「THE ANSWER スペシャリスト論」バレーボール・大山加奈 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「T…

「THE ANSWER スペシャリスト論」バレーボール・大山加奈

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。元バレーボール日本代表の大山加奈さんが「THE ANSWER」スペシャリストの一人を務め、バレーボール界の話題、自身のキャリアからスポーツ指導の哲学まで定期連載で発信する。

 今回のテーマは「母になった今、我が子と社会への願い」。2月19日、双子の女児を出産した大山さん。5月から徐々に仕事を再開し、仕事と育児を両立している。すべてが初めての経験にさまざまな喜びと悩みを感じながら、日々奮闘中だ。女性の社会進出が叫ばれる今、2人の我が子への想いと社会に感じる課題について、率直な考えを明かした。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 大山さんはママになって、世の中のママへの想いに変化が生まれている。

「人を育てる、生かす。それは本当に大変なこと。世の中のお母さんたちは、とんでもないことをやってのけていると感じました。当たり前のように子育てをされるから、子供の成長も当たり前のように思えてしまいますが、そうではありません。すごく尊いことをされていると実感します」

 取材は6月。出産から4か月あまり、自身もいくつもの幸せな瞬間がある。その一つが、子供と「見えない何か」で繋がりを感じる時。「私以外の人がだっこしたら泣いているのに、私がだっこしたら泣き止んでくれることがあって」と明るく笑い、母としての喜びを明かした。

 数年間の不妊治療を経て、36歳で宿った2つの命は、多くの支えを受け、産声を上げた。

 産前の経過はほぼ良好。「双子なのにすごいね」と言われるくらい。予定日3週間前の検診で切迫早産と診断を受け、即入院となったが、その後は予定日に出産を迎え、帝王切開に。1分差で生まれてきた2人の泣き声を聞いた瞬間は「今までに経験したことがない感情」になった。

「喜びと幸せが湧いて、本当にほっとしました。無事に生まれて、無事に泣いてくれて。私も涙がぶわーっと出て、人生で一番の幸せを感じました」

 たださえセンシティブになる初産で、より不安にさせたのはコロナ禍であること。3週間の長期入院期間中も面会禁止。夫をはじめ、家族・友人とも会えず、孤独を強いられた。「毎日毎日、無事に生まれてきてくれるだろうかと不安で……」。救ってくれたのが、助産師の存在だ。

「助産師という仕事は素晴らしい仕事と思いました。助産師さんがいなければ、私たちはいないと思うと尊敬しかありません。不安を抱えながら過ごす中で仕事以外でも相談に乗り、話し相手になってくれて。本当に明るく優しい方たちばかり。心のケアをしていただき、本当に助けられました」

 感染対策により出産に夫は立ち会えなかったが、2586グラムと2606グラムの女の子はしっかりと大山さんの胸に抱かれた。

多胎児家庭への支援、双子用ベビーカーの横幅…母になって発見したこと

 多くの母がそうであるように、母の大変さを経験した。大山さんの場合は双子。多胎児ならではの悩みもある。

「同時に泣かれるとお手上げです。2人いるから、ちょっと泣かせておくのは仕方ないと自分に言い聞かせていますが、1人だったらすぐにだっこしてあげられるとよぎり、待たせている時は心苦しさがいっぱい。もっとだっこしてあげられる、もっと愛情をかけてあげられると思ってしまいます」

 家事はすべて夫が担当。洗濯、掃除、料理をこなし、大山さんは子供に集中できる。5月から徐々に仕事を再開。妹夫婦やマネージャーらにサポートを受けている。「本当にたくさんの人の力を借りて……。それでも2人いる分の負担もかけてしまい、難しさを感じています」という。

 一方、出産をしたことで、いくつかの発見があった。

 例えば、ベビーカーを押しての移動はエレベーターの乗り降りもひと苦労。双子用は横幅を取るため、周囲への配慮を考えると、買い物すら「どうせ無理じゃないか」と躊躇。「多胎児家庭の方は私と同じような理由で家に閉じこもってしまう方がいるので心配になります」と打ち明けた。

 アスリートならではの体の負担もある。怪我に悩まされ、引退した大山さん。「腰も膝も痛くて。まだ生活できるレベルですが、寝る前に毎日30分かけてケアしています。もう現役以上に。そうしないと次の日は持たないので」。4か月で8キロ近くに成長した2人を同時にだっこする時もある。

