独走ひとり旅のレースをマックス・フェルスタッペンが終えて、オレンジ色の大観衆から地鳴りのような歓声が沸き上がるなか、レッドブル・リンクの表彰台にはホンダの田辺豊治テクニカルディレクターが立った。 2年前にここでレッドブル・ホンダとして初め…

 独走ひとり旅のレースをマックス・フェルスタッペンが終えて、オレンジ色の大観衆から地鳴りのような歓声が沸き上がるなか、レッドブル・リンクの表彰台にはホンダの田辺豊治テクニカルディレクターが立った。

 2年前にここでレッドブル・ホンダとして初めての勝利を飾り、そのコンストラクター代表者として急遽表彰台に上がったのが遠い昔のことのように思われる。今やレッドブルとホンダはF1を席巻し、圧倒的なレースを見せて5連勝を飾っているのだ。ホンダにとっては、あの16戦15勝を果たした1988年以来のことだ。



表彰台に立った田辺豊治テクニカルディレクター(左から2番目)

「2度目が回ってくるとは、まったく考えてもいませんでした。レースが終わってクリスチャン(・ホーナー/レッドブル代表)から無線で『田辺サン、表彰台だ』とうながされ、ほかのスタッフから『行き方は覚えているよね。今回は大丈夫だよね?』と言われて行くことになりました。

 先週のシュタイアーマルクGPでは(レッドブルの重鎮ヘルムート・)マルコさんが登壇するような、レッドブルにとって特別なホームであり、そんなレースで2年前に表彰台に乗せてくれたんだと思って見ていたんです。そこに今週また上がることができて、自分の人生のなかでも非常にいい思い出になりましたし、それだけレッドブルがホンダに期待を持ってくれているんだということも感じました」

 大切なホームグランプリで、レッドブルはまだ登壇していないスタッフが多々いるにもかかわらず、ホンダの田辺テクニカルディレクターを表彰台へと誘った。

 それはもちろん、マクラーレ・ホンダ黄金時代に匹敵する5連勝という記録に到達したことを知っていて、ホンダの貢献に対する高い評価と感謝の念を持っているからこそ、自然と促されたものだった。

 2kmに及ぶ連続全開区間があるバクー、長いストレートにこれまで苦戦し続けてきたポール・リカール、そして直線主体でスロットル全開率がシーズンで2番目に高いレッドブル・リンク。そんなパワーサーキットの連続に、レッドブルはメルセデスAMGにパワー負けしないどころか、ストレートで差をつけて見せた。

 もちろん、それはエンジンパワーだけで達成できたことではなく、薄いウイングを使い空気抵抗を減らして得たものだ。しかし、マシンのトータルパッケージとしてホンダの大きな躍進があったからこそ、RB16Bはここまで高い次元での妥協点を見つけ出すことができている。

 1週目のシュタイアーマルクGPでは、ストレート区間だけで0.25秒の差をメルセデスAMGにつけた。そして2週目のオーストリアGPでは、コーナーも含めあらゆるエリアで速い高次元のセットアップに仕上がった。フェルスタッペンのマシンにはフランスGPに続いて新しいフロントウイングやバージボードが投入され、マシンのアップデートも着々と進んでいる。

 レース後、メルセデスAMGのトト・ウォルフ代表は、完敗を認めた。

「ターン1、3、4など、どこか1箇所や2箇所ではなく、あらゆるところで少しずつ負けていたんだ」

 ホンダがフランスGPで投入した今季2基目のパワーユニットから10kW(約13.6馬力)向上したことで、パドックでは「レッドブルが恩恵を受けている」との噂がまことしやかに囁かれていた。だが、現在のレギュレーションではシーズン中のアップデートは許されておらず、破損発生箇所やコスト改善目的の設計変更のみが許されている。もちろん、メルセデスAMGを含め他メーカーもその変更内容を「性能向上なし」と承認したうえで、ホンダは投入が許された。

 ホンダの優位は、ICE(エンジン本体)よりもERS(エネルギー回生システム)だ。最大出力はどのメーカーもほとんど差がないところまで来ている。そのなかで差が生じるのは、MGU-H(※ターボ回生)からの電気エネルギー確保だ。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 そのエネルギー量が多ければ、決勝の連続走行中もERSのアシストが切れる時間は短くなるし、使い方の面でも様々な余地が生まれる。その部分でホンダが優位に立っているとウォルフ代表は語る。

