 日本のレースと異なり、ヨーロッパは路面のミュー(摩擦係数)やタイヤのグリップも高くないので、限界を見極めることがすごく難しいのです。さらに言えば、ヨーロッパのレースでは大体、ここが限界だとドライバーが感じたところのちょっと先に本当の限界があります。その領域で走れないと一流ドライバーとは言えません。

 だから限界点が高いドライバーはその付近でのコントロールにすごく余裕があるんです。逆に限界点が低い人は、もうその付近でいっぱいいっぱいになってしまう。フェルタッペンやハミルトンは限界のレベルがすごく高い次元にありますが、ノリスも今季タイトルを争うふたりと同じようなスピード感覚を持っていると思います。

 ノリスは感覚的に走るドライバーですが、23歳のラッセルは業師です。他のマシンに比べてダウンフォースの少ないウイリアムズのクルマをあれだけうまく止めて、細かくタイムを稼いでいきます。彼のドライビングには無駄がないし、ミスもない。ひとつのコーナーというよりはコース1周でどういうふうにタイムを稼いでいくかというのを感覚的に感じとって完璧にまとめてきます。その集中力は見事ですね。

 彼もある意味、天才です。クルマのよいところと悪いところを理解して、緻密に計算されたかのように走ってしまう。まるでコンピューターのよう。4度の世界チャンピオンに輝いたアラン・プロストにちょっと似ているかもしれません。

 そのラッセルは来季メルセデスに加入するという噂が出ていますが、彼が活躍するにつれてハミルトンのチームメイト、ボッタスの流れが悪くなっています。これは復活したベテランのベッテルやアロンソとは逆の現象が起きているのではないかと僕は思っています。

 ボッタスは決して悪いドライバーではありません。落ち着いて戦っている時は速さがありますし、確実に仕事をこなしてきます。ハミルトンのようにシーズン通して安定した速さを発揮できるかと言えば難しいと思いますが、自分に合ったサーキットでは時にはハミルトンを上回るスピードを披露します。

 ハミルトンに対して過度なプレッシャーをかけず、なおかつ気持ちを緩めさせないという部分では、メルセデスにとって理想的なチームメイトだと思います。でもラッセルという存在が現れ、自分のシートがどうなるかわからないというプレッシャーにさらされている状況のなかで、ボッタスのドライビングに迷いというか、乱れが現れています。

 その乱れが最初はほんの少しだったのですが、徐々に広がり始めているように見えます。そうなってくると、悪い流れを断ち切ることは困難です。周りからいろんな声が聞こえてきて、ドライバーは知らず知らずのうちに心理的な重圧に飲み込まれ、本来の力を発揮できなくなっていきます。いくら平気だ、関係ないと言っても絶対にプレッシャーがかかるんです。今、ボッタスはクリアな精神状態で戦うことは難しいと思います。それほどF1はメンタルが重要なスポーツなんです。

 後半戦がスタートすると、来年のドライバーの契約を決めければいけない時期になります。メルセデスがハミルトンのチームメイトについてどんな判断をし、いつ発表するのか。それが今年のタイトル争いに大きな影響を与えるポイントになっていくのかもしれません。

(終わり)

【プロフィール】 
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。