 役所の手書きも何かと煩雑。予防接種の手続きは1人5枚分を計10枚書いた。良い発見もある。自宅のある品川区は生後3歳になるまでの乳児を育児中、区が提携している事業者「産後ドゥーラ」の家事・育児支援サービスの補助を受け、利用することができた。

「双子家庭は月120~140時間分の助成を受けられます。料理や子守りなどをやってくださる。ほかの区はそもそもなかったり、少なかったり。こういうサポートがもっと増えると、出産しようという方も増えるのではないか。私も産後ドゥーラさんがいなかったら、かなり厳しかったです」

 元日本代表の杉山祥子さんら、バレーボール界の先輩ママにもアドバイスを受けながら育児に奮闘する日々。先輩に未来に視線を向けると、仕事と子育ての両立は「正直、まだ悩んでいる」というのが本音だ。

「保育園に入れるかも、その一つ。私は月~金のフルタイムじゃないからこそ、余計に。そもそも保育園はなかなか入れないので、入れるならもう動かないといけないとか。子育てをして悩むことが増え、日々悩んでいます」

 特に、仕事中に周囲に任せる育児には常に葛藤がある。「うちの子はミルクを嫌がるので、我慢をさせてしまっているな」と感じる。

「そんな我慢をさせてまで仕事すべきなのか。でも、これは働くお母さんがそれぞれぶつかる壁と聞きます。SNSには『大山さんも感じているんだ』『心が楽になりました』というメッセージが届くので。そうやって同じ気持ちを共有し、自分だけじゃないという発信は続けていきたいです」

双子を授かったことの使命「周りを頼ることは悪いことじゃない」

 影響力のある元アスリートとして使命も持っている。特に、双子の母になったこと。「神様からの使命ではないですが、絶対に意味があることだと思っています」と言う。

「双子がいると何かとハードルが高いですが、『こんなに輝けるんだよ』とお母さんたちに伝えたい。でも、それは一人では難しい。私も多くのサポートを受けているので、『周りを頼ることは悪いことじゃないよ』とも伝えたい。こんなに頼ってしまっていいのか、これが子供にとって正解なのか、つらい思いをしてまで働くべきなのか。そんなことを私も感じているので、お母さんたちに寄り添いながら考えていきたいと思います」

 女性の社会進出が叫ばれる時代。一人の女性として社会に感じることは何か。

「育児は女性がするもの。家事は女性がやるのが当たり前。そういう風潮はまだ強く残っていると感じます。でも、それってなんでなんだろうと。その部分はもっと変わっていってほしい。お父さんたちがやると『偉いね』『あのパパ、凄いね』と褒められる。もちろん、それは素晴らしいことですが、ママのことももって褒めてあげてほしい。本当にすごいことをしているから。そういう世の中になると女性も働きやすくなるはずです」

 引退後はスポーツ界に依然として残るスパルタ指導や勝利至上主義などの問題に積極的に取り組み、スポーツ教室や講演などを行ってきた大山さん。自身も子を持つ立場になり、価値観も少し変わった。

「誰かの役に立つこと、必要とされることにすごく喜びを感じ、私の活動のベースになっています。スポーツをやっている子供たち、バレーボールを選んだくれた子供たちを幸せにしたい気持ちが強かったですが、今はすべての子供を幸せにしたい気持ちが膨らんでいます。子供は愛されるべき存在。絶対に幸せにならなくてはといけないと思うので、バレーボールという狭い世界だけじゃなく、もっと広い目で子供を幸せにしたいです」

 そのためにも最も大切なのは、2つの大切な命に愛情を注ぐこと。我が子への感情を聞くと、こんな言葉が返ってきた。

「ただ本当に、無事に大人になってほしい。大げさではなく、寝る前に毎日、神様にお願いしています。妊娠・出産もそうですが、それくらい子供が育ち、無事に大きくなっていくのは奇跡。ただただ健康で、無事に大人になってほしい。それを自分も健康で見届けたい。それが何よりの願いです」

 母になった大山さんの偽らざる想いだ。

■大山加奈 / THE ANSWERスペシャリスト

 1984年生まれ、東京都出身。小2からバレーボールを始める。成徳学園(現下北沢成徳)中・高を含め、小・中・高すべてで日本一を達成。高3は主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成した。01年に日本代表初選出され、02年に代表デビュー。卒業後は東レ・アローズに入団し、03年ワールドカップ(W杯)で「パワフルカナ」の愛称がつき、栗原恵との「メグカナ」で人気を集めた。04年アテネ五輪出場後は持病の腰痛で休養と復帰を繰り返し、10年に引退。15年に一般男性と結婚し、今年2月に双子を出産した。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)