「(データ分析から)明らかなのは、彼らのERSのディプロイメントが非常に優れていることだ。我々よりも電気エネルギーがあるように感じられる。そしてドライバビリティにも差があり、我々はパワーを伝達する際のキック(駆動)に少し苦しんでいる。

 これは加速フェイズにおいて非常に重要な要素だ。パワーユニットの性能だけではなく、タイヤのパフォーマンスをいかに使うかという問題でもある。我々としてはその点を突き詰めることで、さらなるパフォーマンスが得られるのではないかと考えているところだ」

 車体、パワーユニット、そしてタイヤの使い方。複雑に絡み合った現代F1マシンを高い次元でまとめ上げ、速さを発揮する方法を見つけ出していた。クリスチャン・ホーナー代表は言う。

「マックスもレースペースを完璧にコントロールし、ここ数戦は完全にレースを支配している。我々はマシンをうまく機能させることができるウインドウ(セットアップの範囲)を見つけることができたんだ。(次戦の)シルバーストンでもそのウインドウ内でマシンを走らせることができるのを願っているよ」



角田裕毅はレースペースに苦しみ12位フィニッシュ

 一方の角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)は、同じ場所での2週連続開催を最大限に生かして、さらなる成長につなげたかった。

 しかし、アルファタウリのマシンは1週間前よりも涼しいコンディションと柔らかいタイヤにうまく適応できず、マシンバランスに苦労させられた。それでも、予選ではピエール・ガスリーに続いてQ3進出を果たし、7位に滑り込んでみせた。

 だが決勝では、Q3進出を優先して選んだソフトタイヤスタート(Q2タイム記録時に使用したタイヤでスタートする規定)が大きく裏目に出た。ソフトタイヤは12周しか保たず早々にピットインを強いられ、2ストップ作戦を採らざるを得なかった。

 決勝戦略を優先してミディアムタイヤでQ2敗退となったフェラーリ勢や、ダニエル・リカルド(マクラーレン)、フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)らに逆転された。ソフトスタートは完全なる失敗だった。

 そのなかでもガスリーは9位まで挽回して見せたが、角田は12位フィニッシュ。それも最終ラップに目の前で2台が絡んでの結果で、実質的には14位と大きく後れを取った。

 決勝ロングランでのタイヤマネージメントもさることながら、12周目のピットアウト直後にアントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ・レーシング)とニコラス・ラティフィ(ウイリアムズ)を素早く抜いていったガスリーに対し、角田はジョビナッツィがピットインする29周目まで抜くことができず、この間にガスリーには7秒遅れ、ミディアムスタート勢にも逆転される大きな原因を作ってしまった。

「予選まではよかったんですけど、レースペースは最悪でした。予選がよかっただけにフラストレーションを感じます。タフなレースになるとは思っていましたけど、ここまでひどいとは思っていませんでした。なぜ、そうなってしまったのかはわかりません。とにかくペースに苦しみましたし、タイヤマネージメントも本当にトリッキーでした」(角田)

 2回のピットイン時に2回ともにピット入口の白線を踏み越えてしまい、5秒加算ペナルティを2回科されてしまった。それがなくても順位は変わらなかったが、2回目のピットストップをする前に「白線カットに注意して」とチームからひと言あれば、2回目のペナルティは避けられたかもしれない。ただ、前戦でも同じようにカットしていたもののペナルティは科されず、角田自身はカットしていない感覚でいたようだから、結果は同じだったかもしれないが......。

 ガスリーとの間に大きな差が開いてしまった原因は、このペナルティではない。レースでのタイヤマネージメントと、ここぞというところでの思い切りのいいアタックの差だ。ソフトタイヤスタートの2ストップ作戦は、ガスリーのように速さと強さがなければ成立しない難しい戦略だった。

 この経験から学び、さらなる成長へとつなげられるか。それともまた焦りから空回り、負のスパイラルに陥ってしまうか。角田にとっては試練のシーズン前半戦が正念場を迎えている。