第7戦フランスGPの舞台ポール・リカール・サーキットで繰り広げられた逆転優勝劇は、まさに現代F1の叡智とドライバーの妙技をこれ以上ないかたちで象徴するものだった。「過去2回のポール・リカールのレースは、ここ5年で最も退屈なレースのふたつだ…

 第7戦フランスGPの舞台ポール・リカール・サーキットで繰り広げられた逆転優勝劇は、まさに現代F1の叡智とドライバーの妙技をこれ以上ないかたちで象徴するものだった。

「過去2回のポール・リカールのレースは、ここ5年で最も退屈なレースのふたつだったと思う。しかし今年は、ここ5年でもっとエキサイティングなレースのひとつになったのではないだろうか。これはこの1年間で、我々がいかに努力をしてきたかという証だ」

 レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表はレース後にこう語った。



見事なレース戦略で1位・3位を獲得したレッドブル

 最初のキーポイントは、ピットストップ。

 メルセデスAMGとレッドブルが2対1の状況下で、17周目に3位バルテリ・ボッタスが先に動いた。だが、マックス・フェルスタッペンは18周目にピットインし、ボッタスのアンダーカットを阻止する。

 そしてアウトラップで飛ばしに飛ばしたフェルスタッペンは、翌19周目にピットインしたルイス・ハミルトンの前でターン1に飛び込んだ。つまり、1台のアンダーカット阻止ともう1台に対するアンダーカットを、1度のピットストップで同時にやってみせたのだ。

「ハードタイヤのアウトラップがよくて、そのおかげでルイスの前に出ることができた。アンダーカットが有効だというのは、僕らとしてもまったく予想外の展開だったよ。走り始めてすぐに、すごくグリップがあることがわかったんだ」

 しかし前に出ても、メルセデスAMG勢は背後からプレッシャーをかけ続けてきた。前夜からの雨で路面のラバーは流され、思っていた以上にハードタイヤの性能低下も進み、最後まで走り切ることができないかもしれない。また、メルセデスAMGはもう一度ピットストップする戦略に出るかもしれない。

 様々な変化が考えられるなか、レッドブルは残り21周でフェルスタッペンをもう一度ピットストップさせる決断を下した。それは、トップの座を捨てて20秒後方から追い上げ、コース上でメルセデスAMGの2台を抜かなければならないことを意味する。

 極めてリスキーで、極めてアグレッシブな戦略だった。ホーナー代表は緊迫したその場面を、こう振り返る。

「ハードタイヤに履き替えて10周ほど経った28周目あたりから、2ストップ作戦を検討していた。マックスはかなりメルセデスAMG勢にプッシュされていたし、彼らはドライバーたちにプレッシャーをかけ続けろと指示していたから、2ストップ作戦に切り替えるつもりなのだろうと我々は考えたんだ。

 マックスも『このタイヤで最後まで行けるとは思わない』とフィードバックしてきた。だから、ストラテジスト(レース戦略担当エンジニア)が私の前に戦略の選択肢を提示して『我々に失うものはありません』と言ってきた時、我々はその引き金を引いたんだ」

 先に動かなければ、負ける。1カ月前のバルセロナと、2年前のハンガロリンクと、同じ敗北を味わうことになる。だから32周目、レッドブルは動いた。

 そこからフェルスタッペンは、フレッシュなタイヤで驚異的なタイムを連発する。徐々にタイヤの性能が低下していたにもかかわらず、19.5秒差を挽回し、ボッタスを一発で仕留め、そして残り1周半でハミルトンも抜き去った。

 土曜日から薄いリアウイングを装着した影響は、路面のラバーが流れて風の強い決勝のコンディションではマシンを不安定なものにした。しかし、フェルスタッペンはそれを乗りこなしながら、薄いウイングが与えてくれるストレートの速さを最大限に生かしたバトルを見せた。

