マネジメントの極意星野佳路×遠藤功対談(後編)経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。第3回のゲストに迎えたのは、星野リゾート代表の星野佳路氏。学生時代、アイスホッケーの…

マネジメントの極意
星野佳路×遠藤功対談(後編)

経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。第3回のゲストに迎えたのは、星野リゾート代表の星野佳路氏。学生時代、アイスホッケーの選手として活躍した星野氏は、引退後に「アイデンティティの喪失」を抱えたという。その後の経営者としてのキャリアのなかで、どのようにスポーツ経験を生かしてきたのだろうか。



対談後編では日本スポーツ界の課題にまで話が及んだ

【競技引退後に陥った「アイデンティティロス」】

遠藤功(以下:遠藤) 星野さんは大学時代にアイスホッケーで学生選抜に選ばれて、海外の大会にも出場されていますよね。そこまで熱中した競技を引退後、ビジネスの道に進む過程で葛藤はあったんですか?

星野佳路(以下:星野) そうですね。小学生の頃はスピードスケート、中学から大学まで10年間はアイスホッケーをしていたので、ずっとスポーツ漬けでした。リーグ優勝もしましたし、周りも褒め称えてくれたので、大学の時点ではアイスホッケーが自分の専門分野であり、「アイスホッケー選手」というのが自分のアイデンティティだったんです。

 でも、引退したときに、アイスホッケーをしない自分の価値がゼロになったように感じました。

遠藤 スポーツでの実績が大きかったからこそ、失ったものも大きかった?

星野 大学院での勉強も、家業を継ぐために勉強して箔(はく)をつけているだけという感じがして、自分のなかでアイデンティティロスの状態でした。自分が何をすればいいかわからず、自信を喪失していました。自分の価値は地に落ちたな、と。

遠藤 もがき、みたいなものがあったんですね。

星野 留学先で経営の勉強をしていても、ビジネスとは何かが理解できていませんでした。しかも、英語も苦手だったので、ますます自信をなくしていましたね。アイスホッケーをしていたときは周りが褒め称えてくれたのに、急に何もできないダメな人間になったように感じてしまって。新たなアイデンティティを見つけるまでに1年半くらいかかりました。

遠藤 どのように抜け出したんですか?

星野 ある時、「優秀なアイスホッケー選手になることと、優秀な経営者になることは同じなんだ」と気がついたんです。その瞬間から、ガラッと変わりました。自分がやろうとしているのは、家業を継ぐとか、そのための勉強をするとかではなく、優秀な経営者になること。それに気づいてから、選手時代と同じパターンをとるようになったんです。

遠藤 アイスホッケー選手と経営者。共通点は、「技を磨かなければいけない」ことですか?

星野 そうです。経営もプロとしての技術の1つ。優秀な経営者とはどういう資質、技術、能力、人格を持つべきなのか。それが見えてくれば、アイスホッケーで早いシュートを打つ、長く走り続けるといった技を鍛えるのと同じように、「技術」を習得することができるんです。

 そして、評価基準を持てば、自分自身を測定できます。アイスホッケー選手時代は北アメリカのナショナルホッケリーグ(NHL)に好きな選手がいて、試合を観に行くこともありました。経営も同じで、すごい企業や経営者を事例として見られるようになります。

遠藤 「技術」であれば磨けば光るし、磨かなければ光らないということですね。そこに気づけるかどうかが、選手引退後にセカンドキャリアを築ける人と、悩み続ける人の差かもしれません。

【理想のリーダー像を描いて、演じきる】

星野 企業やチームのリーダーにとって大事な技術の1つが、演技力です。私の場合は、弱さもある本来の自分らしい人格と、社員から見た経営者としての人格は「別」だととらえています。本当の自分とはギャップがある経営者像を、演じきる力がすごく重要だと思っています。

 さらに言えば、「演じる」と考えたほうが、私自身、楽なんです。そう割り切れば、ありたい経営者像と自分の人格のギャップに苦しむ必要もありませんから。

遠藤 優秀な経営者を見るなかで、そのことに気がついたんですか?

星野 そうですね。かつてはやる気のない人がいたら、その責任はその人自身にあるとされていました。やる気のない人が悪い、やる気を出している人が優秀という見方が一般的だったと思います。

 しかし、近年では「やる気を出させる経営者」という概念がでてきました。つまり、やる気のない人がいたら、その責任は経営者にある。経営者の仕事はやる気のあるチームをつくることであり、エンパワーできる経営者こそが優秀な経営者と言われるようになりました。スタッフにやる気を出させるためにどう振る舞うかという演技力が、経営者に求められる大事な能力になってきたんです。

遠藤 それはスポーツのマネジメントにも共通しそうですね。アイスホッケーの主将時代も、演じていたんですか?

星野 演じていましたね。本当は自分自身が一番勝てないと思っていても、勝てないと思っている姿をチームに見せないようにしていました。勝てない気持ちがチームに伝染してしまいますから。

 逆に、相手が弱くて絶対に勝てると自分自身が思っていると、チームのメンバーもだんだんと傲慢になってきて、ちょっとずつ手を抜きはじめる。そうなったら、今度は危機感を煽ってチームを導く。これも演技です。

遠藤 時には仲間を鼓舞して、時には厳しいことを言う。相手の立場や状況によって、その時々の理想的なリーダーを演じるわけですね。

星野 たとえば、コロナ禍において「会社は大丈夫」と言い切る。これには演技力が求められます。実のところ、一番危機感を感じているのは私自身です。しかし、不安を前面に出さずに、「大丈夫。理由はこうで、こうすれば平気なんだ」と自信を持って言い切ることができるかどうかで、チームの反応は変わってくると思います。

遠藤 ご自身がどういうリーダーであるべきか、常に考えているんですか?

