連載「できっこないを、やる夏だ。」第2回 市立船橋陸上部3年・守祐陽 全国高校総体「インターハイ」が北信越で2年ぶりに開催される。コロナ禍にめげることなく、さまざまな「あきらめない」を持った出場校や選手を紹介する連載「できっこないを、やる夏…
連載「できっこないを、やる夏だ。」第2回 市立船橋陸上部3年・守祐陽
全国高校総体「インターハイ」が北信越で2年ぶりに開催される。コロナ禍にめげることなく、さまざまな「あきらめない」を持った出場校や選手を紹介する連載「できっこないを、やる夏だ」。第2回は7月28日に開幕する陸上の市立船橋(千葉)の守祐陽(3年)。元サッカー少年が高校で急成長し、最後の夏に初めて挑むインターハイ。自己ベストとなる10秒38切り、そして日本一を目指す。(文=THE ANSWER編集部)
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高校生になって急激に成長した高校陸上界のエースが千葉・市立船橋にいる。「明るく育ってほしい」と名付けられたという守祐陽は、「楽しみですね」と初めてのインターハイに挑む。
守の走りの特徴は、スタートして顔が上がり始めてから後半にかけての急激な伸びだ。
「最近は、区間でいうと、スタートから20~40メートルぐらいのところでグンとスピードが上がる感じがあって。昨年まではそこが安定しなくて、レースがうまくいかなかったりしたんですけど、3年生になってからは安定してきて、今はそこが自分の強みです」
顔を上げるタイミングはやや遅め。「以前は顔を上げるまでの歩数を決めていて、いきなり顔を上げていましたが、一気にスピードが上がってしまうと後半に体力がなくなってしまうので、今は自然なタイミングで顔を上げるように変えました」と明かす。
地面を強く押しすぎると足が後ろに流れてしまうことを考慮し、地面を押す強さや力を入れるタイミングなど、体作りを行う冬場にしっかりと調整。今ではもう「別もの」の感覚があるという。
自己ベストは10秒38。「正直ちょっと驚いた」というタイムは、インターハイ千葉県予選の準決勝で叩き出された数字だが、「しっかりと1本を走り切ろうと思って、余裕を持って後半をリラックスして走った」ことが記録につながった。
一人のほうが自分に集中できるとサッカーから陸上に転向
小学生まではサッカーをしていたが、チームが弱く、試合に負けてばかりだった。もともと走ることが得意だったこともあり、「個人競技がやりたい」と中学で陸上を始めた。そこでタイムが縮まるうれしさを知り、夢中になっていった。
「自分がやり切れば変わるスポーツってあまりないので、そこが魅力」
陸上は努力次第で結果が変わる。良い結果なのか、悪い結果なのかもすぐに分かる。そこが、性に合った。サッカーと違って個人競技だが、「一人のほうが自分に集中できるから、陸上のほうが好き」と胸を張る。
中学では100メートルと200メートルに打ち込んだ。本人いわく、100メートルが得意で200メートルはあまり得意ではない。しかし、「なぜかタイムが出ちゃった(苦笑)」と200メートルで全国大会を経験。これがきっかけで、高校でも陸上を続けようと決めた。
「どこにするかなって考えたときに短距離がすごく強いのが市船というイメージがあって。練習に参加したときに雰囲気も良かったので、ここなら3年間やっていける」と地元を代表するスポーツ強豪校の門戸を叩いた。
緊急事態宣言とクラスターで十分なトレーニングが積めなかった昨年
昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で4月に緊急事態宣言が出され、その影響でインターハイが中止になった。2年生だった守でさえ、決定当初は「陸上に対してあまりやる気が出なかった」と吐露した。
「中止になるんじゃないかっていうのは、結構ニュースでやっていたので、それを見ていました。それで事前に心の準備はしていたので、実際に中止になってもそれほど大きなショックではなくて、すぐに切り替えることができました。
