「スポーツ業界で働きたい!」と思っている学生や転職を希望している人が多くなる中、どんな職種があるの?どんなスキルが必要なのか?など分からないことが数あり、仕事の実際を知ることが意思決定には重要となる。そこで、スポーツを仕事としている人にイ…

「スポーツ業界で働きたい!」と思っている学生や転職を希望している人が多くなる中、どんな職種があるの?どんなスキルが必要なのか?など分からないことが数あり、仕事の実際を知ることが意思決定には重要となる。そこで、スポーツを仕事としている人にインタビューし、仕事の“あれこれ”を聞く。

名前:平岩康佑(ひらいわ・こうすけ)
職業歴:2018年~

仕事内容
・実況を担当するゲームの理解度を深める
・情報収集(選手、ルール、ゲームのアップデート内容など)

取材・文/斎藤寿子

2018年6月に朝日放送を退職し、eスポーツ専門の会社『株式会社ODYSSEY』を設立した平岩康佑さん。eスポーツキャスターとは、一体どのような仕事なのだろうか?

まず実況するためには、自分自身もゲームを理解していなければならない。そのため、ODYSSEYでは新規タイトルの実況をする場合、事前に100時間プレーし、どういう実況をするべきか議論を重ね、本番に備える。

「自分でもプレーするという部分は、スポーツの実況アナウンサーと最も大きな違いだと思います。大会では画面のどこを見たらいいのか、何を主語にして話したらいいのか、観戦者はどこを見てテンションが上がるのか、といったノウハウを蓄積し、最適な実況方法をつくり上げて本番に臨みます」

また新しいゲームが出ると、それが人気を博しeスポーツとして発展するかどうかを議論する。実際にスポンサーがつき大会となった場合、実況によって視聴者の数も左右するため『ゲームとともに、その命運を全うする気持ちでいる』のだという。

最近では、年間を通しての国際大会も増えてきた。そのため、途中から視聴するファンのために、実況の最初にこれまでの経緯を語るなど、誰もがその世界に入り込みやすいような工夫を凝らしている。

「基本的にはプレーヤーの気持ちに寄り添い、単にゲームをやっているということだけではなくて、その裏で大変な努力をしてきたことについても触れるようにしています。たとえば、いつからこの大会が行われてきたのか、どれだけの時間を費やしてきているのか、ということを伝えたり、その大会を最後に引退するプレーヤーについては重ねて伝えたりします。プレーヤーの背景が少しでも見えるだけで、応援しているファンはさらに感情移入するでしょうし、新たにファンになる人も出てくるす。そうすると、より盛り上がるかなと思っています」

約1年をかけて戦い続け、フィナーレを迎えた大会での冒頭では、平岩さんのこんなセリフでスタートしている。

“すべてのプレーヤーはさまざまな思いを秘めながらも、ただ仲間と一緒に勝ちたいという純粋な思いを胸に、今日も飛び立っていきます!”

こうした視聴者の心に響く言葉を使用した実況は、スポーツ中継を経験が活かされたオリジナルだ。

「まるで高校野球のような表現ですが、eスポーツの現場で特にほかのアナウンサーがやっていることでもないですし、“そんなの寒いよ”と言う人もいるかもしれません。それでも、それが僕の個性なので、これからも貫き通すつもりです」 また一般のスポーツと比較すると、ルール変更など情報のアップデートが盛んに行われるため、常日頃からの情報収集は欠かせない。そうした労力を考えても、個人ではなく、会社としてカバーし合える環境を築いたメリットは大きい。

平岩さん自身は代表取締役であるため、経営の方の業務もあり、多忙な毎日を送っている。基本的に週末には大会の実況が入っているため、月曜日、火曜日はお昼前から夕方ころまでリモートでの打ち合わせが7~8本ほど続く。水曜日にはテレビ朝日のレギュラー番組の収録があり、そのほか経営関連や情報収集、PR動画の制作など業務は多岐にわたる。そして仕事を終えて夜11時ころから早朝3時ころまでゲームをして実況に備える。

