「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#81「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、五輪を通して得られる多様な“見方”を随時発信する。今回は7日に行われ…

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#81

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、五輪を通して得られる多様な“見方”を随時発信する。今回は7日に行われた女子マラソンについて、2004年アテネ五輪金メダリストの野口みずきさんが解説する。

 一山麻緒(ワコール)が2時間30分13秒の8位に入り、日本勢ではアテネ五輪以来17年ぶりの入賞。鈴木亜由子(日本郵政グループ)が2時間33分14秒で19位、前田穂南(天満屋)が2時間35分28秒で33位だった。午前6時のスタート時で気温25度、湿度84%の暑い天候に加え、前日夜にスタート時間が急遽1時間前倒しになると発表された異例のレース。毎月の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」で陸上界の話題を定期発信している野口さんは、どんな「ミカタ」を持ったのか。(構成=浜田 洋平)

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 今大会の日本勢の結果を見て、健闘したと思う気持ちと少し物足りないという気持ちの半々があります。スタートが1時間も早まったので、動揺があったのかもしれません。ただ、みんな同じ条件なので、気持ちのコントロールをしっかりして切り替える必要がある。どんな状況でも対応できる人が勝ちます。

 でも、17年ぶりの入賞ができて本当によかった。一山選手は前半から30キロくらいまではしっかりと自分のポジションを定め、あまり無駄な動きがなく先頭集団で走っていた。レースの動きを見られたのがよかったと思います。

 一山選手もレース後に8位と9位では全く違うとコメントしていた。メダルかどうかというのと一緒ですよね。3位と4位では全く違いますし、9位より8位の方が絶対にいい。この先に向けて少し前進した。悔しさ半分、8位入賞で安堵した気持ちが半分ですね。

 鈴木選手と前田選手は先頭集団から離れたり、ついたり、少し無駄な動きがありました。平坦なコースではありますが、前半で無駄な動きをしてしまい、細かいストレスを足首などに与えている。加えて湿度が高かった。だから、自分の走る位置をしっかり決めてレースを進めないと、後半にダメージが大きく出てしまいます。

 無駄な動きをしてしまう理由としては、何か不安があったのか、落ち着いていないように思えました。前田選手はスローペースで流れてリズムが掴みにくかったのか、先頭に出て自分の走りに徹しようとした。そのまま思い切り行っていたらよかったのですが、変な間隔の空き方。すぐに追いつかれるだろうなと思っていたところ、実際に追いつかれた。追いつかれては離され、今度は追いついては離されるということを繰り返す。焦りがあり、気持ちの上で少し冷静さを見失っているように見えました。

 どの選手もスタート時間が変更された影響はあると思います。練習の段階から7時スタートに合わせて調整していたはず。1時間は大きな違いです。それでも海外選手が結果を残せるのは、地力の差に加えて経験の差があるからだと思います。日本のレースは招集時間、スタート時間もきっちり守られている。海外では開始時間が早くなることはあまりないですが、遅れることはよくあるんです。

 海外選手はそういうものに慣れています。「仕方がない」と、次に気持ちを切り替えるのが早い。今回がいい経験と言ってはいけませんが、日本勢はこれをプラスに変えてほしい。

海外のレース、合宿のススメ「経験するしかない」

 暑さに関しては日本人と海外選手に関係なく、それぞれ得意不得意があります。その差がよくわかるレースでした。ノーマークだったモリー・セイデル選手(米国)は、2時間27分46秒で銅メダル。持ちタイムは一山選手より5分ほど遅いですが、それは問題じゃなかった。勝負を意識した大会になると、また違ってきます。

 暑い環境の中では日本人有利という声もありましたが、私はそうではないと思っていました。ドーハの酷暑で行われた2019年世界陸上で優勝したルース・チェプンゲティッチ選手(ケニア)は、29キロ付近から脱落した。暑さに強いかどうかは、体質などのタイプにもよります。一概に日本人選手だからといって強いわけではない。日本人選手は日本陸連の科学委員のもと、深部温度を下げる対策をしていたので、やれることをやってきたと思います。

 気温だけの問題ではなく、湿度が高いことは本当にしんどい。乾燥していれば汗が蒸発して体を冷やしてくれる効果があります。しかし、空気中に水分が多いことで汗がまとわりついて熱がこもる。実際の気温よりも暑く感じてしまいます。モワァ~っとして気持ちが悪いです。

 結果論になってしまいますが、海外合宿をできていたら結果が変わっていたかもしれませんね。コロナ禍が落ち着いたら、海外のレースに何本か出た方がいい。突然の時間変更で気持ちの準備の仕方などを経験できる。細い道やジグザグコース、石畳などいろいろなものがあり、脚力や瞬発的を鍛えられる。これは経験するしかありません。

 最近、日本のレースではペースメーカーもいて、ついていけば記録が出るような形が多い。でも、オリンピックや世界陸上など勝負の世界を考えるのであれば、異なる環境で海外選手と走った方が鍛えられると思います。

 私も現役時代は世界ハーフマラソンなど、よく海外に行きました。成績を出して徐々に認知されるようになってから、いろいろな国の市民マラソンなどの大会からオファーが来た。そこにはケニアやエチオピアなど、実力があっても世界大会に出られない選手がたくさんいます。

 国内の力が拮抗していて、代表に選ばれない選手が市民マラソンに出ている。日本人選手もそういった機会を利用し、海外選手に揉まれて鍛えることもすごく大切です。大会の大小にかかわらず、経験をこなした方がいい。今振り返ってみると、私はハーフで経験したことがフルマラソンに生きたと思います。

 中学生や高校生などには、日本人選手たちの最後まで諦めずに粘った姿を知ってほしい。日本人の良いところです。一山選手は最後までヒヤヒヤしましたが、入賞できるかどうかというところを諦めずに粘りました。アフリカの選手は4番手でもすんなり諦めてしまう選手がいた。体調が悪くなったのわかりませんが、メダルを獲れないとわかったら諦める選手も多い。

 こういう暑いレースでは、先頭の元気な選手でも体調が悪くなり、後半は急激に順位を落とすこともあります。自分の順位が上がる可能性もある。だから、最後まで諦めず粘ることも必要。しっかりとやった練習は自信になります。練習も試合も、諦めずにコツコツとやることが結果に繋がっていくと思います。

 日本人の3選手は、これで満足するようなことはないでしょう。来年には世界陸上、3年後にはパリ五輪もある。この結果を一つの課題にして、しっかりと世界で戦えるマラソンの黄金時代が再び到来するのを期待しています。

 私の日本記録も破ってほしい。うん、破ってくれよ!と願っています。

■野口みずき/THE ANSWERスペシャリスト

 1978年7月3日生まれ、三重・伊勢市出身。中学から陸上を始め、三重・宇治山田商高卒業後にワコールに入社。2年目の98年10月から無所属になるも、99年2月以降はグローバリー、シスメックスに在籍。2001年世界選手権で1万メートル13位。初マラソンとなった02年名古屋国際女子マラソンで優勝。03年世界選手権で銀メダル、04年アテネ五輪で金メダルを獲得。05年ベルリンマラソンでは、2時間19分12秒の日本記録で優勝。08年北京五輪は直前に左太ももを痛めて出場辞退。16年4月に現役引退を表明し、同7月に一般男性との結婚を発表。19年1月から岩谷産業陸上競技部アドバイザーを務める。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)