星野 そうですね。どんな経営者だったらみんながついていきたいと思うのか、という役づくりをして、演じていますね。

遠藤 素ではない部分が多いわけですよね。やっぱり疲れますか?

星野 リフレッシュするために休みもあるので。私の場合はスキーが気分転換になっています。

 リーダーにはちょっといい加減な部分、もっと言うと、遊びの部分があっていいと思うんです。私の理想のリーダー像では完璧すぎることはあまりよくない。親しみ感があるのが大事だと思うので、それをどう演出するかを考えています。スキーもその1つです。

遠藤 そのあたり、やっぱり星野さんはキャプテンシーをお持ちだなと思いますね。トップに立つリーダーでありながら、現場との距離が近くてキャプテンのような存在でもありますよね。

【スポーツで限界を超えた経験が、自信を生む】

遠藤 先ほど話に出た、コロナ禍でも「会社は大丈夫」と言い切るという話。当然、緻密な戦略があるうえでだと思いますが、それでも自信を持って言い切るのは難しいですよね。

星野 実は、ピンチのときに危機感は持ちますが、もうダメだと思ったことはないんです。体育会で培ってきた「限界を超える力」が経営者としての自信につながっているのだと思いますね。

 追い込まれた状態でさらに限界を超えるためにどうすればいいか考える。疲れきった体でさらにトレーニングをする。スポーツをとおしてこれまでに何度も、無理やりに壁を乗り越えてきた経験があるから、「もう限界かもしれない」と頭をよぎっても、「いや、きっと乗り越えられる」と思い直すんです。そういう「根拠のない自信」が、経営者としての判断を下支えしていると思います。

遠藤 限界は自分が設定しているものにすぎず、必ず突破する方法があるはず、ということですね。

星野 「前も乗り越えられたじゃないか」と。限界を超えた経験が多いほど、確固たる自信が持てるようになると思います。

【引退後はそのスポーツから離れる決断を】

遠藤 ちなみに星野さんから見て、日本のスポーツ界に対して感じている課題はありますか?

星野 スポーツの世界から離れてだいぶ時間が経っていますが、趣味としてスキーをしていて感じるのは、個人スポーツは学校単位から少し離れたほうがいいのではということ。部活に入っていないと大会に出られないなど、規制が多い印象がありますが、学校の部活にこだわりすぎてしまうと、個人の自由がなくなってしまいますよね。もっと個の力を伸ばす仕組みづくりをしたほうがいいと思います

遠藤 東京オリンピックが終わったタイミングで引退を考えるアスリートもいると思います。引退したアスリートが次の目標を見つけるためには、何が必要だと思いますか?

星野 打ち込んできたスポーツから一度、離れたほうがいいと思いますね。実は星野リゾートには、競泳で2回(北京とリオデジャネイロ)、オリンピックに出場した山口美咲さんが勤務しています。

 リオ五輪の前に「引退したら星野リゾートに入りたい」と面接を受けに来たのですが、当初は採用したらすぐに辞めるだろうなと思っていました。彼女ほどの実績があれば、再び水泳の道に引き込もうとする人いるだろうと。実際、入社してからもコーチの打診をしてくる人が結構いました。でも、私は全部反対した。「水泳をいったん忘れろ」と。

遠藤 なぜですか?

星野 若くて優秀なアスリートは次々に出てきます。20〜30年経つと、「アスリート」としての彼女の競争力はほとんどなくなってしまうでしょう。だから、いったん競技から離れて、違う道で実力をつけたほうがいいと伝えました。

遠藤 ただ、違う道に進んでも、競技をとおして得た経験は活かせそうですね。

星野 課題を見つけて改善する、実力を伸ばす工程、モチベーションの高め方、チームワークの築き方。スポーツをとおして培ってきたスキルや経験は、ビジネスの基本でもあります。実際に彼女は入社後に急成長して、今度、総支配人になるんですよ。

遠藤 それはすごい。そういう方がどんどん増えていってほしいですね。

 今回星野さんにお会いして、チームをまとめるキャプテンでありながら監督の役割もしているんだなと思いました。理想のリーダーを演じるというのは、どのようにチームをマネジメントすればいいかわからない人にとって参考になりそうです。本日はありがとうございました。

【Profile】
星野佳路(ほしの・よしはる)
株式会社星野リゾート代表取締役。1960年長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。現在、運営拠点は、独創的なテーマが紡ぐ圧倒的非日常「星のや」、自然を体験するリゾート「リゾナーレ」、ご当地の魅力を発信する温泉旅館「界」、テンションを上げる都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズなカフェホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に、国内外51施設に及ぶ。2021年、星野リゾートは創業107周年を迎え、「界 霧島」「界 別府」「OMO3京都東寺」「OMO5京都三条」「OMO5沖縄那覇」を新たに開業。趣味はスキー。

遠藤功(えんどう・いさお)
株式会社シナ・コーポレーション代表取締役。1956年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)取得後、三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。現在は、独立コンサルタントとして、株式会社良品計画、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社ネクステージ、株式会社ドリーム・アーツ、株式会社マザーハウスで社外取締役を務める。著書に『生きている会社、死んでいる会社』『新幹線お掃除の天使たち』『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』など。