ただ、最初の数日間というのは陸上に対してあまりやる気が出ないというか、いろいろと考えてしまったんですけど、切り替えて、代替大会があると信じて自主トレをやっていました」
昨年春の休校時には思うようなトレーニングはできなかったが、当時の3年生が中心となり個別でメニューを考え、体作りを行った。当番で日誌を作成し、トレーニング動画を互いに共有しながら、会えなくてもモチベーションを落とさずにトレーニングを続けた。
つらかったのは、12月に校内でクラスターが発生したとき。約2週間、臨時休校となり、家から一歩も外に出られなくなった。試合で戦える体を作るためのトレーニングが、思うように積めない。筋トレなど、自宅でできるトレーニングを行うしかなかった。
「トレーニングに影響が出たのはちょっと焦りましたけど、試合がすぐにあるわけではなかったですし、この2週間は無駄じゃなかったと、今では思えます」
守を救った顧問・後藤先生から言われた愛ある言葉
市船での一番の成長は、メンタル面で強くなったことだ。
100メートルはコンマ数秒を争う競技だからこそ、簡単にタイムは縮まらない。逆に言えば、ちょっとしたメンタル面での動揺がタイムに与える影響も大きい。顧問の後藤彰英先生も「単純なようで奥深い競技で、メンタルに左右されてしまう競技なんです」と説明する。
それを実感したのは、1年生のときに出場した国体予選だった。「完全にメンタルで負けてしまった」と振り返る大会で、まさかの予選落ち。「そこで人として強くならなきゃいけない」と感じた。大切なことに気づけても、メンタルを強くすることは簡単ではない。しかし、守は「つらい練習に耐え抜くことで、自然と強くなっていったのかなと思います」と淡々と語る。
後藤先生は守について「落ち着いていて、とても思慮深い」と評する。「後半はもとから強かったが、弱かったスタート直後の加速から徹底的に指導して良くなった。今年に入ってから少しずつ力を出せるようになってきた」と成長に目を細めた。
成績が出るにつれて注目度が増す。自分自身に集中したいが、そうはいかなくなった。
「南関東大会では(注目されているという)意識があって、自分の意識がちょっと他に向いてしまっていた。今までは自分に集中していたのに、ちょっと意識が逸れてしまった」
そんな守の状態を見抜いて、後藤先生は「お前はまだチャンピオンじゃない」と檄を飛ばした。
「ランキングが上がってくると、周りの反応が大きくなるので、そこでの捉え方、自分の保ち方が大事になってきます。守自身は冷静な選手ですが、急にランキングに載るようになったので、どうしても気持ちが外に向きがちになってしまう。
チャンピオンになる人というのは、周囲から注目されているなかでも力を出しきれる人です。無心でできればいいんですけど、高校生の守にはなかなか難しいので、自分を見失わないように言葉をかけました」
陸上は自分との勝負、周りがどうであれ自分に集中することが大事
先生の思いはしっかりと守に届いていた。
「先生から『チャンピオンこそ自分に集中するんだ』って言われたんです。それでハッとしたというか、周りの目は気にしないって思えて、集中することができました」
守は見事、100メートルで優勝し、自身初のインターハイ出場を決めた。
今では、「レース前に集中するっていうのはもちろんですけど、逆に何も考えない。無心で、レースに臨むことを意識しています」と言い切る。その成長の手応えが、インターハイの自信へとつながっている。
「楽しみですね。ワクワクのほうが大きいです」
コロナ禍でインターハイに出られなかった先輩たちの悔しさも理解している。「先輩たちに、活躍している姿を見せたい」。その思いを胸に、個人だけではなく、市船陸上競技部短距離部一丸となって、全力を出し切る覚悟だ。
■インターハイの陸上は28日に開幕し、5日間にわたって熱戦が繰り広げられる。今大会は全国高体連公式インターハイ応援サイト「インハイ.tv」が全30競技の熱戦を無料で配信。また、映像は試合終了後でもさかのぼって視聴でき、熱戦を振り返ることができる。(THE ANSWER編集部)