「体力的にはきつい部分もありますが、それでもやっぱりゲームが好きなので楽しいという方が上回るんですよね!趣味だったゲームを仕事にして4年目になりますが、幸せなことにゲームを嫌いになったりしたことがないんです。海外に行っても、必ずゲームショップをのぞくのがマスト。それほど好きなゲームを仕事にできて、うれしいです」

そんな平岩さんが、eスポーツキャスターとして、最も大事にしているのは『視聴者を裏切らないこと』だ。そのために視聴者よりもそのゲームに詳しくなろうと、自分自身がプレーすることにも重きを置いている。

「一般的にスポーツ観客の94パーセントが、その競技の経験者ではないと言われているのですが、eスポーツではほぼ100パーセントの視聴者が、そのゲームをプレーしたことがあるんです。視聴者自身が競技者でもあるので、リテラシーが高い。そういう人たちに“いい解説していておもしろいな”と思ってもらえたり、新しい発見をしてもらうためには、やっぱり誰よりも知っていなければいけません。そこに対する努力は欠かせないと思っています」 eスポーツキャスターを目指すには、何が必要となるのだろうか。キャスターというからには、実況アナウンサーとしてのスキルが最も重要だと考えるが、平岩さんは『そうではない』と話す。

「私も会社を設立した当初は、アナウンサーの方たちに声をかけていたんです。でも実際にやってみると、アナウンサーのスキルは後でも十分に身に付けることができるんですよね。それよりも大事なのは、ズバリ“ゲームが好き”ということ。これこそ努力ではどうにもならない。いわゆる天賦の才だと思います。だから、まずは本当にゲームが好きな人かどうかを見ています」

実際、ODYSSEYに所属する14人のeスポーツキャスターのなかで、最も実況がうまいとされる大和周平さんは、アナウンサー出身ではなく、元ゲーマーという経歴の持ち主なのだ。

そして、もう一つ。性格については『絶対的な自信を持っている人』は意外にも向いていないのだという。

「勢いで“いっちゃえ”みたいな人は、ちょっと合わないかもしれませんね。それこそ“これで合っているかな”と実況の前日は不安な気持ちになってしまう人の方が向いていると思います。というのも、そういう人ってきちんと事前に準備をしようとするんです。これは一般のスポーツでもそうですが、名前一つ間違えただけで、それまでやってきた実況がムダになることもあったりします。ですから本番で間違わないためには、そういう準備や確認を怠らない人が向いているかなと思います」

観戦型ゲームのeスポーツは、プレーヤーもファンも10代を中心に若い世代が多くを占める。しかし、平岩さんは最後に『シニア世代にこそ、やってもらいたい』と語る。

「高齢者の方は“ゲームが嫌い”という人も少なくないと思うのですが、自宅でプレーをしたり、見て楽しむことができるeスポーツこそ、ぜひやってもらいたいなと思うんです。体を動かすスポーツはできなくても、eスポーツは指先さえ動けばできますからね。現在、コロナ禍で人と会えない日々が続いていますが、eスポーツだったら自宅にいて世界中の人とつながることができるんです。なので、私の実況で高齢者の方々にゲームを身近に感じてもらえるようにすることも一つの目標です」

ゲームというネガティブなイメージを一掃し、老若男女が気軽に楽しみ、交流の輪を広げられる場へ――平岩さんの挑戦は、まだこれからだ。

(プロフィール)
平岩康佑(ひらいわ・こうすけ)
1987年東京都生まれ。2011年朝日放送に入社し、アナウンサーとして高校野球やプロ野球、Jリーグ、箱根駅伝などの実況を担当。2018年6月、eスポーツ専門の会社『株式会社ODYSSEY』を設立。日本最大級のeスポーツ大会RAGEやNPB・コナミ共催eBASEBALLプロリーグで実況を務める傍ら、eスポーツの高校でのプロデュースやイベント運営を手がける。