マネジメントの極意星野佳路×遠藤功対談(前編)経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。第3回のゲストに迎えたのは、星野リゾート代表の星野佳路氏。学生時代、慶應義塾大学アイ…

マネジメントの極意
星野佳路×遠藤功対談(前編)

経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。第3回のゲストに迎えたのは、星野リゾート代表の星野佳路氏。学生時代、慶應義塾大学アイスホッケー部の主将として活躍した星野氏は「勝つためのチームづくり」を実践したという。当時のエピソードや星野リゾートの組織づくりの話とともに、リーダーに求められる資質について聞いた。



経営コンサルタント・遠藤功氏(左)と星野リゾート代表・星野佳路氏(右)

【個の力が弱いチームは、どうしたら勝てるのか】

遠藤功(以下:遠藤) 星野さんは大学時代、アイスホッケー部でキャプテンを務めていたそうですね。以前、インタビューさせていただいた時、星野さんは「リーダーというよりもキャプテンなんだな」と思ったんです。そのインタビューで星野さんがおっしゃっていた「フラットな組織をつくる」「現場に原石がある」という言葉も、キャプテンだからこそ出てくるのかなと。

星野佳路(以下:星野) もともと積極的な性格ですが、中学からアイスホッケーを始めて体育会で育ってきたことも影響していると思います。リーダーシップの"肉づけ"はスポーツをとおして培ったと思います。

遠藤 アイスホッケー部ではどんなチームを目指していたんですか?

星野 強豪チームではなかったので、「もともと実力がない個人が集まってチームになった際、どうやったら勝てるのか」だけを真剣に考え、改革を行なう必要がありました。そこで、本来4年生が指名されるところを、自分の代で何が何でも「勝つチームになる」という目標を掲げて3年時に立候補し、主将になったんです。勝つためにはどんなチームであるべきか、どんな練習をして、どんな日々を過ごせばいいかを考え抜く。そこで差をつけるしかありませんでした。

遠藤 どんな課題を抱えていて、どう工夫したんですか?

星野 たとえば、私がいたチームでは下級生の間はしごかれるものの、学年が上がるにつれて練習量が減っていってしまう、という課題がありました。3、4年生になるとレギュラーの座に甘んじて練習量が減り、練習量の多い1、2年生は「自分はまだレギュラーになれないから」と当事者意識がない。これではチーム力は高まりません。「このチームを勝たせよう」というモチベーションがメンバー間で共有されていないと、"強いチーム"は成り立たないんです。だから、レギュラーメンバーにこそ、練習を増やすように焚きつけました。

遠藤 その時の経験が今の組織づくりにもつながっていますか?

星野 そうですね。キャプテンとしてチームマネジメントに関わってきた経験があったので、経営コンサルタント、ケン・ブランチャード氏が唱えるエンパワーメント理論(個人や集団のポテンシャルを引き出すための考え方)を知った時、深く共感しました。それ以来、星野リゾートではスタッフのモチベーションを高めるための、「エンパワーメント」に取り組みはじめました。

遠藤 トップダウンで指示を出すのではなく、メンバー一人ひとりが本来持っている力を引き出すことで強いチームをつくり上げるという考え方ですね。会社の組織づくりだけでなく、スポーツのチームづくりにおいても参考になりますよね。

【うまくいくチームには、リーダーに対する納得感がある】

星野 星野リゾートが目指しているのは、自分で考え、発想し、意見を言う自由があるフラットな組織。やるか、やらないかは本人次第で、言いたい人が言える、やりたい人がやれるという環境を大事にしています。たとえば、星野リゾートでは、ホテルの総支配人やユニットディレクターなどの管理職は立候補制にしているんです。

遠藤 リーダーを立候補で決めるというのはおもしろいですね。

星野 その役職が向いているかどうかは、実際にやってみないとわからないんですが、それで構わないと思っています。それに、手を挙げなくてもその人が不利になることはありません。

遠藤 その制度は、ご自身がアイスホッケー部の主将に立候補して、チームを改革した経験にヒントを得ているのでしょうか。

星野 なぜ立候補制にしているかというと、私が入社した当時、星野リゾートは年功序列の組織だったんです。これはマズいと思い、見直したのですが、トップダウンで人事を決めるとどうしても限界があります。抜擢すると「えこひいき」、抜擢しないと「年功序列」と言われる。それに、能力が高いと思った人が必ず成果を出すとも限りません。

 結局、うまくいくチームというのは、「リーダーに対する納得感」があるんです。納得感がなければお互いに足を引っ張り合い、チームがまとまりません。

遠藤 とても大事な指摘ですね。星野さんが考える「いいチームをつくるリーダー」とは?

星野 優れたリーダーというのは、いわゆる「優秀な人」というよりも、チームをうまくまとめて、フラットな組織のなかでスタッフの力をフレキシブルに活用できる人だと思います。以前、そういう人にはどんな特徴があるのかを調べたところ、行動力と決断力がある人だとわかったんです。

遠藤 そういう人に対しては、チームが納得できると?

