第10戦イギリスGPの舞台シルバーストン・サーキットは高速コーナーが連続し、鈴鹿と並ぶ屈指のドライバーズサーキットのひとつである。F1ドライバーたちがF1マシンの空力性能を存分に堪能でき、心待ちにしている場所だ。 初めてF1マシンでここを…

 第10戦イギリスGPの舞台シルバーストン・サーキットは高速コーナーが連続し、鈴鹿と並ぶ屈指のドライバーズサーキットのひとつである。F1ドライバーたちがF1マシンの空力性能を存分に堪能でき、心待ちにしている場所だ。

 初めてF1マシンでここを走る角田裕毅にとっても、それは同じだろう。これまでにFIA F2やFIA F3、ダラーラの旧F3マシンで走ったことはあっても、F1マシンの高速コーナーリング性能はケタ違いだ。



角田裕毅は初めてF1マシンでシルバーストンを走る

「シルバーストンは高速コーナーが連続するサーキットなので、F1マシンで走るのが楽しみ。とくにマゴッツ〜ベケッツ〜チャペルの複合コーナーがF1マシンではどうなるのか、とても楽しみです。シルバーストンもF2のフィーチャーレースでは3位に入りましたし、いい記憶のあるサーキット。F3時代からかなり走り込んでいるのも、ポジティブな要素です」(角田)

 例年なら、イギリスGPに先立ってドライバーたちから聞こえてくるのは、そんな声ばかりだ。

 しかし、今年は違う。土曜の午後に『スプリント予選』と呼ばれる100kmのレースが導入され、これによって決勝のスターティンググリッドを決める。話題はそこに集中している。

 20台のマシンによるバトルや、もっとも順位変動の起きやすいスタートシーンを、土曜日にも演出する。そういう意図により、より幅広い層のファンに向けたショーアップとして試験的に導入されることになったアイデアだ。

 それ自体が盛り上がるかどうかは、やってみなければわからない。端的に言えば、日曜の決勝レースの3分の1の距離を好きなタイヤでピットストップなしで走り切る内容なので、それ自体は非常にシンプルなものである。

 問題は、スプリント予選そのものではない。その導入によってガラリと変わる、レース週末のスケジュールだ。

「金曜、土曜とそれぞれに大きなイベントがあって、F1にとっては興味深いフォーマットの導入になる。ただ、僕にとってフリー走行が1回しかないというのは、マシンのセットアップを煮詰めてマシンの速さを引き出すという点などで不利だと思います」(角田)

 金曜に60分間のフリー走行を行なった2時間半後に、いつも土曜に行なわれている予選が行なわれる。角田のような経験の浅いドライバーにとっては、マシンとサーキットを習熟する時間がほとんどなく極めて不利だ。

 レッドブル・リンクでの2連戦(第8戦シュタイアーマルクGP、第9戦オーストリアGP)では、FP1から3回のフリー走行を使って一歩ずつ詰めていき、予選で結果を出すというアプローチを採用して、一定の成果を上げた。その手法が使えないのだ。

「それまでは、少しでも自信が持てたり、セットアップを変えるとすぐにプッシュしてしまっていて、F2までの下位カテゴリーではそれがうまく機能していたんですが、F1ではうまくいかなかったり、リスクをはらんでいることに気づきました。なので、フリー走行から予選までレース週末全体を通して一歩ずつ前進して自信をビルドアップしていく方法に変えて、それができてからプッシュするようにしたんです。

 でも、今週末はフリー走行が1回しかなくて予選に臨まなければならないので、オーストリアGPでうまくいった(セッションごとに予選に向けて前進していくという)アプローチの仕方が使えません。FP1で走っただけですぐに予選でパフォーマンスを発揮しなければならないのは、かなり難しくてタフなことだと思います」

 スケジュールの変更はドライバーだけでなく、チームにとっても高いハードルになる。ひとたび予選を走り始めると、それ以降はマシンのセットアップを変更することは許されないからだ。たったの60分間のフリー走行だけで予選、スプリント予選、決勝をカバーするセットアップを仕上げなければならない。

 FP1の60分間を、いかに効率的に使うか。ファクトリーでは開発ドライバーが運転するシミュレーターやコンピュータによるシミュレーションを駆使し、実走データから最適なセットアップを予選までの2時間半の間に見つけ出すという課題に迫られる。

 もちろんパワーユニットも、予選以降はセットアップを変えることができない。よって、パワーユニットにかかる負荷を考慮しつつも、最大限の性能を発揮するセットアップを仕上げなければならない。ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「通常3回のフリー走行で最適化を図って煮詰めるセットアップを、FP1の60分だけで進めなければなりません。我々エンジニアとしては、大きなチャレンジになります。その点に関しても、チーム側と情報共有をしながら準備を進めてきました。

 事前シミュレーションはしていますが、現実世界で走る時間が短いだけに、考え得るセットアップを準備しておいて、迅速にセットアップを変更しながら1時間を有効に使う形になります。今までのように『1日目はよくなかったけどFP3で良くなった』というようなことを言っている場合じゃなくなるわけですから、非常に大変です」

 レッドブル・ホンダにとっては、5連勝からの新たなチャレンジとなる。

 シルバーストンは、ライバルのメルセデスAMGとルイス・ハミルトンが圧倒的に得意とするサーキットだ。今週末は、彼らが大きなアップデートを投入してくると言われている。

 ハミルトンは「アップグレードが入るのは確かだけど、ここ数戦の(レッドブルとの)差を考えると、そんなに大きなものではない。後押しになることは間違いないけどね」と言うものの、FP1だけでセットアップを煮詰める難しさも含めて、レッドブル・ホンダにとっては難しいレース週末になりそうだ。

「彼らはアップグレードを投入してくるから、それがきちんと機能すれば当然ながら差は縮まるだろう」

 しかし、フェルスタッペンは動じていないようだ。なるようにしかならない。そのなかで1ポイントでも多く獲りに行く。彼はすでに押しも押されもしないトップドライバーであり、チャンピオンシップのことを考えて戦う存在へと変貌を遂げている。

「(スプリント予選は)レースとして勝つために戦う。3ポイント追加で獲得できるなら、もちろん優勝を狙うよ(予選レース上位3名にはそれぞれ3、2、1ポイントが与えられる)。僕らは常に『改善できるところはないか』という姿勢でレースを見ているし、今週もそれと同じ姿勢で臨むつもりだ。

 セットアップ面でも、常にあらゆるエリアに対して改善できる余地はないか、目を向けている。短い時間で説明できるようなレベルではないくらい、あらゆることに対して分析をしているんだ。いつも言っているように、マシンのセットアップを最大限にうまく仕上げるべく努力しなければならない。

 今週はセッションのフォーマットが違うから、煮詰めるのがいつも以上に難しいだろう。だから、まずは走ってみないとね。そうすれば、自分たちがどのあたりにいるのかは自ずと見えてくるよ」

 ここでメルセデスAMGを下すことができれば、残り1戦となったシーズン前半戦はおろか、後半戦の趨勢も決まる。

 まさに天王山。「スプリント予選」という新たな試みがもたらしたのは、わずか100kmのレース以上の難しさだ。それを戦った先に待っているのは、ただの追加3点や1勝ではない、シーズンの行方を照らし出すもっと大きな光明かもしれない。