【取材・構成=赤見千尋=コラム『ノンフィクション・ファイル』】※このインタビューは電話取材で行いました◆競馬も馬術も変わらない、“馬”に対する想い──いよいよ東京五輪が近づいています。現在の心境はいかがでしょうか。大岩義明選手(以下、大岩…

【取材・構成=赤見千尋=コラム『ノンフィクション・ファイル』】

※このインタビューは電話取材で行いました

◆競馬も馬術も変わらない、“馬”に対する想い

──いよいよ東京五輪が近づいています。現在の心境はいかがでしょうか。

大岩義明選手(以下、大岩) 今はドイツを拠点にしているので、11日から実際に検疫に入り、東京に向けて移動する準備に入りましたから、いよいよ始まるなという気持ちです。これまで北京、ロンドン、リオデジャネイロと3度五輪に出ましたが、今回はこれまでにない難しさもありました。どんな状況下でもベストのことをやろうという思いで来ましたし、今はやれることはやれたなと思っています。

──馬術競技は五輪の中で唯一動物とパートナーを組むスポーツです。ご自身のことはもちろん、愛馬の体調を整える難しさもあるのではないでしょうか。

大岩 自分の体ではないので、日ごろから一緒にトレーニングをして、今どういうことが必要なのかということを考えながらやってはいますけど、今回の最大の難関は日本の気候です。ヨーロッパとまったく違って急激に暑くなりますから、そこで馬がどういう状況になるかというのは想像するしかないです。

 馬事公苑の厩舎の中はエアコンが効いていますけど、そこから暑い外に出て競技に臨むわけで、そういう環境はヨーロッパにはないですから、体験させてあげることが出来ないんです。今まで経験して来た五輪の中でも、そこは難しいです。

──コンビを組む馬は決まっていますか?

大岩 タリヨランクルーズJRA(※JRAの助成金で購入した馬)と、キャレという馬がいるんですけど、おそらくキャレで行くのではないかと思っています。2頭とも日本は初めてなので、環境に馴染めるよう最善のことをして行きます。

──馬術競技では、愛馬とどうやって出会うのですか?

大岩 どういう状況下で馬を探しているかで違いますけど、キャレの場合は若い時に将来を見越して購入した馬です。7歳の時に、まだ実績はさほどないけれど、試し乗りをさせてもらって、いい感触だなと。ここは難しいかなという部分もありましたが、きっと何とかなるだろうと将来の想像がついたので決めました。

──難しいと感じた部分というのは?

大岩 ちょっとビビりなんですよ。総合馬術は3日間で馬場馬術、クロスカントリー、障害馬術をする競技ですから、初めての障害物にも果敢に挑んで行く勇気が必要なんです。なので、そこはちょっと不安材料ではありましたが、いい部分もたくさんあって、パートナーとしてやってみたいと思いました。

 ビビりな性格というのは、よく言えば警戒心が強く、いろいろなものを注意深く見ている、ということです。ちょっと脚を引っかけたりして障害物が落ちると減点になりますから、必ずしもマイナスなことではないんです。出会ったのはリオの1年前なので、もう6年くらい経ちますね。下のクラスから一緒に勝ち上がってここまで来ました。相変わらずビビりなところはありますが、僕のことを信用してくれているのか、競技ではまったく問題ないです。

──大岩選手のように五輪に出場した経験のある選手でも、パートナーによっては下のクラスからしか競技会に出られないんですね。

大岩 そこは競馬も同じでしょう。GIをバンバン勝つジョッキーが乗っても、新馬戦から勝ち上がっていかないといけないですよね。逆に、もう1頭のタリは即戦力として、すでに活躍している実績があった馬です。名前にJRAが付いているように、(JRAの助成金で購入した)日本馬術連盟から貸していただいている馬です。

──1年延期というのは、馬にとっても大きかったのではないでしょうか。

大岩 大きいですね。昨年の時点で準備は出来ていましたから、その時にやって欲しかったという気持ちもありました。例えば年齢が若い馬の場合、1年準備期間が延びるというのは、もっとたくさん経験を積めるということですから、悪いことばかりではないんです。でもすでに経験がある年齢が上の馬に関しては、1年歳を取るだけなので。僕の馬たちはある程度年齢が上なので、昨年出来ればよかったかなという思いはあります。

──どう気持ちを切り替えたんですか?