星野 何が本当にいいかはやってみないとわからないですし、予想外の結果が出ることもあります。ですから、まずは試してみる行動力が、リーダーとしての重要な資質です。「優秀な人」だと、全部を理詰めで予定調和的に進めてしまう傾向があり、そこが納得感につながらないんです。

 そして、試してみた結果がダメならすぐにやめる。スピード感のある決断ができると、チーム内にフラストレーションがたまりにくく、みんなが納得感を持てるんです。

遠藤 つまり、リーダーはオールマイティでなくてもいいと?

星野 そうですね。私自身、オールマイティどころか、市場の感覚を深く理解できていないかもしれません。そのかわり、顧客満足度調査は社内で共有するようにしています。数字として「見える化」することで、私が関与しなくても、スタッフが自分たちで改善をしていく。

遠藤 スタッフが主体的に動いて、勝手にまわっていくんですね。

星野 「星野リゾート 青森屋」におもしろい調理スタッフがいました。ある時、彼はお客様に出す料理のマグロを1枚ずつ減らしていったんです。今週は6枚、翌週は5枚+イカ、というように。何枚までマグロを減らすと顧客満足度が下がるかを調べて発表してくれました。そこから、お客様に満足してもらえる最低提供枚数が見えてきたんです。

遠藤 まさに、現場力ですね。現場が自分たちでいろいろ試して、合理的な答えを導き出す。トップダウンで「マグロは5枚にしろ」と決めるわけではないんですね。

星野 参考になるような指標やツールは提供しますが、あとは自分たちで判断してもらうんです。私たちの業界にいるのは、目の前のお客様に喜んでもらいたいという人たち。必要なツールを与えることで、育てなくても自然に動いてくれるんです。

 トップダウンであれこれ指示を出すと、スタッフの能力が100あるうち、30くらいしか発揮できない環境になりかねない。そうすると、本人はおもしろくないだろうし、成長もしない。100ある能力のうち、90、100を引き出す環境をつくれるのがいいリーダーであり、いいチームだと思います。

遠藤 自分たちで考えた結果だから納得感があるし、結果的にチーム全体の成長につながるんですね。

【みんながワクワクするビジョンを設定する】

遠藤 リーダーにはチームを鼓舞する役目もありますよね。星野さんは普段どんなことを意識しているのですか?

星野 大学院で学び、今も重視しているのは、ビジョンの設定です。当時の教授は、「ビジョンというのは、現在の組織と違ったものであることが大事」だと話していました。しかし、実際は世界の多くの組織では、現在の姿と近いビジョンを設定しがちです。それだと夢がないですし、ワクワクもないと思います。

遠藤 ちょっと頑張れば達成できる範囲に留めてしまうんですね。

星野 私が考えるビジョンの役割は、夢を与えること。逆に言えば、ワクワクしないビジョンは設定する意味がないと思っています。どんなに遠くてもいい、不可能に見えてもいいので、夢のあるビジョンを設定することが、強い組織、チームづくりの土台だと思います。

遠藤 今、日本企業の経営者の多くが、未来のあるべき姿から現在すべきことを考える「バックキャスティング」が十分にできていないと言われています。現状に近い目標設定をビジョンと思い込み、一方で社員はまったくワクワクしていない。それが、組織の活力を失っている1つの理由かもしれませんね。

星野 リーダーがどういうメッセージを発信するかが大事だと思います。1992年に私が「リゾート運営の達人になる」というビジョンを発表したとき、多くの方から絵空事と言われました。それでも私が迷わなかったのは、夢があったからです。すると、当時はまだ名もない地方の温泉旅館でしたが、その夢にかけてくれた人たちが入社してくれました。

遠藤 ビジョンへの共感が人を動かしたんですね。そういう意味では、頭がいいとか、専門性があるとかだけでなく、エモーション、情熱の部分がチームを動かす原動力になっている気がします。

星野 能力があっても、発揮するためのモチベーションや環境がないと意味がありません。じゃあ、どうしたら能力を発揮できるかというと、リーダーの熱量が必要。そして、ともに働くスタッフに100ある能力をすべて発揮してもらうための組織文化を生み出すことが大事だと思います。

遠藤 スポーツにおける強いチームづくりやモチベーションアップにおいても、同じことが言えそうですね。

(後編へ続く)

【Profile】
星野佳路(ほしの・よしはる)
株式会社星野リゾート代表取締役。1960年長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。現在、運営拠点は、独創的なテーマが紡ぐ圧倒的非日常「星のや」、自然を体験するリゾート「リゾナーレ」、ご当地の魅力を発信する温泉旅館「界」、テンションを上げる都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズなカフェホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に、国内外51施設に及ぶ。2021年、星野リゾートは創業107周年を迎え、「界 霧島」「界 別府」「OMO3京都東寺」「OMO5京都三条」「OMO5沖縄那覇」を新たに開業。趣味はスキー。

遠藤功(えんどう・いさお)
株式会社シナ・コーポレーション代表取締役。1956年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)取得後、三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。現在は、独立コンサルタントとして、株式会社良品計画、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社ネクステージ、株式会社ドリーム・アーツ、株式会社マザーハウスで社外取締役を務める。著書に『生きている会社、死んでいる会社』『新幹線お掃除の天使たち』『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』など。