「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#30「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる多様な“見方”を随時発信する。2008年北京、20…

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#30

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる多様な“見方”を随時発信する。2008年北京、2012年ロンドンと五輪2大会に出場した競泳の伊藤華英さんは大会期間中、「オリンピアンのミカタ」として様々なメッセージを届ける。今回は経験して感じたオリンピックの意義について。世界のアスリートが集まる選手村で見たこと、「オリンピアン」の肩書きで変わったこと。2度の五輪を感じた景色をありのままに明かす。(構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 2度経験させてもらった五輪。なかでも、選手村の空間はすごく刺激的でした。

 ニュースでしか触れることがなかった北朝鮮の選手たちが選手村にいる。同じ空間にバスケットボール米国代表のNBAドリームチームがいる。スポーツじゃなかったら、五輪じゃなかったら、きっとみんなで集まれなかったんだろうと感じました。

 知らない世界の集約。自分たちの世界がすべてと思って生きていたのに、すごく自分たちが小さい存在に思えました。

 今大会はウガンダ代表選手が生活の困窮から行方不明になりました。日本のオリンピック選手のイメージからは考えられないことですが、それぞれに国の背景が窺い知れるのが五輪。先進国だけのものではない。それも五輪が持つ一つの側面です。

「オリンピアン」という肩書きは人生にも大きな影響を与えます。

 思い出すのは現役時代、五輪を経験する前の米国合宿。プールの清掃員の男性に「私は世界選手権に何度も出てるんだよ!」と言ってみたら「ふーん」というリアクション。いざ、五輪代表に選出された後は「本当にオリンピック選手なのか!?」と。

 当時、日本代表で私のコーチから「オリンピックはどんなブランドより有名なブランドなんだぞ」と言われたことを思い出します。

「ルイ・ヴィトン、知ってるだろう? プラダ、知ってるだろう? でも、オリンピックはそれ以上だ。その世界中の人が知っているブランドを背負って出場することは大変なんだ。覚悟を持って行け」

 確かに「オリンピック」は言いやすいし、覚えやすい。子供からお年寄りまで、みんな知っている。

 ロンドン五輪では、空いた時間に代表チームで観光したら「観光で来たの?」「オリンピックに出るんです!」「嘘だろ!? なんの競技?」と驚かれる。日本ではあまり実感することがないですが、「オリンピアン」の影響力を感じました。

コロナ禍の今、「スポーツをする」価値を考えるきっかけに

 経験した立場としての五輪の意義も考えてみたいと思います。

 世界には今なお、紛争地帯があり、水も飲めない国があります。一つは前述のように「知らない世界の集約」であり、日本と異なる世界を知ること。そして、もう一つは「スポーツをする」という価値を考えるきっかけになること。

 コロナ禍でメンタルヘルスを崩してしまう人が増える可能性がある。今の命はもちろん大切ですし、さらに長期的な健康という視点も大切。私たちが元気になる、勇気を持てる、健康になれる要素はほかに何があるかと考えた時、オリンピックの存在は大きい。

 現役時代、応援してくれていた方が五輪を見て、急に夜中にランニングをしていました。そんな風に観る人が元気になったり、やらなきゃいけないと鼓舞したり。「自分はどうしたいか」と考えてもらう存在にアスリートはなれる。

 日本人はどうしても「休むことが悪」という文化で、休みにくい人種。しかし、ちょっとゆとりをもってスポーツを楽しんでみる。コロナ禍により、今はメンタリティが内側に向いてしまっていますが、少しでも外に向く瞬間があるといいと思います。

 最後に、今戦っているすべてのアスリートにエールを送りたいです。

 どの選手も自分で競技を選び、人生において選択の連続で、この場に立っている。そして、引退後も人生は続く。もちろん、目の前の競技に全力を尽くしながら、いろんなところに今後のキャリアにおけるチャンスが散りばめられているという貪欲さを持ってほしい。

 前回のコラムでお伝えしたように、アスリートはこれまでのように誰かにお膳立てしてもらった環境で結果を出すだけでなく、一人一人が自分の意見を持ち、メッセージを発信できる、リスペクトされる存在になってほしいと願っています。

 スポーツ界には「金メダルを獲れば、一生生きていける」と言われている時代がありましたが、今はまったく違う。自分の人生にオーナーシップを持って生きる。五輪という舞台を「アスリートだからできること」を見つけるきっかけにしてくれたらと思います。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)