 攻めの戦略と、完璧なドライビング。すべてが噛み合って勝ち取った、劇的な大逆転優勝だった。

「レースをリードしながら残り21周でピットインするのは、決して簡単な決断ではなかった。だが、我々はそれをやったんだ。あとはマックスの手にかかっていた。そして彼がコース上ですばらしい走りをして、ポジションを取り戻してくれた。とくにボッタスをすぐに抜くのが非常に重要な要素だった。そして最後はルイスも抜いた。残り1周半でバルセロナの雪辱を果たしたような感じだね」(ホーナー代表)

 その一方でレッドブルは、セルジオ・ペレスの第1スティントを24周目まで引っ張り、ボッタスより7周もフレッシュなタイヤでレース後半へと送り出した。そのペレスがすぐ後ろに追い着いてきたことで、メルセデスAMG勢は2ストップ作戦に切り替えることに二の足を踏んだ。コース上でペレスを抜かなければならなくなるからだ。

 フェルスタッペンに攻めの2ストップ作戦を与える一方で、ペレスには堅実な1ストップ作戦を与えて万一に備える。そのペレスはボッタスを抜き去り、あと2、3周あればハミルトンに追い着いて逆転する可能性さえあったほどの追い上げを見せた。

 決勝において決して優位にあったわけではないマシンながらも、レース戦略で1位・3位のダブル表彰台を手繰り寄せた。2対2の戦いで、ペレスの存在がフェルスタッペンの戦略を支え、そしてそれぞれが相手との戦いを制してこの結果を掴み取った。

 ポール・リカールには、1カ月前のバルセロナとは真逆の、見違えるような進化を遂げたレッドブルがいた。ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「チームはレース毎に進化すべく新しいパーツを投入して来ていますし、我々も今年の新しいパワーユニットに合わせたエネルギーマネジメントなどの使い方を学び、次のレースに向けた特性を見ながらセッティングしていきます。これらの日々の開発が、パフォーマンス向上に結びついているのかなと思います」

 メルセデスAMGがこれまで圧倒的な速さを見せてきたポール・リカールで、大接戦を制した意味は大きい。しかしその接戦が物語るように、勝利の針がどちらに振れるかは紙一重だ。

「今日のレースを見てもらえればわかると思うけど、僕らはずっと激しい戦いを繰り広げていた。おそらくシーズンの残りのレースも、ずっとこういう展開になると思う。自分たちの最大限の力を発揮することに集中するしかないことに変わりはない。その結果として、相手が(自分の後ろにいて)ミラーに写っているかどうかというだけだ」

 フェルスタッペンが語るとおり、レッドブル・ホンダとメルセデスAMGの熾烈な争いはこれからも続き、ほんの僅かな差が勝利とチャンピオンシップを決することになりそうだ。

 一方、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)は予選Q1のアタック1周目のターン1でスピンを喫し、最後尾スタートを余儀なくされた。レースでは堅実に走り切って13位でフィニッシュしたが、ハードタイヤの性能低下に苦しみ、同じく早めのピットストップ戦略を選んだジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)にも抜かれてしまった。



角田裕毅はまたも不用意なミスを犯してしまった

 プッシュする必要のない場面でのプッシュという意味で言えば、第2戦イモラの予選クラッシュから第4戦スペインの予選Q1コースオフ、第5戦モナコのFP2クラッシュと、すでに4回目になる。

 今回もまた、直前のFP3からフラストレーションをつのらせていたことが無意識のプッシュにつながったのかもしれない。だが、アスリートは冷静さを保てなければ、本来の実力を発揮することは難しい。

 これはドライバーとしての能力を問う以前の問題だけに、角田には早急な改善が求められる。どんなミスも学習と成長の種なのだから、1回目は許される。しかし同じミスを繰り返すというのは、そのミスから学んで成長していないことを意味してしまう。

 チームメイトが結果を残せば残すほど焦りは強くなり、思うようにタイムが出せないことへのフラストレーションは高まる。今の角田は、その自分自身の内面に負けてしまっている。ライバルとの差を意識する前に、まずは自分自身に勝たなければ、次のステップは見えてこない。