大岩 これはもう仕方ないですから。ドイツもコロナの影響が大きくて、外に出ることも出来なかったですし、競技会も開催出来る状況ではなかったです。ただギリギリまで開催の可能性を探っていたとは思うんですけど、けっこうギリギリで中止が決まったので、今年の開催に関しても本当にやれるのかという不安はずっとありました。だからこそ開催が近づいて来た今、「本当にやるんだな」と実感しています。

◆二人三脚でギャロップを駆け抜ける「クロスカントリー」

──先ほどお話にも出ましたが、総合馬術は3日間同じ人馬で、馬場馬術、クロスカントリー、障害馬術を行うということで、例えるならトライアスロンのようですね。

大岩 3種目とも求められることが違うので、そこが総合馬術の難しいところであり、面白いところです。馬場馬術は決められた馬場の中で、いかに馬を美しく見せるか、ということが重要ですから、そういう繊細な動きが得意な馬というのは、野山に障害があるコースを10分くらいかけて疾走するクロスカントリーが得意な馬とは真逆のタイプ。

 総合馬術というのは、どれか一つに秀でているようなタイプではなく、全体的に何でもこなす馬が必要になります。キャレはホルシュタイナーというドイツの血統で、障害馬に近い血統です。タリはアイリッシュスポーツホースという種類で、ヨーロッパにはたくさんの種類の乗用馬がいるんです。日本ではサラブレッド以外の馬にあまり馴染みがないかもしれませんが、それぞれの競技に適した血統の馬たちが生産されています。

──馬場馬術とクロスカントリーと障害馬術の中で、大岩選手はどの種目が一番好きですか?

大岩 総合馬術のメインは、2日目のクロスカントリーなんですよ。自然の地形を使っているのでアップダウンも多く、そこにコンビ障害も入れて40個くらいの障害物があります。ゴールするまで約10分くらいギャロップで駆け抜けて行くんです。馬は試走が出来ませんから、天候によっては地面がぬかるんでいて滑ったり、障害物の角度もそれぞれ違っていたりというところを僕らがコントロールしながら飛んで行きます。

 もちろん毎回毎回自分が思ったようには出来なくて、自分が失敗した時に馬がカバーしてくれたり、逆に馬がちょっと脚をすべらせたとか、少し外に膨らんでしまったという時には僕らがカバーしたり、二人三脚でゴールを目指すんです。クロスカントリーのコースが難しくなれば難しくなるほど、ゴールした時には他では感じられないような達成感がありますね。それが総合馬術をやっていて、一番魅力を感じるところです。

◆自身4度目の出場、特別な想いが詰まった自国開催

──大岩選手は3度五輪に出場しているという素晴らしい経歴をお持ちですが、大学卒業後はいったん馬術から離れたそうですね。

大岩 2年間、東京でサラリーマンをしていました。でも2000年に行われたシドニー五輪の開会式の映像を見て、4年に一回五輪があるたびに、『ああ、挑戦しておけばよかったな…』と一生思い続けるのはイヤだと感じて。挑戦しないわけにはいかないと思いました。そこで会社を辞めてイギリスに行くんですけど、全然英語が話せなかったので、アルバイトのかたわら夜間の語学学校に通いました。

──そこから努力を重ねて、3回五輪に出場し、今回はいよいよ自国開催の東京です。

大岩 自分はとても運がいいです。途中いろいろな分岐点があったと思いますけど、いろいろな人に出会って、助けていただきました。自分一人の力で来たとは思っていないです。それに、自分の国での開催というのは特別な想いがありますね。タイミングとしても幸運じゃないと自国開催はないですから、このタイミングで五輪に出場出来ることは、ものすごく幸運だと思います。

──では、東京五輪への意気込みをお願いします。

大岩 メダルを目指すということは強く思っていますし、世界のトップレベルの選手と馬が日本に来ることはなかなかないことなので、たくさんの方に注目していただけたら嬉しいです。

(文中敬称略)